悲しむ父と狂うお隣さん2

「あの、こんなもんしかないですが……どうぞ」


 俺は冷蔵庫から取ってきた第三のビールを安住さんの前に置いた。


「ちっ、しけてるなぁ、もっと稼いでいい酒買えるようにならないとダメだぞぉ? マツダァ……」


 肩をすくめて嫌味を言ってきた安住さん。


「が、頑張ります……じゃあこれは……」


 お気に召さなかったのかと俺は第三のビールを取り下げようとしたが、どうやらそうでもないらしく、


「――ま、まぁ? 私は大人だからぁ? どんなにつまらない物をだされたとしても笑顔作って頂戴するわけなんだけども!」


「は、はぁ……そう、ですか」


 俺が手を伸ばすよりも速く自分の元に第三のビールを引き寄せた安住さんは、プシュッとプルタブを引き、一息にあおった。


「――ぷはああぁッ!」


「豪快な飲みっぷりですね。CMでも狙ってるんですか?」


「は?」


 俺の小粋こいきなジョークを安住さんはたった一言で一蹴いっしゅう


 つまらない話には笑顔作って対応してくれないんですね。


 なんて内心で思いつつ、俺は椅子に座る。目の前では安住さんが指と指の間にチーかまを挟んでいき、かぎ爪みたくしている。


 凄いだろ? まだ2本しか空けてないのにこの様なんだぜ?


「ていうかさぁ、さっきから私しか飲んでなくない? マツダ進んでなくない?」


「あぁいや、酒弱いんですよ、俺。だからまぁ無理ないペースでっていうか、チビチビ飲んでくスタイルなんで、その辺はご了承ください」


「なによぉ、そんな堅っ苦しいこと言ってお利口ぶっちゃってぇ~……あぁ! さては私にたくさんお酒を飲ませてベロンベロンになったところを襲っちゃおうって考えてるなぁ? キャ~松田さんのエッチぃスケッチぃ………………ワン、タッチぃ」


 そう言って安住さんは人差し指を突き出し、あざとくウィンクをした。


 持ちネタでも披露してくれるのかと黙って待ち構えていたがそうじゃなく、じゃあどうしてためを作ったの? という純然じゅんぜんたる疑問が頭に浮かんだが、投げたところで酔っ払った安住さんからまともな返答が得られるわけもなし。


 残されたルートの中から俺が選んだのは顔に愛想笑いを貼り付ける、だった。


「そんなわけないじゃないですか。自意識過剰ですよ」


「自意識過剰ぉ? そうそう、あらそう、ならそうねぇ……あなたがそう仰るなら証明してくださいます?」


「証明と言われても。てかなんですかその喋り方?」


「お気になさらず――それよりさぁ早く! 私を襲うのが目的じゃないとお言いになるのなら! 飲んで飲んで飲みまくって先にベロンベロンになってくださいませ!」


「いや、だから俺は俺のペースで――」


「ならばさっきの発言を撤回してくださいませ!」


「はぁ……どうもすいませんでした」


 安住さんの緩まることないダル絡みが少々めんどくさくなり、俺は溜息交じりに返した。


 その態度が気に食わなかったのか、彼女は「むぅ」と年甲斐としがいもなく頬を膨らませる。


「誠意が微塵みじんも感じられません! よって撤回はしなくて結構! 直ちに証明してください!」


「えぇ……」


「なーに持ってますの? どーして持ってますの? 飲み足りないから持ってるんでございますわッ! はーい飲ーんで飲んで飲んで飲ーんで飲んで飲んで――」


 ついには盛り上げ方を知らない大学生が頼りがちなコール(優雅バージョン)を使ってウザさを全面に押し出してきた安住さん。


 個人的に嫌いなノリだ。そしてそれは多くの人にとってもそうだと思う。居酒屋で萎えた出来事は? というテーマで街頭インタビューを行ったらまぁまず上位には食い込むはずだ。賭けてもいい。それぐらい大嫌いなノリ。


「あ、あれぇ? 松田、さん? 無視はひどくない? なんか、私ひとり馬鹿みたいっていうか、超絶スベってる気がしてならないんだけど……」


「まぁ、実際スベってましたけどね。馬鹿な安住さんでも空気はわかるんですね」


 少しでも悪ノリが和らげばと、俺はあえて冷たく言った。


「え……」


 彼女は一瞬いっしゅん瞠目どうもくした。が、すぐに困ったような笑みを浮かべ、おどけた口調で返してきた。


「ちょ、なに怒ってるんですか松田さ~ん。楽しく、楽しくやりましょ? ね!」


「あ~それなんですがね……これ以上安住さんと飲んでても楽しくなるビジョンが一向に視えてこないんで――俺から誘っておいてあれですが、帰ってもらってもいいですかね?」


「……さ、寂しいこと言わないでくださいよ松田さ~ん! 泣いちゃいますよ? 私、泣いちゃますよ?」


「…………」


 俺はそっぽ向いて酒をチビチビ飲む。


「――無視しないでください!」


「――――」


「――松田さんッ!」


「――――」


「――人の話聞いてますか?」


「――――」


「――ねえ松田さんてばッ!」


「――――」


 安住さんが存在を主張してくる度に俺は彼女を視界から外し続けた。


「…………ぐすん」


 彼女は諦めてくれたようで、俺の前に立つことをやめた。


 これでちょっとは冷静さを取り戻してくれればいいけど……ぐすん?


 不意に鼻をすする音が聞こえ、俺はまさかと横目で見ると、


「……松田、さぁん」


 うるうると瞳を滲ませている安住さんと目が合った。


 まさか本気で泣かれるとは――俺は咄嗟に彼女に声をかけたが、


「ちょ、マジで泣くのは反則ですって!」


「――ごべんなざあああああああああああああいッ」


 安住さんはその場でへたり込んで号泣。


 こ、この人かなり――めんどくせえええええええええええッ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る