第39話:主人公見参
――ネアン=エタルニアによる宣言から三時間後。
王都市街にて新たな動きが起ころうとしていた。
市街に点在する地下水路の出入り口で、複数の男たちが武器を手に息を潜めている。
彼らは神国へ復讐の炎を燃やすアイク=クームズの意志の下に集った者たち。
本来の作戦であった開会式での襲撃は失敗に終わったが、それでも再び反乱を決行しようとしていた。
暗闇の中から外の様子を伺う。
巫女と国軍の一部がクーデターを起こしたことで、街には外出禁止令が出されていた。
年に一度の祭りも中断され、大通りには人のない屋台だけが並んでいる。
普段は王宮を守っている武力も今はクーデターを起こした巫女の方へと向いている。
この機会に乗じて、さらなる混乱を起こすのが彼らの狙いだった。
決行の刻が間近に迫る中で、各々が自らの恨みを思い出す。
狂人の烙印を押され、失意の中で死んでいった母親の恨みを晴らすために。
慰み者にされた挙げ句、野犬の餌にされた妹の仇を取るために。
汚職の罪を被せられて、自ら命を絶たざるを得なかった兄の無念を晴らすために。
敵は当人のみならず、奴らがのうのうと生きていることを許している全ての者たち。
「準備はいいか?」
リーダーのアイクが背後に控える仲間たちに尋ねると、全員が首肯した。
巫女の反乱により、教団の権威たちは大半が王宮へと避難している情報は掴んでいる。
後は市街の各地で騒動を起こし、敵の目を引き付けている間にいずれかの部隊が王宮へと突入するだけ。
半数以上は捨て駒となるが、全員がそれで構わないと思っていた。
同じ怒りを共有する仲間たちが、きっと自分の分も恨みを晴らしてくれるはずだと。
そして、ちょうど彼らの視界から太陽が永劫樹の陰に隠れた時――
「行くぞ!」
各所で待機していた者たちが一斉に市街へと飛び出した。
この街の中にある物は砂の一粒に至るまでの全てが自分たちの敵である。
それを証明するためにまずは手頃な対象へと攻撃を仕掛けようとした彼らだったが、その身に次々と異変が起こった。
教会を襲撃しようとしていた一団が、地面から生じた黒い手によって影の中へと引きずり込まれた。
聖堂関連施設へと乗り込もうとしていた者たちが、爆発と共に生じた大規模な白い煙に包まれた。
教団へ多額の寄付を収めている者たちが住まう高級住宅街付近でも革命団の者たちが、鷹や狼などの獣に強襲を受けていた。
それはアイクが率いる主力部隊も例外ではなかった。
「……止まれ」
旧水道から踏み出そうとした彼は、ただならぬ雰囲気を感じて仲間を制止させた。
そのまま氷のように冷たい視線で辺りを見回す。
目の前に広がるのは区画整備のために更地となった旧貧困街。
この日のために研鑽を重ねてきた自分が恐れるようなものは何も見えない。
目標を前に気がはやりすぎているのかもしれないと、再び前進しようとした時だった。
空を行く影が空き地を横切った。
見上げたアイクの目に映ったのは逆光を受ける大きな鳥のシルエット。
直後、別の影がそれから分離するように飛び立った。
「避けろ!!」
アイクが叫び、背後の仲間たちが左右へと割れる。
彼らのいた場所へといくつもの氷柱が突き刺さり、一帯の地面を凍らせていく。
その攻撃地点を見たアイクが、避けたのではなくわざと外されたのだと理解したのも束の間。
今度は凍りついた地面を割るように、彼らの目の前に何かが着地した。
「誰だ、お前は……」
まるで極寒地のような冷気の靄がかかった中心部で何かが身を起こす。
あまりにも荒唐無稽な登場に、アイクたちはそれが人間だと気づくのに僅かな時間を要した。
茶色い髪の毛とまだ幼さの残る整った顔立ちの少年。
手には身長よりも長い槍が握られていた。
「誰って……」
上空からの着地の衝撃も意に介さずに、少年は白い吐息と共に言葉を吐き出す。
「主人公だけど?」
第三特務部隊員カイル=トランジェントの規格外の自己紹介に、革命団の者たちは言葉を失った。
「教団の犬か……」
そんな中でアイクだけは冷静に状況を分析する。
目の前にいる少年が纏っているのは国軍部隊の制服。
教団の連中が自分たちの計画を阻止しに来たのだと彼は悟った。
それもたった一人で。
「えーっと……一応確認しとくけど、あんたがアイク=クームズで間違いないよな?」
十人以上の敵意を一身に浴びながらもカイルは落ち着いた口調で話す。
予め聞いていた情報から、眼前にいる十人ほどの集団が当該の者たちであると判断すると――
「こっちからの要望はただ一つ……あんたらの革命を無かったことにして欲しいんだけど」
顔見知りにものを頼むような気軽さで自分たちの要求を突きつけた。
「……はぁ!? 何を言ってんだこのガキが! いきなり出てきてふざけるなよ!」
端的に告げられた要求に、革命団たちは当然の如く怒りを露わにする。
「なかったことにしろだ!? そんなことが出来るわけないだろ!」
「この怒りはあいつらを地獄の底の底に落とすまで晴らされない!!」
口々に叫ぶ男たちを見ながら、カイルは「やっぱりそうだよなぁ……」と困ったように頭を掻く。
「いや、でも戦いになったら俺って加減できないから怪我させると思うし。それに別働隊も今頃は俺の仲間に制圧されてるところだと思うけど」
「……どういうことだ?」
カイルの言葉にアイクが反応する。
「その通りの意味だよ。ロマさんが仕込んでた……って言っても分からないか……。とにかく、あんたらの行動は全部こっちに筒抜けで、どうせ失敗するから今のうちに諦めた方が……うおっと!!」
カイルの言葉を遮るように剣を抜いたアイクが彼に斬りかかった。
「なら、お前を殺して先に進めばいいだけの話だ」
「隊長……やっぱりこうなるって……」
手にした槍で軽々とその一撃を受け止めながら、カイルは恨めしそうに呟いた。
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