見送る父と見送られる娘
「え、そうなんですか⁉」
「はい。『なぁなぁ安住~、安住から見てウチと松田って仲良いふうに見える~?』ってこよりちゃんに聞かれましたよ」
俺は開いた口が塞がらなかった。もちろん、安住さんのこよりの真似があまりにも似てなかったから驚いてるんじゃない。こよりが俺を気にしてくれていたことに驚いたのだ。
「…………そっかそっか、こよりが……へぇ……ふぅん……」
「松田さん、口元が緩んじゃってますよ」
「――べ、別に緩んじゃいないですって! 引き締まってるでしょ? ほら!」
安住さんに指摘され、俺は頬をペシッと叩いた。
「こよりちゃんもまったく同じ反応してましたよ?」
「そ、そうなの?」
「ええ。私が『こよりちゃんと松田さんは仲良しこよしの親子だよ』って返したらこよりちゃん、今の松田さんみたいに凄く嬉しそうにしてたんですよ。そのことに私が触れたらこよりちゃん、『べ、別に! 嬉しくもなんともないし!』って」
なんだ……嫌われてるなんて、俺の思いすごしだったんじゃないか。
「二人とも、もうちょっと素直になれたら、お互いに余計な心配しなくて済むのに」
溜息交じりに言った安住さんに、俺は助言を求める。
「俺はもっとこよりに父らしいことをしてやりたいんですが、いかんせん話す機会がなくて、というか年頃の娘にグイグイ踏み込んでいいのかわからず自分から距離置いちゃってるというか……安住さん。なにかこう、キッカケみたいなものってないですかね?」
「ありますあります! 本題に繋がりますが私に松田家の台所を預ければいいんですよ! 必ずキッカケになります!」
安住さんは前のめりになって顔を近づけ強く主張してきた。
あまりに近かったため、おれは椅子を引いて距離をとる。
「料理を作ってくれるって話ですよね? どうしてそれがキッカケに?」
「なにも料理を提供するだけじゃありません。私もお食事の席に参加させてもらいます!」
「えっと、それはつまり――ここにってことですか?」
俺は目の前にあるダイニングテーブルを指差して安住さんに確認をとる。
「もちろん! 私がいればこよりちゃんも顔をだすはずです! それこそが松田さんがいうところのキッカケになり得るんですよ!」
「な、なるほど……いやでも、それだとやっぱり安住さんが大変に」
「――心配しなくても私なら大丈夫ですから! 大船に乗ったつもりでここはひとつ!」
「そう言われても……あ、ならこういうのはどうです? 食材費をこっちが負担するのはもちろんのこととして、手間賃もお支払いする……これなら双方にとってプラスだと思うんですが、どうでしょう?」
「別にお金欲しさで言ってるわけじゃないんですがね……」
「無償だと気が引けちゃうんですよね。だから、どうか何卒」
う~んと頭を悩ませている安住さん。その姿を俺は黙ったまま見守る。
「…………わかりました」
やがて彼女の中で答えが出たのか、安住さんは立ち上がって俺に手を差し伸べてきた。
「よろしくお願いしますね――松田さん!」
「それはこっちのセリフですよ」
俺はその手を取って微笑み返す。
「早速明日から伺わせてもらいますね!」
「お願いします」
こうして、安住さんを松田家専属のシェフという形で
***
翌朝、休日ということもあって俺は普段よりも遅めに起床した。
「いい天気だな~」
洗面所で顔を洗った後、俺はリビングに向かって窓の前に立ち、外を眺めながらタバコに火をつけた。
「朝の一服は最高だあなぁ……」
なにも考えずただぼんやりと煙を吹かす。忙しい平日の朝には味わえない至福の数分。気付けばフィルターギリギリまでのとこまで吸っていた。
「――さて、掃除洗濯してから買い出しに行くとしますか」
まずは着替え着替えと俺は自室に戻る。
「おう、おはよう、こより。よく眠れたか?」
「…………」
リビングを後にしたところで、丁度こよりが部屋からでてきた。
が、話しかけても当然のように無視、こよりは表情一つかえずに俺の横を通り抜けていった。
いつもなら無視されたままで終わるが、今日の俺は違う。なんせこよりの本当の気持ちを知っているから。
俺も素直になる……だからこより、お前も素直になれよ。
俺はその場で振り返ってこよりの背に声をかける。
「友達と遊びにでも行くのか?」
「…………」
「車には気をつけんだぞ。この時期はペーパードライバーが多いからな」
「…………」
「こ~よ~り~。そんな一生懸命に無視しなくてもいんだぞ~? お父さんのこと、ホントは大好きなんだろ~?」
「…………は?」
座って靴ひもを結んでいるこよりの手が止まる。こよりはゆっくりと顔をこっちに向け、射るような視線をぶつけてきた。
それすらも俺にとっては照れ隠しのように思えてしまう。
「照れんなって! 俺もこよりが大好きだぞ~!」
俺はこよりに近づいてその頭を撫でようとしたが、寸でのところで彼女の手によって払いのけらてしまう。
「タバコ臭いから触んないで。あと、朝からキモすぎだから」
こよりは抑揚のない声で言い残し、出ていった。
「…………あれ?」
残された俺は一人、呆然と玄関を見つめるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます