頑固な父とお節介なお隣さん

「次はないって忠告しましたよね? 私!」


「……はい」


「なのに早速コンビニで済まそうとしてましたよね?」


「……はい」


「昨日交わしたばかりの約束をたった一日で破るなんて――どういう了見ですか松田さんッ!」


「いや、その、家に食材がなかったんで仕方なく、ですね……」


「言い訳は聞きたくありませんッ!」


「す、すいません」


 俺は今、リビング兼自室の床に膝をつけ、安住さんから説教を受けている。


 まさか後ろを走ってるのが安住さんだとは思いもしなかったな……。


 どうしてあの場に安住さんがいたのか。理由は単純明白で、俺が運転する車の後続車が彼女だったのだ。


 そのことに気付かないでのこのことコンビニに寄ってしまったのが運の尽き……すっかりおかんむりになってしまった彼女は帰宅後も腹の虫がおさまらなかったようで、俺の部屋に上がりこんできて、そして現在に至る。


「――ますからねっ! って、ちゃんと聞いてるんですかっ⁉ 松田さんっ!」


「え?」


 俺が聞き漏らしていたことを不服に感じたのか、眼前に立つ安住さんは腰に手を当て頬を膨らました。


「だ、か、ら! これから毎日、私が料理を作って持っていきますからねって言ったんですっ!」


「え――ええッ⁉」


「なんですかその反応はっ! 私じゃ不服ですか!」


「いや不服とかじゃなく、安住さんにそこまでしてもらう義理はないって意味で……ただのお隣さんですし」


 安住さんの魅力的な提案を俺はさりげなく断り、苦笑いを返した。


 〝人に迷惑をかけてはならない〟が真っ先に浮かぶ程度には俺も社会人をやっている。例え安住さんが本気で言ってたとしても、ここはお気持ちだけ頂くのが正解なんだ。


 しかし同じ社会人である安住さんは俺の考えを汲んではくれなかった。


「松田さんがなんと仰ろうと私は主張を撤回するつもりはありませんから!」


「そう言われましても……」


「私は、松田さんの意見じゃなくこよりちゃんの意見を尊重します!」


「こよりの意見?」


 俺が聞き返すと、安住さんは隣にいるこよりに問いかけた。


「こよりちゃんは、もうコンビニ弁当嫌だよね?」


「うん。もう飽きた」


 そう言って安住さんに抱きつくこより。


「だよね~。私が毎日作った方がいいよね~?」


「うん! 安住の作る飯、美味いからそっちのがいい!」


 ほぼ同時に首を動かし、ジト目で俺を見つめてくる安住さんとこより。さっさと受け入れろってことだろう。


「安住さんだって忙しいんだから、無理言っちゃダメだぞこより。飯なら俺が作るから、それで我慢してくれ」


 諭すように叱ってはみたものの、手応えはない。こよりは手招いて安住さんを屈ませ、なにやら耳元で囁いている。


「ふんふんふむふむ――〝松田のは食えたもんじゃないから絶対に嫌だ!〟と、こよりちゃんは言ってますけど?」


 くっ……こよりめ、言ってくれるじゃーないの。てかどんだけ俺と喋りたくねんだよ!


 またしても二人に冷たい視線を向けられる。自分の部屋だというのに居心地が悪くてしょうがない。


「いやでも、安住さんだって仕事で忙しいでしょ? 休みの日はゆっくりしたり、それか友達と遊びに出掛けたりしたいでしょ? だったら、俺とこよりに構わず自分の時間を優先した方がいいですよ」


「お気になさらず。体力は有り余っていますし、それに私、埼玉に友達いないので」


「あ……なんか、ごめんなさい」


「憐れむような目で私を見ないでくださいっ! こっちに越してきてまだ間もないから、友達と呼べる人はまだいないだけで、地元にはいますから! ――ってこよりちゃんっ⁉ 頷きながら肩叩くのやめて! 慰めないでっ!」


 やんややんやとじゃれ合う二人は実に仲がよさそうで……正直、羨ましいと思った。


「はぁ……とにかく、結構ですから。安住さんはウチの家庭の事情なんか気にせず、今を大切にしてください」


「私は別に――」


 安住さんがいいかけたところで、こよりが彼女の服の袖をグイグイと引っ張った。


「もういいよ安住。お腹減ったから、松田置いて行こ」


「え、でも」


「大丈夫、松田立てないから」


「ちょ、こよりちゃんっ⁉」


 安住さんの手を引いてこよりは部屋を出ていこうとする。


「ちょ待てよ!」


 俺は二人を追いかける為に立ち上がろうとして――そこでこよりの口にしていた〝立てない〟の意味を身をもって知った。


「あ……足がぁ……」


 正座による影響、しびれが俺の両足の自由を奪う。


「お、恐ろしやぁ……我が娘ぇ……」


 抜けてるようでちゃっかりしている。中身まで姉さんそっくりだ。


 俺は足をさすりながら、そんなことを思うのだった。

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