悲しむ父と狂うお隣さん3

「な、なにもそんな必死に謝らなくても」


 面倒とはいえ女性の涙を前にして平然としていられるほど図太くない。俺はへたり込んでしまった安住さんの元に駆け寄った。


「――ずびばぜええええええええええんッ! まづだざあああああああああああんッ!」


「うわ、きたなッ⁉ 引っ付かないでくださいよ!」


 安住さんは涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔面を俺の服のすそに押し当ててきた。


「汚れた女でずいまぜえええええええんッ!」


「自覚してるなら離れてくださいよ! ていうか近所迷惑になるんで静かにしてもらっていいですかね?」


「生きてるだけで世界に悪影響を与えてしまう存在ですいませええええええええんッ!」


「いや誰もそこまで言ってねえよッ⁉」


「ひいぃッ! 言葉が強い、強すぎですよ! ワードがストロングすぎですよ松田さああああああああんッ!」


 ポコスカポコスカ腹部を殴ってくる安住さん。


 あれ? 安住さんちょっとふざけてない? 泣きわめいてる割には余裕あるんじゃない?


「……なにしてるん?」


「あ……」


 平坦な声で訊ねてきたのはパジャマ姿のこよりだ。お風呂上がりで体はポカポカのはずなのに、俺を見つめる瞳はやけに冷たい。湯冷めかな?


「これはあれだこより、見てわかる通り安住さんが現在進行形でヒステリー起こしてるんだよ。そして俺はそんな状態の安住さんをなだめてる最中だ……オーライ?」


「オーライ……女を泣かすという大罪を犯した松田を警察に突き出せばいんだな?」


 うん、全然わかってくれてないね。


「――ごよりぢゃああああああああああああんッ! まづだざんにおこられぢゃっだよおおおおおおおおおおおッ!」


「うわ、きたなッ⁉」


 突如俺から離れた安住さんは『うわあああああんッ』とおぼつかない足取りでこよりの元に。酔っ払いに抱きつかれたこよりは俺と同じリアクションをした。


「ぞんなあああああッ! ごよりぢゃんまで私を煙たがるのおおおおおおおッ? ひどいよおおおおおおおおおッ!」


「おいやめろ安住! そんなクシャ顔をウチのパジャマにうずめるなぁ!」


 全力で引き剥がそうとするこよりと、いやいやと必死に抵抗する安住さん。傍から見てる分には微笑ましい光景だが、いざ矛先が自分に向けられたらそんな呑気な感想を言っていられない。


 すまないこより……安住さんの酔いが冷めるまで、構ってあげてくれ!


 これ以上、安住さんにアルコールを与えてはならないと、俺は隙を見てテーブルに置かれている酒やつまみを片付けるのだった。

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