心配する父と励ますお隣さん

 こよりをベッドに寝かせ毛布をかける。


「いい夢を」


 眠るこよりを起こさないよう、俺は抜き足差し足忍び足で部屋を後にし、待たせている安住さんの元へ向かった。


「こんなものしか用意できませんが」


「あ、ありがとうございます」


 俺は来客用にと買っておいた缶のお茶を安住さんの前に差しだした。


「松田さんも観てたんですね、〝ケトルの沸く城〟。私とこよりちゃんもさっきまで観てたんですよ」


 点けっぱなしにしたままだったテレビを見つめて安住さんは言った。やっぱ金曜ロードショーがジ〇リ作品だと観ちゃうよね。


 俺は安住さんの対面に座った。


「途中で寝ちゃったんですね、こよりは」


「ええ。体育の授業を張りきりすぎちゃったみたいで、序盤の方でだいぶウトウトしてましたよ」


「へ~そうだったんですか。あの、こよりとはそういった話をよくするんですか?」


「はい! 学校であったこととか友達のこととか、とても楽しそうに話してくれますよ」


「そうですかぁ……安住さんには心を開いてるんですね。俺なんか口も利いてもらませんよ」


 自嘲的に笑う俺を見て、安住さんは首を横に振る。


「こよりちゃんは松田さんの話もよくするんですよ?」


「え、マジですか?」


「マジです」


 まさかこよりが俺の話をしてくれていたとは。興味すらもたれていないと思っていただけに正直ホッとした。


「ちなみに、どんなことを?」


「主に松田さんの文句ですかね」


 聞かなきゃよかった。


 俺はがっくりとうなだれる。上げて落とすとはまさに。


「お、落ち込まないでください松田さん! 文句とはいっても愛のある文句なんです! 言葉ではツンケンしてますが本気で松田さんを嫌ってるわけじゃないんです! 好きな子いじめみたいなものなんです!」


「……で、ですかね」


 俺が顔を上げて確認すると、安住さんはファイトポーズで「もちろんです!」と言ってくれた。


「こよりちゃんはきっと松田さんのことが大好きですよ」


「はは……そうだといいんですがね」


「絶対そうです! 賭けてもいいですよ?」


「あはは、大した自信ですね……あの、タバコ吸っても構わないですか?」


「どうぞどうぞ」


 安住さんから許可をもらい、俺は堂々とタバコに火を点けた。


「喫煙歴は長いんですか?」


「正確な年数は覚えてないですけど、まあまあ長いですかね。安住さんはタバコ平気なんですね」


「父が吸ってるので、そこまで気にならないですね」


「それはそれは、喫煙者にとって気が楽になるお言葉です。最近じゃ風当たりが強く、外で吸える場所も限られてきてるので肩身が狭くって」


「受動喫煙が問題になったりしてますからね。煙たがられちゃうのは仕方がないことだとは思います」


「ですよね」


 俺はたははと笑って誤魔化し、灰皿に灰を落とした。


「……正直、安住さんの目から見て、俺とこよりはどういうふうに映ってますか?」


 少しの間をあけ、俺は弱音を吐くようにして安住さんに訊ねた。


「と、いうと?」


 小首を傾げる彼女に俺はやや早口で答える。


「あ、えっと、親子として上手くやれてるかそうでないか、みたいな」


「…………」


 目をパチクリさせる安住さん。その視線がどうにもむずがゆくて、俺はつい顔を逸らしてしまう。


「……クフッ、フフフッ――アハハハッ!」


「え、ちょ、どうしてそこで笑うの⁉」


「――ご、ごめんなさい、馬鹿にしてるとかじゃないんです! ただ、その……クフフッ!」


 口元を手で覆ってクスクスと笑う安住さん。それで馬鹿にしていないと仰られても……。


 ひとしきり笑った後、安住さんは深く息を吸って吐いてを数回繰り返し落ち着きを取り戻した。


 そんな彼女に俺は冷めた目を向けて言う。


「楽しそうでなによりですね」


「そ、そんな怒らないでくださいってば! 笑っちゃったことは謝りますけど、これには理由があるんです」


「理由?」


 コクコクと首を縦に振る安住さんに、俺は「その理由って?」と言って話の続きを促した。


「つい先日、同じことをこよりちゃんにも聞かれたんですよ」


 すると彼女はからかうように笑ってそう言った。

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