第36話:使者とお姫様

「……と、そこで俺が言ってやったわけよ。それはドラゴンの匍匐前進みたいなもんだなってな」


 俺のジョークに玄関ホールが大爆笑に包まれる。


 開会式でネアンが聖権の後継者を宣言してから三時間が経った。


 未だ各勢力に大きな動きはなく、沈黙を続けている。


 このまま放置して兵糧攻めでもしてくるのかと考えた矢先に、それは杞憂となった。


「隊長、王宮から使者の方が来ました」


 踊り子状態のナタリアがそう言って、正面入り口からホールへと入ってくる。


 その後ろはにいくつかの見知った顔が並ぶ五人ほどの集団。


「よう、随分と遅かったな」


 集団を率いる見知った女へと声をかける。


 クリス=カーディナル――儀典聖堂の一等武官にして、枢機卿ダーマ=カーディナルの養女。


 後ろには同じく儀典聖堂の武官らを連れている。


「もしかして、紛い物どもが王宮から出ていく荷造りを先に済ましてくれてたのか?」

「貴様の軽口に付き合うつもりは毛頭ない。こちらの要求はただ一つ……ソエル=グレイスとの対話だ」


 競技会で相対した時以上の鋭い視線で見下されながら要求が述べられる。


 副官のマイルスをはじめとした他の四人は状況に呑まれて縮こまっている中で、一人だけが全く臆していない。


「あっ、そう……だったらあっちの部屋にいるから存分に話してこいよ。何回も来てるなら知ってるだろ?」


 椅子にもたれかかりながら、長い廊下の向こうにあるネアンの私室を指し示す。


「……どういうつもりだ?」


 いきなり本命の場所へと通されるのは予想外だったのか、顔をしかめられる。


「どういうつもりって、あいつと話したいんだろ? だったら話してくればいいだろ」

「罠だとしたら無駄だぞ。私を人質に取ったとしても教団は一切動かない。そういう条件の下で私はここに来ている」

「人質に取るつもりなら最初からそうしてる。そのつもりがないから、ここにいた連中も全員解放してやったんだろ。それとも単に一人で会うのが怖いなら俺が隣に付いててやろうか?」

「貴様の軽口に付き合うつもりはないと言ったはずだ。だが、今はその誘いに乗ってやる。お前たちはここで待機していろ」


 クリスは蔑むような目線を俺に向けながら、部下たちに待機の命令を出す。


 武器を預けていくべきかどうか少し逡巡した様子を見せるが、俺が何も言わないのを確認すると、騎士剣を背負ったまま廊下の向こうへと歩いていった。


 堂々と使者を務めているクリスとは真逆に、残された四人は落ち着き無く辺りを見回している。


 敵地のど真ん中だから当然とはいえ、こういうところで実戦経験のなさが露呈している。


「おーい、リタ! 客人に茶でも出してやれ!」

「は、はいー!」

「まあ、ゆっくりしていけよ。別に取って食ったりはしないから」


 所在なげにしている使者団にそう言って、自分は立ち上がる。


 本物のの方はどうしてるかと玄関からすぐ側の応接室へと向かう。


「あっ、隊長さん……!」


 扉を開くと、部屋の中央のソファに座っていたレイアが俺を見て安堵の表情を見せた。


「調子はどうだ?」

「少し疲れたくらいで大丈夫です!」

「そうか、悪かったな。無理を言ってこんなことに付き合わせて」

「い、いえ! そんな、悪いだなんて思わないでください……私も、必要なことだと思いますから……」


 そう言いながら手にしたカップの水面を覗き込むレイア。


 賢者レナの転生体にして、メインストーリーの中核を担う正ヒロイン。


 本来ならこの時点で存在を公にするのはリスク以外の何でもない。


 それでも神国動乱編を俺たちが思い描く通りの結末へと導くには、この子の存在は欠かせなかった。


 だから、今回はリスクを最小限に抑えるためにネアンを身代わりとして矢面に立たせる形を取っている。


 あいつならもし連中が武力行使に出てこようが、対処出来るだけの強さがある。


 なんなら、捕まって斬首刑に処されようが死ぬことはない。


 俺の顔を見ながら顔を仄かに赤くしている少女のステータスを改めて確認する。


 現在のレベルは37で六章の平均的な水準と比較すればかなり高いと言っていい。


 しかし、後衛魔法職の宿命か防御能力は他と比べて著しく低い。


 万が一を考えると、戦闘に巻き込むのは極力避けたい。


 そういえば、ゲームでもレイアの扱いはそんな感じだったなと懐かしい気持ちになる。


 固有クラスの『賢者』は魔法攻撃能力と支援能力が全キャラ中最高峰の一方で、防具はローブ系しか装備出来ない紙装甲。


 高難易度では一部の強敵の攻撃や乱数次第では、一撃死も珍しくなかった。


 仲間の内の一人でも死亡すればゲームオーバーになるハードコアモードで運用しようと思えば、まさにお姫様のような待遇が必要になるキャラだった。


 俺はメインで使うかどうかはまちまちだったが、中にはガチガチの防御ビルドを組んだレイア騎士団というようなパーティで攻略している熱狂的なファンも多くいた。


 白銀髪のクール系美少女は万国共通で人気の属性だ。


「ど、どうしましたか……? 私の顔に何か付いてますか……?」

「いや、何でもない。とにかく、お前の身は何があっても俺が守るから心配するな」

「は、はい……そこは、信頼してます……絶対的に……」


 顔を真赤にしながら茶を啜るレイア。


 また好感度を稼いでしまっている気がしないでもないが、今はこの子が最優先なのは事実なので仕方がない。


 自分の分の茶を注ぎ、机を挟んでレイアの対面へと座る。


「「…………………………」」


 互いに茶を少しずつ啜るだけの微妙な沈黙が続く。


 大発見、二人きりだと会話が全く保たない。


 年齢も離れていれば、共通の話題も特に無い。


 だからといって様子を観に来た手前、すぐに出ていくわけにもいかない。


 こういうときにネアンが居れば、キャラ知識から話題を提供してくれるんだろうが……。


「あの……隊長さん……?」


 微妙に気まずい沈黙を先に打ち破ったのはレイアの方だった。


「な、なんだ?」

「その……こういう時に聞くのもあれなんですけど……前から隊長さんに聞いてみたいことがあって……」


 俺から目線を逸らして気恥ずかしそうにしている。


「なんでも聞いていいぞ? どうせ今は事が起こるのを待つだけだしな」

「じゃあ……えっと……隊長さんって、どういう女性を性的な目で見てますか?」


 このメインヒロインはいきなり何を言い出すんだ。

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