未婚の俺には娘がいます~娘とは久しく喋っていなかったのですがここ最近はお隣さんのおかげもあって徐々に俺と話してくれるようになりました。それにしてもお隣さん、家に来すぎでは?

深谷花びら大回転

不器用な親子と優しいお隣さん

 松田まつだ春秋はるあき27歳、高卒会社員の俺には未婚ながらにも子供がいる。小学6年生の女の子だ。


 どうして未婚なのに子供が? 理由は姉夫婦の――こよりの本当の両親が他界してしまったからだ。


『――もういい。俺がこよりちゃんを引き取る』


 4年前……23の時だ。


『春秋君はまだ若いんだから』


 口ではそう言いながらも、親戚達の目は〝現実を知らない夢見がちな青二才あおにさいが〟と馬鹿にするようなものだった……それすらも許せなかった。


 だから俺は――泣くことすらせずただじっと俯いているこよりの手を取った。


     ***


 仕事終わり、俺は帰り道にあるコンビニに寄って弁当を二つ、タバコをワンカートン購入し帰宅した。車を指定された駐車場にとめる。


 電気は……点いてるな。


 フロントガラス越しに明るい部屋を見て俺はホッと一安心。


 車から出ようとドアノブに手をかけたところで一台の軽自動車が駐車場に入ってきた。


 安住あずみさんか。


 ハンドルを握っているのはお隣の安住さんだ。俺は無理に車から出ないで彼女がとめ終えるのを待った。


 ぺこり、俺の存在に気付いた安住さんが頭を下げた。


 俺もならって会釈し、外に出た。


「こんばんわ、松田さん。お仕事、お疲れ様です」


「あ、こんばんわ。安住さんもお疲れ様です」


「日、伸びましたね」


「ですね。これから段々暑くなってくのかと思うと、ちょっとしんどいですね」


「ふふ、ホントですよね」


 彼女とは帰宅時間が被ることが多く、こうしてご近所ならではの他愛のない会話を交わすことがよくある。


 安住あずみ彩美あみさん。4ヶ月前に越してきた俺より二つ下の女性で、保育士をなさってるそうで。ちなみにだが俺が興味で聞き出したとかじゃない。彼女との会話で知り得たことだ。


 茶髪ゆるふわパーマ×ロングでべっぴんさんな彼女。年下とは思えない落ち着きがあり、かといって決して無口というわけでもない。真面目そうで且つ優しそう、俺の中で奥さんにしたいランキングというものがあるのだとしたら、間違いなく上位に食い込むだろう。


 ……なに考えてんだ俺は。


 雑念を払い「それじゃ」と安住さんに軽く頭を下げて俺は去ろうとする。


「――待ってください松田さん!」


 が、安住さんに呼びとめられてしまった。


 振り返ると彼女は俺の持っているコンビニ袋を凝視していた。


 その瞳に僅かばかりの怒りが含まれているのに気付き、俺は遅れて後悔する。


「ど、どうしました?」


「また、コンビニのお弁当ですか?」


「あ、えっと……はい」


 俺がぎこちなく返すと安住さんが目を合わせてきた。


「はいじゃないです松田さん! 前にも、その前にも、というか何回も! 注意してますよね、私? コンビニ弁当ばっかりじゃ栄養がかたよっちゃいますよって」


「す、すいません」


 やっぱりそれかぁ……まぁ俺が悪いんだけども。


 安住さんとは当たり障りのない会話がほとんどだが、健康面に関してはやたら首を突っ込んでくるのだ。


「余所様の家庭に口出しするなんて余計なお世話だと承知してますが、それでも言わせてもらいます――コンビニ弁当もほどほどに、自炊してください。こよりちゃんの為にも」


 そう、こよりを心配してだ。


 安住さんとこよりがいつから話すようになったのかは知らないが、少なくとも俺よりは仲良くやっているようだ。なんせアイツ、俺とは一言も口を利かないからな。


「……肝にめいじておきます」


「もう何度も聞きましたよ? そのセリフ」


「いやあの、今度こそしっかりやりますんで」


「次はないですからね?」


 前屈みになり、上目遣いで睨んできた安住さんに、俺は「は、はい」と返して逃げるようにその場を後にした。


 料理かぁ……苦手なんだよなぁ……。


 ――――――――――――。


「ただいま~」


 玄関を開けて帰宅を知らせる言葉を口にするが返事はない。ただいまと言ったらお帰りと返ってくる当たり前を久しく味わっていない。


 けど、いきなり昔みたいに「お帰り~松田~」って返されたらそれはそれでビビっちゃう自信があるな。


 俺は乾いた笑い声を漏らしつつ、ダイニングテーブルにコンビニ袋を置いた。


「……ふぅー」


 俺は作業着のままレンジフードの下に移動し、換気扇を回してからタバコに火をつけ、そしてゆっくり吐きだした。


「お、飯買ってきたぞ」


「…………」


 しばらくもしないうちにこよりが姿を見せた。が、彼女は俺に目もくれず弁当を電子レンジに放る。


「…………」

「…………」


 室内に響くのは電子レンジの動作音だけ。こよりはつまらなそうな顔してスマホをいじっている。話しかけてくるなオーラが凄い。


 牧村まきむらこより。死んだ姉さんの子で、牧村という性は姉さんの夫のものだ。


 今は戸籍こせき上、俺がこよりの親となっている……わけだが、親子仲は御覧の通りだ。


 なんか、最近ますます姉さんに似てきたな。


 つやのある黒髪に整った顔立ち、弟の目から見ても美人だった姉さんの良い部分をこよりは引き継いでいる。


 特に似ているのはあの涼しげな目元。こよりと顔を合わせて姉さんの顔が思い浮かぶ時があるくらいそっくりだ。


 姉さんに負けず劣らずの美人になるんだろなぁ。


 未来のこよりを想像しながら俺は煙を吐きだすと、こよりがとがめるような目をして俺を睨みつけてきた。


「――あ、わり! すぐ消すから!」


 俺はタバコを灰皿でもみ消して見せるが、こよりはなにも言わずに視線をスマホに戻した。


 ――チンッ!


 少しして電子レンジ先輩がおどけた声をだし場を和ませようとしてくれたが、笑いの一つも起きることなく、こよりは弁当を手に自室へと戻ってしまった。


「…………はぁ」


 一本目を満足に吸えなかった俺は、すぐに二本目に火をつける。


「仮に俺が料理作ったとしても、アイツは自分の部屋で食うのかなぁ……」


 たゆたうタバコの煙をボーっと眺めながら、俺はポツリと零すのだった。


      ***


 翌日の仕事も無事終わり帰宅途中。俺は家に帰る前にとある場所に寄っていた。


 もともと土日に買い出し行く予定だったから家に食材ないし……今日の所は仕方なしだな!


 そこはコンビニ。そして今まさに俺の手はネギ塩豚カルビ弁当を取ろうとしていた……が、


「――お仕事、お疲れ様です。松田さん」


 聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、寸でのところでとまる。


 え、嘘でしょ、そんな、まさかッ⁉


 声のした方に俺は恐る恐る首をめぐらす。


「約束、もう破るんですね」


 そこには額に青筋を立てて笑っている安住さんの姿があった。

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