第29話:悪党

 ウィリアム=ストークスが暗闇の中で目を覚ます。


 意識が覚醒して最初に感じたのは、底冷えするほどの寒さ。


 それが外気によるものではなく、地下の寒さだと気づけたのは盗掘者としての経験が活きていた。


 次に気がついたのは暗闇の原因が、自分の頭に被せられた分厚い布のせいだということ。


 意識の覚醒につれて身体の感覚も戻ってくるが、座った体勢のまま全く動かせない。


 縄か何かで身体が強く固定されている。


 指先を空間に泳がせるが、先端が微かに太い縄に触れるだけで解くのは到底かなわない。


 口にも何かが噛まされていて、言葉にならない呻き声すら禄に出せない。


 自分が置かれている状況を理解した結果、何も出来ないという絶望だけが浮き彫りになった。


 強い恐怖を覚えながらも彼は、現状ではなくこうなるに至った過去を思い出す。


 カイルから紹介すると言われた男が諸悪の根源だと知った彼は、軍の施設から飛び出した。


 せっかく出来た友人の好意を無下にする心苦しさはあったが、あんな奴の近くに大事な妹を置いてはおけない。


 今すぐにでも荷物を纏めて地元に戻ろうと、彼は妹が待つ宿へと向かった。


 しかし、記憶はその道中で途切れている。


 何度思い返しても、その道中の記憶を最後に現状へと繋がる。


 縛られている以外の痛みは特にない。


 殴打などではなく、あの時に何らかの薬物で気絶させられてここに連れて来られたようだ。


 しかし、そこまでは理解できてもやはり状況を打破する方法は見つからなかった。


 シオン……無事でいてくれ……。


 恐怖に震えながらも彼は自分ではなく、妹の身を案ずる。


 自分が捕まったということは妹の身にも何か起こっているのかもしれない。


 最悪の事態を想定しながらも、どうか無事でいて欲しいと天に祈る。


 その祈りが通じたかのように、分厚い布越しに微かな光が彼の目を刺激した。


 続いて、コツコツと誰かが近寄ってくる足音が聞こえる。


 小気味良く反響するその音がやはりここが閉鎖された地下空間であると物語っていた。


 近づいてくる足音に比例して、ウィリアムの中で恐怖心が増大していく。


 足音が彼の眼前で立ち止まる。


 背の高い誰かが自分を見下ろしているのが布越しにも分かった。


 眼前の者へと必死に雑言を放つが、やはり言葉にならない呻き声にしかならない。


 一分ほどそうし続けていたが、得られたものは何もなかった。


 ウィリアムが無力感に目から一筋の涙を零す。


 同時に頭を覆っている布に手がかけられた。


 布が乱暴に取り払われると、ランプの光が彼の目を眩ませた。


 強い刺激に、ウィリアムが光源から目を背けるように身体を捩らせる。


 数秒かけてゆっくりと光に慣れさせた目を正面に向けた彼が見たのは――


「くっくっく……」


 口元を歪ませて不敵に嗤うあの銀髪の男の姿だった。


 その姿を確認したウィリアムが再び苛烈に喚き叫ぶ。


 妹に手を出したらタダじゃおかないからな!


 カイルたちのことも利用してるんだろ!


 絶対に許さない! ぶっ殺してやる!


 言葉にはならずとも、強い憤怒が伝わる程の気迫。


 しかし、男はそんな彼を見下ろしながらただ不敵に嗤うのみ。


 まるで壁を相手にしているような状況に、ウィリアムの気迫も次第に衰えていく。


 言葉のナイフをいくら突き刺したところで何にもならない。


 俺はなんて無力なんだと再び目から一筋の涙を流す。


 そして、自分はどうなってもいいから妹だけは助けて欲しいと敵に哀願しようとした瞬間だった。


 大きな音が鳴り、男の背後から強い光が差し込んだ。


「そこまでだ!」


 聞き覚えのある男の声が地下の一室に反響する。


 眩しさに閉じていた瞼をゆっくりと開く。


 ぼやけた視界に、長方形の後光を浴びる長身のシルエットが映し出される。


「遂に追い詰めたぞ! 無貌の首謀者マスターマインド! このシルバ=ピアースが今日こそ引導を渡してやる!」


 銀色に輝く槍を手に立つ男は、目の前にいる悪党と全く同じ顔をしていた。

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