第27話:主人公の帰還

 第三特務部隊第二遠征班、つまりはメインストーリー班が一ヶ月半の長旅を終えて王都へと帰還してきた。


「第三特務部隊第二遠征班! ただいま帰投しました!」


 総隊長室に入ってきたミア=ホークアイが背筋をピンと伸ばして敬礼する。


 小柄な身体こそ以前と変わらないが、顔つきはしばらく見ない間にまだ一段と逞しくなった気がする。


「まずはご苦労だった。旅の疲労も溜まってるだろうから、今日と明日はじっくり休め」

「ええ……たった二日ですか……? 一ヶ月半も遠征して……」


 ミアの斜め後ろにいる主人公のカイルから不満の声が上がる。


 短期間に四つもの残響を巡ってきた影響で心身ともに疲労困憊なのか、槍を杖代わりにして立っている。


「カイル、文句ばっかり言わないの。それが私たちの使命なんだから仕方ないよ」

「使命ねぇ……そう言われてもまだイマイチピンと来ないんだよなぁ……。自分が英雄の生まれ変わりとか……」

「もう、しっかりしてよ……。全部終わったら、一緒に暮らそうって言ってくれたのカイルなのに……」

「お、おい……その話を隊長の前でするなって……」

「だって、他の人にも言質を取ってもらわないと心配だし……」

「ったく……恥ずかしいだろ……」


 互いに顔を真赤にしながらイチャつきはじめる二人。


 こういうのを見て、ただ微笑ましいと感じるようになったのは俺も歳を取った証だろうか。


「睦事は自分の部屋に戻ってからにしろ。それより短期間で複数の残響と接触したけど、身体や精神に変調はないか?」

「んー……単純に疲れはしましたけど、変調ってほどのもんはないですね。自分のことっていうよりも観客の一人として演劇でも見てる気分なんで」


 以前にも言っていたようなことを再び口にするカイル。


 言葉通り、疲れはあるようだが以前のカイルと比べて人格的な変化はない。


 トゥルーエンドの条件の一つである『前世人格との別離』は、思っていたのとは違う方向からだがしっかりと達成出来ているようだ。


「レイアの方は何かないか?」


 入室してきてからずっと二人の背後に隠れているレイアにも聞く。


 カイルは元々大雑把な性格だから問題ないが、こっちはまだ十代の女の子だ。


 本編中でも精神的な脆さを見せる場面が多々あるし、適度にケアしてやる必要がある。


「と、特にないです……はい……」


 二人の後ろに隠れたまま、ぼそぼそと蚊の鳴くような声で呟かれる。


「お前……あんだけ会いたいって喚いといて、いざ会ったらなんでそんなにビビってんだよ……」

「だ、だって……長旅の疲れで顔とかひどいし、帰ってきたばっかりで汗も流してないし……」

「めんどくせぇ女……」

「うるさい! 乙女心が理解できないなら黙ってよ!」


 ぼそぼそとした小声で、どうでもいいことを言い争っている。


 長旅で仲良くなってカイルに押し付けられればと考えてたが、それはまだ厳しいようだ。


「特に何もないようなら良かった。それじゃあ、自分の部屋に戻ってゆっくり休め。改めてご苦労だったな」

「了解っす。ふぁ……休みが終わったら次は何をやらされるんだか……」


 小さくあくびをしながら俺に背を向けるカイル。


 次はクーデターの下準備って言ったらびっくりするだろうなぁ……。


「ちょっと待ってカイル、あのことも報告しなきゃ」


 扉に手をかけたカイルをミアが呼び止める。


「いっけね……忘れてた」

「もう、そうしようって言ったのはカイルなのに……」

「ごめんって……」


 ミアは呆れるように溜息を吐いているが、俺には何のことなのかさっぱり分からない。


「何の話だ?」

「実は入隊希望の奴を連れてきたんです」

「入隊希望? この時期に?」

「えっと……三つ目の残響捜索で北方を訪れた時に知り合った男の子なんです」


 カイルに代わってミアが事情を説明し始める。


「元々は探検家をやってたみたいなんですけど、身体の弱い妹さんを放っておけない事情が出来たらしくて……。その機会に地元を離れて新しい仕事を探してたみたいなんです」

「事情ってのは? 一応、軍属になる以上は素性ははっきりさせとかないとな」

「それが前職のことで悪い人たちから逆恨みされたらしいんです」

「知り合ったのも、そいつの手下に襲われてるところを助けたのがキッカケなんですよ」


 自分の活躍とでも言うように、槍を手に得意げなカイル。


 少々のアクシデントと遭遇するのはあり得ると考えていたが、まさか仲間加入イベントをこなしていたとは。


「なるほど……物騒な世の中だし、中央に移住するのは賢い選択だな。身一つで故郷を離れるくらいだし腕は立つんだろ?」

「はい、我流ですけど剣の腕は実戦でもすぐに通用する程です」

「俺にはまだまだ及ばないけど、素質は十分にあると思いますよ」

「お前らがそう言うってことは実力は確かなようだな。じゃあ一度、会わせてもらおうか」


 どれだけの実力かは未知数だが、戦力が増えるに越したことはない。


 しかし、悪党に狙われてる探検家で病弱な妹連れか……。


 どこかで聞いたような話だ。


「そう言われると思って、外で待機してもらってます。おーい、入ってきてもいいぞ。総隊長が会いたいってさ」


 カイルが扉の向こうへと呼びかける。


 廊下でバタバタと騒がしい音が鳴り、扉が開かれていく。


「し、失礼します!」


 緊張に震えるその声に、聞き覚えがあると思ったのも束の間。


「じ、自分が! た、ただいま紹介に! 預かりました! ウィリアム=ストー……え?」

「げっ……」


 互いに顔を見合わせて、短い言葉で感情を端的に表現する。


 扉の向こうから現れた生意気なツラをした栗色髪の入隊希望者。


 それは先日、死霧の島で俺が脅迫した少年だった。

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