鈍感な父と拗ねる娘

 しばしの後、安住さんが顔を覗かせる。


「松田さん! できましたよ~」


「あ、はい」


 呼ばれて俺はダイニングへと向かった。


「じゃじゃ~ん! 記念すべき一日目ということで腕によりをかけて作りました!」


「こ――これはッ⁉」


 そこで待っていたのは色とりどりの豪華な料理たちだった。


 料理はまず目で見て楽しむなんてよく言うが、こういうことか――どれもこれも美味そうだ。


「安売りの食材しか買ってきてないのにどうしてこんな、お店で出てきてもおかしくない品が完成するんだ⁉ 魔法か?」


「魔法だなんて大袈裟ですよ。スマホのレシピアプリを使えば誰だってそれなりにできちゃうもんです。ま、まあ? 私はアプリに頼らなくても経験で作れちゃいますし? それにこのクオリティーを再現するのは中々難しいと思いますけどね? そう考えると魔法って言い得て妙かも」


「で、ですよね」


 おっと~? 安住さんの仰った通り多少大袈裟に言ったんだけども、想像以上に自分を褒めちゃってますね。あれか? おだてられるとすぐに木に登っちゃうタイプかな?


 最初こそ謙虚にしていた安住さんだったが、その姿勢は後半になるにつれ徐々に薄れていき、最後には完全に消えていた。


「…………」


 そして今、安住さんから物足りなさそうな視線を受けている。

『え? 他には?』『もっとないんですか?』『もしかして松田さんって褒め下手?』的な目で俺を見てくる。


「いやホント将来絶対いいお嫁さんになると思いますよ、はい! いやぁ~安住さんの未来の旦那さんがホントに羨ましいですよ!」


「そんな~褒めすぎですよ松田さ~ん! 照れちゃいます~!」


 案の定だった。安住さんは体をクネクネさせて舞い上がっている様子。


「おい安住~! 手柄独り占めすんな! ウチも手伝ったろ!」


 そんな安住さんの脇腹をつついて不満を口にしたのはこよりだった。


「――あ、ごめんごめんこよりちゃん! そうだよね、私とこよりちゃんで一緒に作ったんだよね!」


 ブンブンと頷くこより。


「ということなんです松田さん。今日の料理は私とこよりちゃんで作ったんですよ?」


「知ってますよ、二人のやりとり聞こえてたんで」


「…………いえ、あの、今日の料理は私とこよりちゃんで作ったんですよ?」


「いやだから知ってますよ? やりとり聞こえてたんで」


 繰り返し言ってきた安住さんに対し、俺も繰り返し事実を口にした。


「「…………」」


 が、どうやら俺の返しが気に食わなかったらしいようで、二人は蔑むような目をしてこっちを見てくる。


「あの、どうしてそこで黙っちゃうんですか?」


「「…………」」


 え、またもや無視ッ⁉


 一度ならず二度までも二人に無視され、どうにも居たたまれない気持ちになってしまう。


「と、とりあえずお腹も空いてきたんで、食べません?」


 この空気をどうにかしなくては! 俺はテーブルに並べられた品々を指し示し二人に笑いかけた。


 すると安住さんが露骨にため息をついて、「松田さん……ちょっと」とこっちに来いと手招いてきた。


「どうしました?」


「どうしました? じゃないですよ松田さん!」


 安住さんは一度こよりを気にするような素振りをしてから、小声でささやいてきた。


「褒められるのを待ってるんですよ、こよりちゃんは!」


「こよりがですか?」


「そうです! いいですか? 私とこよりちゃんが二人で作ったんですよ? なのに松田さんは私しか褒めなかったですよね?」


「……まさか」


「そのまさかです! こよりちゃんは不満に感じちゃったんですよ! だから自分も手伝ったと主張してきたんです!」


 ビシッと人差し指を立てきっぱりと言った安住さん。


 な、なんてことだ……こよりが、俺からのリアクションを求めていたなんて。


「ちょ、松田さんッ! 呆然としてる場合じゃありませんよ! 今がチャンスじゃないですか!」


「え、チャンス?」


「こよりちゃんと距離を縮めるためのキッカケが欲しかったんですよね? まさに今がその時なんじゃないですか?」


「た――確かに!」


 言われて納得、俺は振り返ってこよりに目を向けた。いつのまにかテーブルにつき、つまらなそうな顔して足をぶらつかせている。


「すいません、ちょっといってきます!」


 サムズアップで答えた安住さんに俺は頷き返して、こよりの元に駆け寄った。


「――こ、こよりも手伝ってくれたんだよな! いやぁこんなに料理ができるようになってたとはな! 父として鼻が高いよホントに!」


「…………あからさますぎてさぶい」


 そっぽ向いてぼそりと零したこより。


 褒めてもらいたいんじゃなかったのかッ⁉ いやでも待て、もしかしたら言葉だけだったから軽いと思われたのかもしてない。それよりも実際に食べて感想した方が――。


 俺は手前にあった唐揚げを指でつまんで口の中に放る。


「――うまい! うますぎる! この唐揚げすごくうまいぞこより!」


「へぇ、よかったね……それ、安住が作ったやつだけど」


 やっちまたあああああああッ!


 こよりにふてくされ気味に言われ俺は慌てて別の物に手をつけようとしたが、どれがこよりの作ったものかわからず、フリーズしてしまう。


「――タコさん! タコさんウィンナーですよ松田さんッ!」


 硬直状態を解いてくれたのは安住さんだった。彼女は俺の肩を叩いて、こより作の物を教えてくれた。


「――感謝します!」


 安住さんに礼を言い、俺はタコさんウィンナーに手を伸ばし頬張った。


「あ…………」


 消え入りそうな声を漏らし、不安げな顔してこっちを見つめてきたこよりに、俺は咀嚼そしゃくしながら笑みを作った。


 そして俺は、


「――ふぅ……めっちゃうまい」


 飲み込んだ後に感想を口にした。


「へ、へぇ……そう、なんだ」


 どうでもよさそうな感じで返すこよりだが、表情は安堵しているように見える。


「つか、座って食べなさいよな。行儀悪い〝父〟とか、娘として恥ずかしいから」


「あ、すまんすまん」


 俺はこよりの対面に腰を下ろした。


 父……か。


「なに笑ってるん?」


「ん? ああ別に、なんでもないよ」


「ふぅん……つか、ウチもうお腹ペコペコ。安住~、早く座れ~」


 こよりは安住さんに視線を移して、隣の椅子をトントンと叩く。


「うん! わかったよ!」


 はす向かい座った安住さんが一度こっちを見て、胸の前で小さくガッツポーズをしてきたので、俺は軽く頭を下げた。

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