第43話:先手or後手

「ぐっ……!」


 機甲兵の拳を槍で防ぎながらカイルが後ずさりする。


 突如として現れた正体不明の敵への困惑が、彼の動きから精彩を欠かせていた。


 感情もなく、ただ無慈悲に命を刈り取りに来るだけの攻撃をカイルは避け続ける。


「この……デカブツがッ!!」


 大振りの攻撃を避けた反撃に、氷の魔力を纏わせた槍の一撃が叩き込まれる。


 貫かれた胴の内側に極寒の冷気が送り込まれていく。


 機甲兵は凍りついた関節部を無理やり動かしながら槍を引き抜こうとするが、その半ばで機能を停止させた。


 頭部の赤い光点が消え、鋼の巨体が膝から崩れ落ちる。


「はあ……はあ……これで、三体目……!」


 槍を引き抜くカイルの周囲では、三体の同型機甲兵が倒れている。


 各個が大型魔獣に匹敵するそれらとの連戦に、肉体の消耗は過酷を極めていた。


 しかし、天に浮かぶ大陸からは尚も断続的に機甲兵が王都へと送り込まれ続けている。


「ミア! そっちはどうなってる!?」


 カイルが精霊を経由してミアへと状況を確認する。


『こっちもファスさんとタニスさんと合流して対処に当たってるけど……タニスさん! 後ろ!』

「分かった! こっちは俺一人に任せてそっちの戦闘に集中してくれ!」


 それだけを告げて、カイルは次の敵がいる場所へと向かう。


 混乱の中でアイクたちの姿は見失ってしまっていたが、今はこの空から降ってきている奴らの方が脅威だとカイルは自らの判断で優先度を変更する。


 戦場は王都全域、敵の数も正体も未知数、守らなければならない人たちは無数にいる。


 状況は絶望的だが、それでも彼は僅かな諦念も抱いていない。


 きっと、隊長ならこの状況を切り抜ける策を用意しているはずだと。



 *****



「う~ん……もし三人目がいて、そいつが敵だとしたら攻めてくるのはこのタイミングだとは思ってたけど、まさか浮遊大陸を使ってくるとはな……」


 窓の外、王都上空に出現した浮遊大陸を見上げながら独り言つ。


 DLC第二弾『天空に抱く大志』を攻略することで入手出来る移動拠点兼ハウジングエリア。


 こういう風に強襲移動要塞として使う方法は俺も考えたが、自分の目的にはそぐわないと判断して攻略は後回しにしていた。


 その間に謎の三人目によって先を越されたというわけだ。


 同じDLCの結社と二者択一だったと考えれば致し方ないし、問題はそこではない。


 重要なのは、そいつがこの神国動乱編に合わせて行動を起こしてきたこと。


 現れるや否や、何の要求もなく即座に攻撃を仕掛けてきた時点で目的が動乱の解決ではないのは明らかだ。


 それどころか更に大きな混乱を望んでいる可能性が高い。


 つまり、こいつの目的は俺たちとは相反することが明確に示された。


「……そこで、お前らに質問だ」


 天永宮の長い廊下で三人の男たちと向かい合う。


 クリスに同行してきた儀典聖堂の武官連中。


 全員が武器を握り、歓喜に打ち震えているような表情で俺を見据えている。


「この先に何の用事だ?」

「へっ……へへっ……はははっ……」


 俺の質問に答えることなく、男たちは狂ったように笑っている。


 その異様さに反して行動には迷いがない。


 開会式ではあれだけビビってた連中が、今は何の恐れもなく一歩ずつ近づいてくる。


「急に現れた浮遊大陸にビビって避難しようとしてんなら玄関から出ていけばいいし、混乱に乗じて反逆者の巫女を捕えたいなら逆方向だろ?」

「神は……神は実在した……ならば、我らは供物を用意しなければならない……」

「なんだなんだ? 楽しめのハーブでもキメてんのか?」

「全ては予言の導きのままにッ!!」


 剣を振りかぶって飛びかかってきた男の横っ面を槍でぶっ叩いた。


 吹き飛んだ男の体が廊下の壁面を突き破り、隣の部屋へと消えていく。


 仲間の一人が一撃でやられても一切動じずに、続く二人目も狂気のままに突撃してきた。


 返す刀で同じように逆側の横壁へと叩きつける。


 そのまま最後に残った一人の顔面を掴んで地面へと叩きつけた。


「さーて、もう一回質問するぞ? この先になんの用事だ?」

「は、ははは……今更抵抗したところでもう全てが遅い……」

「イカれた頭には難しい質問だったか? なら、単刀直入に聞いてやる……レイアに何の用だ? ただ絶世の美少女を見つけたからナンパしにいこうって雰囲気じゃないよな?」


 その名前を出した途端に、男が僅かに顔色を変えた。


 やはり、レイアをただの隊員以外の何かとして認識している。


 浮遊大陸だけでなく、こいつらも三人目の指示を受けている可能性が濃厚か。


「なるほど、最初からやたらと辺りをキョロキョロしてたのはそういうことだったか……てっきり、敵陣の真ん中でビビってんのかと思って騙されたな。それで、誰にあの子のことを聞いた?」


 質問しながら、頭部を更に強く床へと押し付ける。


「か、神よ……我らに導きを……」


 苦痛に顔を歪めながらも、やはりこちらの質問には答えない。


 その口から出てくるのはカルトじみた胡乱な言葉だけ。


「その忠誠心……いや、信仰心は大したもんだけどそれにしちゃ随分と杜撰な行動じゃないか?」


 俺の言葉に男が、どういうことだとほんの僅かに顔を顰める。


「おい、ミツキ! 出てきてもいいぞ!」

「はーい!」


 声を張り上げて呼び出すと、背中側の部屋からミツキが出てきた。


 レイアと同じ、長い白銀髪のウィッグを付けた状態で。


「さて、お前らが向かおうとしてた先はこの子の場所だ。お前らはこの子がレイアだと思ってたんだろ? まあ、そう勘違いするのは仕方ない。俺がそうなるように仕向けたからな」


 こいつらの居る前で、この状態のミツキにレイアとして振る舞わせた。


 しかし、それはあくまで何も知らない儀典聖堂の人間を軽く誤認させるためのものだ。


 プレイヤーの目からすれば、一目見ただけでレイアとは別人だと分かる。


 つまり、こいつらはこんな大騒動を起こしながらも目標についての碌な情報を持っていない。


「知ってたのは精々が名前と大まかな特徴くらいか? こんなめちゃくちゃなことをしてる割には随分と雑だな。指示系統はどうなってんだ?」


 俺の言葉に男の額に少量の汗が浮かぶ。


 三人目からは直接指示を受けているわけではなく、なんらかの方法で間接的な指示を受けているだけの可能性が高そうだ。


 それを問いただしても吐きはしないだろうが、ほんの僅かに敵の姿は見えてきた。


 姿を晒さずとも大勢を使役出来るだけの求心力。


 大規模なDLCシナリオを早急に攻略出来る知識と、それを使った大胆な攻略法。


 その考えとやり方は俺と方向性がよく似ている。


「ふっ……ははは……それがどうした!? 無駄な、無駄な抵抗だ……決して予言は覆せない!」


 もはや対話を放棄した一方的な囀り。


 神や予言という単語からすると、教団上層部にいる奴が黒幕か?


 配下は儀典聖堂の連中だけなのか、それとも他にも手が入っているのか。


 レイアを狙ったのはシナリオを破綻させるためか、あるいは他の目的か。


 考えを巡らせるが、材料が少なすぎて現時点では流石に絞りきれない。


「見ろ! 天から降り注ぐ神の軍勢を! 全ては予言の通りだ! すぐに王国は災禍に沈む! そうして滅んだ先に新たな秩序が生まれる! 今更何かしようとしても全てが手遅れだ! 新たな神の誕生に携わった我らだけがその先の世界へと到達する!」


 焦点の合わない目で、本物のカルト信者のような言説が曰われる。


「確かに、完全に先手を取られた。その点については天晴だ」


 窓の外では大量の機甲兵の襲撃を受けた王都が戦場と化している。


 第三特務部隊だけで、この広域への完璧な対処を行うのは物理的に不可能だ。


「そうだ! 滅びを受け入れろ! 予言を曲げることは誰にも出来ない!」


 俺の言葉を敗北宣言と取った男が歓喜の叫びを上げる。


 だが、それはとんだ早とちりだ。


「勘違いすんなよ。俺の真骨頂はカウンタープレイ……対応力だ。先手を取られたとは言ったけど、対処が出来ないなんて一言も言ってないぞ」


 そう、当然こういった事態を想定した策は既に仕込んである。


 正体不明の敵に対しては、先手を打たれるのは織り込み済みで後の先を取るための対応策を。

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