料理しているお隣さんと手伝う娘とその音を楽しむ父

 日も西に沈みかけてきた頃、チャイムが鳴った。


「こんにちは! いやこんばんは、なのかな? ま、どっちでもいいとして――松田さん! お料理を作りに参りました!」


「あれ? えっと、作った物を持ってきてくれるって話じゃなかったでしたっけ?」


「あー、それでもよかったんですけどぉ……なんというかこう、味気ない? と言いますか、だから来ちゃいました!」


「な、なるほど……てか、とんでもなく気合入ってますね」


「ふふっ、わかっちゃいます?」


「そりゃわかりますよ。だって既にエプロン身に着けちゃってるじゃないですか」


「ですね――へへっ、似合ってます?」


 安住さんはその場でくるりと一回転し、いいとこのお姫様のようにエプロンの先をつまんで優雅にお辞儀した。


 あぁ……安住さんがくるっと回った時、めっちゃいい香りがしたなぁ。


「ま、松田さん? どうかしました?」


「あ、いえなんでも! 似合ってますよ。家庭的な感じがして、すごく良きです」


「そ、そんな……照れちゃいます」


 頬に手を当て身をよじる安住さん。


 自惚れてるって思われるかもだが、一応言っておくか。


「いや、わかってはいると思いますけど、お世辞ですからね?」


「…………」


 ピタッと彼女の動きが止まった。


「……わ、わかってますよ。ちょっと、おどけてみせただけですし」


「ならよかった。さ、どぞどぞ」


 口元を尖らせている安住さんからの物言いたげな視線を無視して、俺は中へと入るよう促した。


「し、つ、れ、い、し、ま、す! ……もう! 松田さんったらまったくもう!」


 ぶつくさと文句を垂らしながらキッチンに向かっていった安住さん。


 おどけてみせただけ、なんだよな?


 本人はそう言っていた、だからそうなのだ。故に安住さんがへそを曲げてしまった理由がわからず、俺は頭上に疑問符を浮かべて首を傾げることしかできなかった。


     ***


『デリカシーなさ田さんは、じゃなくて、松田さんはゆっくりしててください』と安住さんに言われ、俺はリビングのソファーに寝そべりスマホで動画を鑑賞していた。


 てか今さらながら〝デリカシーなさ田さん〟ってなんだよ。語呂悪すぎな上に松の名残すらないんですがそれは。


 安住さんの謎なワードセンスを思い返してるところで動画が終わる。


「よっこいせっと」


 俺は上体を起こしてタバコを手に取った。


「ふ~んふんふんふんふ~ん」


 キッチンから鼻歌交じりにトントンと軽快な包丁の音が聞こえてくる。


 生活感ある音だなぁ……。


 今日も無事、平和に終わりましたと実感させてくれるような心地いい響き。こんな気持ちになるのはいつぶりだろうか。


 学生ん時かな……部活終わって家に帰るとよく、あの音と食欲をそそる匂いが出迎えてくれたっけ。


『おかえり春秋。あと少しでできるから、もうちょい待ってな』


『あいよ。おこれ美味そうじゃん! 一つ頂いてよろし?』


『つまみ食い禁止! それよりも手洗いうがいが先でしょうに!』


『はいはい、すいませんでした』


 懐かしきは母との記憶がよみがえる。


「――あれ、安住。どしたん?」


 紫煙をくゆらせていると、こよりの声が聞こえてきた。遊びから帰ってきたようだ。


「お帰りなさいませ、こよりお嬢さま。今日から松田家専属の料理人として働かせていただきます、安住と申します。以後、お見知りおきを」


「……男に振られておかしくなったのか?」


「ち、違うよッ⁉ ちょっと言ってみたくなっちゃっただけ! もう、こよりちゃんはすぐ私を馬鹿にするんだから。大人をからかうんじゃありません」


「は~い。んで、昨日の話って結局松田が許してくれたん?」


「うん! だからもうコンビニ弁当ばかりの生活からおさらばできるよ」


「よっしゃぁ! 安住の作る美味い飯がこれから毎日くえる~!」


「……あのこよりちゃん? 前々から思ってたんだけど、ちょっと言葉遣い荒くない? もう少し女の子らしくできたらもっともっと可愛くなると、安住お姉さんは思うんだけどなぁ」


「細かいこと気にすんなって。それよりウチも手伝う~」


「あ、うん、ありがと。でもまずは手洗いうがいが先だからね?」


「は~い」


 安住さんとこよりの微笑ましい会話に耳を傾けながら俺はタバコをふかす。


 やっぱいいなぁ……こういうの。

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