悲しむ父と狂うお隣さん1

 間違った。


「松田……さん」


 俺は間違ったのだ。


「ひっく……松田ぁ……」


 もし彼女が酒をたしなむ人ならば、一緒に飲んで談笑したいなと思い付いた時点から、間違っていた。


「マ~ツ~ダアアアアアアアッ!」


 あぁ、お隣さん、優しかったお隣さん、あなたは今どこにッ⁉


 嘆き悲しむ俺の額に〝バタピー〟が直撃。なんてことない、対面に座るお隣さんの皮を被った〝バーサーカー〟がゲラゲラと下品に笑いながら投げてきたのだ。



     ***


 さかのぼること1時間前。いつものように俺とこよりは安住さんが作ってくれた料理に舌を鳴らしていた。


「ごっそさん! 安住~、今日もうまかったぞ~」


「お粗末様でした」


 こよりは今日放映される金曜ロードショーどうしても見逃せないらしく、挨拶もそこそこにピュピュピューンと風呂場に駆けていった。


 残された俺と安住さんは、これまたいつものように二人で皿洗いを。


 そこで俺は彼女に訊ねたのだ。この後、暇だったりします? と。


「はい。予定は特にないです」


「あ、じゃあ一杯どうです? もちろん安住さんがよければですが」


「え……お酒、ですか?」


 眉をハの字にした安住さんは明らかに困惑しているようだった。今思い返せばあの反応は最終警告だったのかもしれない。例えるならスズメバチの巣に近づいてしまった時に聞こえてくるカチカチ音。直ちに引き返さなければならなかったのだ。


 しかし俺は勘違いをしてしまった。安住さんが困ってるのは俺の部屋で、俺と二人で飲むシチュエーションに危機感を覚えさせてしまったんじゃないかと。


 その辺はこよりがいるから警戒されてないだろうと思ってただけに、軽率でしたと俺は焦ってしまった。


「あ、その、俺と二人でなんて迷惑ですよね? ごめんなさい、さっきのはなかったことに」


「いえそんなことは! むしろ誘ってもらえてすごく嬉しいくらいです! ただ、その、なんといいますか私……アルコール入ると、ちょっとテンション上がっちゃうんですよね……それでもよければ、是非」


 なにを深刻そうな顔して、そんなの至極当たり前のことじゃないか。それが俺の正直な感想だった。


「全然構いませんよ!」


 けれど違ったのだ。今ならハッキリ断言できる。彼女は俺と二人を嫌がったんじゃない、飲酒することを躊躇ためらったのだ。


 何故か? それは彼女自身が知っていたから。


「――次の酒持ってこいよおおおッ! マ~ツ~ダアアアアアアアッ!」


「か、かしこまりましたっ、少々お待ちくださいッ!」


 お酒が入ると、ちょっとなんて可愛いレベルで済まないほど――テンション爆上げになっちゃうことにッ!

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