第42話:第三の存在

 ネアン、クリス、フリーデンの三人が王宮の廊下を進む。


「説得は余に任せてくれ。出来れば穏便に済ませたい」


 先頭を歩くフリーデンが言う。


 彼らの向かう先は枢機卿ダーマ=カーディナルの居室。


 一行は彼女の説得を以て、この一連の騒動に決着をつけようとしていた。


「陛下……お願いします。どうか、母を救ってください」


 一歩遅れて追従するクリスが悲痛な面持ちで言う。


 相対する道を選んだが、それでも彼女は母を信じていた。


 今の母はかつて持っていた理想を追い求める内に、過ぎた権力を手にして歪んでしまっただけ。


 教団が政治的意義を失い、その立場が失墜すればきっと元に戻ってくれるはずだと。


「うむ、そもそもは枢機卿に頼りすぎた余の罪だ。共に責任をもって償わさせてもらう」


 二人の会話に耳を傾けながら、ネアンは王宮の様子を観察していた。


 予定通りに第三特務部隊が抑え込んでいるのか、革命による被害はまだ発生していない。


 今のうちに永劫教と国家の決別を宣言させ、教団の上層部には犯した罪を償わせる。


 そうすれば神国動乱編を理想の結末へと導ける。


 シルバと二人で思い描いた時は途方もないかのように感じた話が、徐々に現実のものとなりつつあった。


 逸る気持ちを抑えながら廊下をひた進み、一行は枢機卿の居室前へと到着した。


「枢機卿、余だ。入るぞ」


 ノックもそこそこにフリーデンが扉を開く。


 だが、そこで彼らが目撃したのは想像もしてなかった光景だった。


「は、母上!?」


 状況を最初に認識したクリスが駆け寄る。


 何者かに斬られ、血溜まりの中に倒れ伏している母の下へと。


「ダーマ! どうした! 何があった!」


 続いてフリーデンも彼女の下へと駆け寄る。


「な、なんで……」


 三人の中で、ネアンだけがその場で呆然と立ち尽くす。


 ダーマ=カーディナルがある特定の人物の手にかかって死亡する。


 それは第六章『神国動乱編』において避けられない出来事だとネアンは知っていた。


 だからこそ彼女はその未来へと到達しないために動き、その成功は目前まで迫っているはずだった。


「こんなの……ありえない……」


 正史においてこの凶行に走るのはネアン自分が唆したクリス。


 だが、現状でそれはありえないはずの出来事だった。


 自分は何もしておらず、クリスは真っ当に母親を愛している。


 それなら一体誰がと考えを巡らせるが、どれだけ考えても答えは出て来ない。


「ダーマ! ダーマ! しっかりしろ!」

「血が……血が止まらない……母上……」


 二人の慟哭を聞いて、ネアンがようやく我に返る。


 彼女はダーマの下へと駆け寄り、その状態を確認する。


 背中に袈裟懸けの形で深々と切り傷があり、そこから大量の出血をしていた。


 まだかろうじて呼吸と心臓の鼓動はあるが、それもどれだけ保つか分からないような重態。


「クリスさんは治癒術師の方を呼んできてください! 陛下はここに!」


 大きく深呼吸をして、ネアンが二人に指示を出す。


 これを為した何者かがまだ近くにいる以上、まずはフリーデンの身を守る必要がある。


 ダーマが襲撃した何者は彼を狙っている可能性も高い。


「出来るかどうかは賭けですが……私が助けます!」


 そして、理想の結末を迎えるためにはもう一つの命を守るのも絶対条件だと隠し持っていた短剣で自らの左腕を貫いた。


 激痛と共に、大量の血液が流れ出す。


「な、何をしてるんですか!?」

「いいから早く呼んできてください!!」


 その狂ったかのような行動にクリスが驚愕の声を上げるが、ネアンは声を荒らげてもう一度指示を出す。


 有無を言わさない圧を感じたクリスは、立ち上がって指示通りに治癒術師を探しに行く。


「よ、余にも何か出来ることはないか……?」

「なら、声をかけて上げてください」

「わ、分かった! ダーマ! しっかりしろ、ダーマ!」


 フリーデンにそう言うと、ネアンは覚悟を決めて大きく息を吐きだした。


 左腕から流れ出す血液に魔力を注ぎ込み、それをダーマの体内へと送り込んでいく。


 同時に魔力を纏わせた右腕で、体外からダーマの心臓を掴んで止まりかけている脈動を補助する。


 本来は対象を死に至らしめるための二つの魔法を使って、ネアンはダーマの命を必死に繋ぎ止める。


 その間も頭の中は混迷を極めていた。


 一体、誰が何のためにこんなことを。


「こっちだ! 早く!」


 数分後、クリスが王宮付きの治癒術師を連れて戻ってきた。


 治癒術師の女性は血の海と化した室内を見て一瞬絶句するも、すぐに自らの使命を思い出してダーマの治療を始める。


 自分に出来る限りのことは尽くしたと、ネアンは壁にもたれるように倒れ込む。


 短剣で深く傷つけたはずの左腕は、呪いによって既に修復されていた。


 しかし、混迷を極めたこの状況下でそれを気に留める者はいない。


 クリスとフリーデンが懸命にダーマへと呼びかける中、ネアンはもう一度考える。


 一体、誰が彼女を斬ったのか。


 今の歴史ではありえないはずの光景を為した誰かは間違いなく存在している。


 しかし、どれだけ考えても心当たりは見つからない。


 そうなるに至る要因は全て取り除いているはずだと。


 ふと、腕から視線を外した彼女は窓の外を見た。


 そこに彼女が求める答えの一端があった。


「嘘……なんで……」


 彼女が目の当たりにしたのは、王都の上空に佇む巨大な大地。


 それはこの世界に生きる者にとっては謎の包まれた未開の大地だが、前世の知識を有する彼女にとってはそうではなかった。


 DLC第二弾の舞台『浮遊大陸フロウティス』。


 それが今この時点でここにあるという事実が示すのは、ただ一つだけだった。


 ネアン自分でもシルバでもない第三のプレイヤーの存在。


 愕然と空を見上げながら彼女は、以前のシルバの言葉を思い出す。


『そいつが俺らの味方になるって保証はどこにある?』


 あの言葉は正しかった。


 自分たちは明確な敵意を持ったその相手に、後手を踏んだのだと。

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