第40話:上空の異変
「ちょ、ちょっと落ち着いて話を聞けって! そっちにとっても悪い話じゃないから!」
高速の剣撃を捌きながらカイルは説得を続ける。
一方のアイクは聞く耳は持たないと斬撃を重ねていく。
長年の恨みが乗った斬撃は、その一撃一撃が重く鋭い。
「……ったく、仕方ないなッ!!」
袈裟斬りを弾き返した勢いのまま、カイルが槍を横薙ぎに振るう。
アイクは縦に構えた剣でそれを防御しようとするが――
刃に槍が触れた瞬間、彼が体感したのはこれまでに感じたことがないほどの衝撃。
まるで大型獣の突進を食らったかのように、その身体が真横へと吹き飛ぶ。
霜の張った地面を何度も跳ね、最後は空き地の端に積まれていた古い木箱の山へと衝突する。
「ぐっ……!」
すぐさま立ち上がって形勢を立て直そうとするも、先の一撃のダメージで立ち上がることもままならない。
「今、隊長たちがこの国を変えるために頑張ってるんだから邪魔すんなよ。俺は難しいことはよく分かんないけど、国と教団を分離させてどうとかで……」
距離が離れたことで、カイルが再び説得を始める。
トドメを刺す絶好の機会にも拘わらず、全くその気配を見せない余裕さ。
なによりも自分たちの中では最も強いはずのアイクが、まるで子供のようにあしらわれた。
子供と大人以上の圧倒的な実力差にその場の全員が大きな絶望を覚える。
巫女に先を越された挙げ句、今度はたかが子供一人に自分たちの計画が潰されるのかと。
「こ、こんなガキ一人に……死ねぇえええええ!!」
現実を認めたくない男たちが、自棄を起こしたように叫びながら銃口をカイルへと向けるが――
「あ、あれ……? な、なんでだ……た、弾が出ないぞ……」
その銃口から弾丸は発射されなかった。
他の者たちも次々とカイルに銃口を向けるが、同じ様に引き金を引いても何も起こらない。
「こんな時に故障か!? ふざけんなよ!」
男たちは半狂乱になりながら何度も引き金を引くが、あれだけ心強かった最新鋭の武器はただの金属の塊と成り果てていた。
「あー……それもこっちの仕掛け。まあ、別にちゃんと動作しても俺としては問題ないんだけど。とにかく、もう勝ち目がないって分かっただろ? 隊長たちはあんたらの仇にもちゃんと罰を与えるつもりだから、今は――」
「ふ、ざ……けるな……」
痛めた肋を抑えながらアイクが声を絞り出す。
「罰、だと……? それは俺たちの手で与えてこそ意味がある……」
「そのために関係ない人たちをどれだけ巻き込む気だよ」
「あいつらがのうのうと生きているのを見過ごしている時点で誰もが同罪だ……!」
剣を杖のようにしながらアイクが立ち上がる。
「誰も信用しない……。どうせお前達も綺麗事ばかりを重ねて、あいつらに成り代わろうとしてるだけだろう……そんな連中をこっちは何人も見てきた……」
「俺たちは違うって言ってもどうせ信じないんだろ?」
当然だと答える代わりに、アイクは剣を構えてカイルと再び向かい合う。
実の父親に捨てられ、母親を失ってから十年以上の時間を今日のために費やしてきた。
何が相手であろうと、何を賭けてでも成し遂げなければならない事が彼にはある。
覚悟を決めた男を前に、カイルも言葉での説得は不可能だと判断して槍を構える。
二人が同時に前方へと足を踏み出そうとした時――
すっと何の前触れもなく、彼らの周囲に大きな影が落ちた。
それはその一帯だけでなく、王都中を覆い尽くすような巨大な影。
カイルはその出来事に、数ヶ月前に地下で見上げた巨大な断層を想起した。
だが、天を見上げた彼が目にしたのはあの時の衝撃を遥かに超える光景だった。
「な、なんだよこれ……!」
巨大という言葉でさえ全く足りない、途方もなくサイズの土塊が王都上空に静止していた。
二千年前の追憶を含めても比肩し得るもののない異常に、カイルは呆然と立ち尽くす。
天空に浮かぶ人類未踏の大地、浮遊大陸フロウティス。
本来なら南東の洋上の遥か高高度に浮かんでいるはずのそれが突然、彼らの前に姿を現した。
カイルもアイクも、王都中の人間が未曾有の事態にあらゆる思考を奪われる。
静止した時間の中、魔法で生み出された精霊の鷹がカイルの下へと飛んできた。
『カイル、何あれ!? 何が起こってるの!?』
「いや、俺にも何がなんだか……」
鷹から発せられたミアの声がカイルに状況を尋ねるが、当然彼も答えを持ってはいなかった。
『総隊長がまた何かした!?』
「いや、隊長の筋書きにもこんなのはなかった……」
呆然と空を見上げる二人の視界を埋め尽くすほどの巨大な大地。
今度はその縁からいくつもの小さな黒点が王都へと降り注ぐ。
最初は砂粒ほどの大きさだったそれは地上へと近づくにつれて大きくなり、輪郭を明らかにしていく。
それが人の形をした物体だとカイルが認識した直後に、彼らの眼前にその一つが降り立った。
「うわっ!!」
先刻、自分が着地した時よりも遥かに大きな音と衝撃にカイルが身体を強張らせる。
立ち上る砂埃の中で、赤い光点がまるで眼球のように周囲を見渡す。
甲冑を着込んだ騎士よりも、更に重厚感のある不気味な駆動音が鳴り響く。
「な、なんだ……? 今度は何が起こったんだよ……」
衝撃に身を固めていたカイルの前で、少しずつ視界が晴れていく。
その中心地に立っていたのは2mを超える全身が鋼で覆われた巨兵。
着地点に走った大きな亀裂が、その凄まじい重量を物語っていた。
鋼のフルヘルムの隙間から覗く赤い光点が頭部を周回し、もう一度辺りを睥睨する。
姿形は人間のようでありながら、感情を一切感じさせない無機質な動作
人でも魔物でもない、その第三の脅威の名は機甲兵――神代よりも遥か太古に存在したとされる古代文明の遺物である。
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