第34話:まずは上々

「いやぁ、ご苦労ご苦労! 完璧な仕事だったな!」


 開会式を後にした第一声で、まず隊員たちに労いの言葉をかける。


 厳重な警備の目を掻い潜って、遠距離から大聖殿の天井を破壊してくれた魔法使い班。


 聴衆に紛れて、崩壊した天井を修復するレイアを隠していた護衛班。


 開会式中の短い時間に、拠点となるこの天永宮を無血で制圧してくれた別働隊。


 全員が完璧に各々の仕事を熟してくれたおかげで、緒戦は俺たちの完全勝利に終わった。


「おーい……どうしたー? やけに暗いな? 一世一代の大勝負なんだからもっと明るく行こうぜー!」


 手を叩いて場を盛り上げようとするが、背景の華々しい宮殿と対照的に多くが消沈している。


 前回の反省を踏まえて、今回は事前に説明したのにな……。


「むしろ隊長はよくそんなに明るく振る舞えますね……」

「どういうことだよ」


 隊員の一人、雷魔法使いのリタ=オレリオンが恨めしそうな口調で言ってきた。


「だって、これ完全にクーデターですよ! クーデター! 私たち、御国に反逆しちゃったんですよ!」

「何を今更。前々から説明してたろ? 今度はちょっくら現政権を転覆させようぜって」

「盛り上がってきたし二軒目行こうぜみたいな軽い調子で言う事じゃないですよぉ……。あうぅ……どうして私はこんな人に付いてきちゃったんだろう……。もう田舎のお父さんとお母さんに顔向け出来ないよぉ……」

「悲観的だなあ。上手く行けば英雄だぞ」

「隊長が楽観的すぎるんですよぉ!」


 小さな身体でめいっぱいに大きなリアクションを取っているリタ。


 ロマと若干キャラが被ってんなこいつ……と思っていると、廊下の奥からネアンが姿を現した。


 玄関ホールにたむろしている俺らを順に見回しながらゆっくりとその口が開かれる。


「お疲れ様でした。まずは皆様の此度の義挙へ助力に感謝致します。私たちが無事に戻ってこられたのは全て貴方たちのおかげです」


 今回の作戦に参加した全員へと向かって、頭が深々と下げられる。


 全体を見据えながらも、まるで一人一人と対話しているような優しい口ぶり。


 1/fゆらぎを含有するような心地良い声質に、重い空気が瞬く間に和らいでいく。


「先日もお話させて頂きましたが、私と彼は違う世界での記憶によりこの神聖エタルニア王国が既に滅亡の道へと歩んでいることを知りました。此度の義挙は、愛する国がその道を辿らないようにするための問いかけなのです」


 ……上手い。


 流石は口八丁だけで成り上がった元暗躍系ラスボス。


 クーデターを『義挙』、脅迫を『問いかけ』と表してまずは罪悪感を薄めてきた。


「確かに、強引な手段は取りました。このような形を取るのは私としては本意ではありません。ですが、そうしなければこの国はもはや目覚めないのです。私はこの国を愛しています。この国に生きる全ての人々を愛しています……だからこそ、どんな手を使ってでも滅びの未来は回避しなければなりません! それは魔の手から国を守ってきた貴方がたも同じ想いであると私は信じています!」


 一部の隊員たちから同意の言葉が上がり始める。


 そうだ、未来を知る隊長たちに付いていけば間違いはない。


 賢者レナの意志は俺たちの側にある。大義は俺たちにある。


 国を滅亡の未来から救って俺たちは英雄に……。


「そうです! 全てを救うために今回の義挙は必ずや成し遂げなければなりません! 大義は我らにあります! 神より賜りし銀の槍を以て、この国を蝕む病理を貫きましょう! それが出来るのは……愛するこの世界を守れるのは私たちだけです! 共に戦いましょう!!」

「「「おおーーッッ!!」」」


 全員が立ち上がり、拳が高々と天に突き上げられる。


 地鳴りのような雄叫びが宮殿中に木霊する。


「こ、このリタ=オレリオン!! 感服しました!! ネアン様のために必ずや此度の義挙を成功に導きたいと思います!!」


 さっきまで不満を口にしていたリタも一瞬にしてシンパと化した。


 マスクデータに最高レベルの洗脳スキルがあるという噂は本当だったのかもしれない。


 瞬く間に人心を掌握して、士気を最大まで上げやがった。


 俺と一対一の時のポンコツっぷりが嘘のようだ。


「ただいまー……」


 手際の良すぎるマインドコントロールに感心してると、調査に出ていたアカツキが帰ってきた。


「街の方はどうだった?」


 イマイチやる気のなさそうな妹に成果を尋ねる。


「んー……向こうも頑張って情報統制をしようとはしてるみたいだけど、健闘むなしくも既にかなり広まってるわね。開会式で反乱が起きた。その実行犯は国防聖堂の巫女とあの第三特務部隊だって」

「じゃあ引き続き調査と情報操作の方を頼む。特に、腐敗した教団を正すために賢者レナが現代に蘇ったってストーリーを中心にな」


 次の指示を出すと、アカツキは気怠そうに『はいはい』と言いながら宮殿の外へと出ていった。


 あいつは国がどうなろうと知ったことじゃないという立場だろうが、出す物さえ出せばしっかりと働いてくれるはず。


「あれ? そういえばカイルくんたちの姿が見えないですね」


 隊員たちを焚き付け終えたネアンが辺りを見回しながら言う。


「あいつらは他の任務に当たってもらってる。お前は他人の心配よりも自分のことを考えとけ。ここから交渉の中心になるのは自分なんだぞ」

「は、はい! 頑張ります!」

「とりあえず次は向こうがどう出てくるか様子見だ。今後の方針に関してはそれに対応する形で決める」


 入りの成果は上々とはいえ、先はまだ長い。


 対話に応じる姿勢で懐柔を狙ってくるか、あるいは強硬的な手段に打って出てくるか。


 現時点での優位は俺たちの側にあるが、初見の攻略において油断は禁物だ。


 前回のように不意の敵アクシデントはどこから襲ってくるかわからない。

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