第24話:異常事態
「再び貴様と相対するこの時を、長らく待ちわびていたぞ!」
一等武官の証である綺羅びやかな白い外套を翻しながら、知らない女が近づいてくる。
「二年前の雪辱は! 今日ここで! 完膚なきまでに果たさせてもらう!」
その堂々たる立ち振舞と、十字架を模したような騎士剣は確かにあいつのものに相違ない。
「お前が……儀典聖堂のクリス=カーディナル……?」
「当たり前だろう! まさか、私の顔を忘れたとは言わせないぞ!」
何度言われても信じられずに、今度は本人に尋ねるが即答される。
「正確にはクリスティーナちゃんだけどね。カーディナルさんちの」
「気安く名前で呼ぶな! ちゃん付けもするな!」
セレスと漫才してる小柄な体格に反して尊大な態度の女を改めて思い出してみる。
ゲーム知識を持つ俺ではなく、現世で過ごした
数年前にこの競技会で戦った相手のことを……。
「……女だな」
敗北を喫して、悔しそうに歯噛みしている女の顔を記憶の底から掬い取った。
こいつがクリス=カーディナルである記憶が、前世のゲーム知識の上にぴったりと張り付いている。
「何を当たり前のことを! 馬鹿にしてるのか!」
「おっぱいでも見せてあげれば一発で分かるんじゃない?」
「み、見せるか!」
この居丈高のようでありながら、どこか憎めない雰囲気も確かにあいつのままだ。
しかし、本当にそうならこれは明らかな異常事態だ。
ゲーム知識が通用しない事態はこれまでにもあった。
作中には出て来ないロマのような存在も、この世界には当然いる。
だが、男だった奴が女に変わっているのはその理屈の範疇を越えている。
俺の行動が世界になんらかの影響を及ぼしたせい?
いや、その影響期間は精々がここ数ヶ月だ。
こいつの出生に関する出来事に係わるわけがない。
だったらどうして……。
この事実をあいつは知っていたのかと、来賓席にいるネアンの方を一瞥する。
「うわぁ~ん! もっと観たいのに~! 離して~!」
半泣きで付き人に連行されている最中だった。
役に立たない女は放っておいて、改めてクリスの方へと視線を戻す。
元々女顔だったからその点では判別しづらいが、胸はしっかりと膨らんでいる。
ゴテゴテとした儀典聖堂の武官服に包まれた身体は確かに女のものだ。
「な、何をじろじろと見ている……気色が悪い……」
ジロジロと身体を見ていたせいで、本気の嫌悪を向けられる。
それはツンデレ的なものではなく、
俺がこいつをこの競技会で何度も打ちのめしたのが原因だ。
それ以来、こいつは万年二位の汚名を返上すべく俺に何度も挑み続けてきている。
本編中では
その心の闇をあの暗黒女に付け込まれて闇落ちし、中盤から終盤にかけて強敵としてカイルたちの前に立ちはだかるのが正史だ。
しかし、今は俺が生きているし、ネアンは改心している。
性別が変わっているのは異常事態だが、闇落ちの理由は変わらず存在していない。
原因が分からない以上は、下手に手を出すよりこのままにしておくべきか……。
「いや、本当に女なんだなって思って……」
「当たり前だろ! さっきから何なんだ! お前は! 無礼だぞ!」
「うん、これに関してはシルバが悪い」
「だからといってコバルトに同調されるのは気に食わない」
「なんで!?」
同性になったからか、ゲームでは特に関わりのなかったセレスとも仲が良さそうに見える。
「シルバぁ~……クリスティーナがいじめる~……。次の試合で敵討ちして~……」
「言っとくけど次の試合には出ないぞ」
「「ええっ!?」」
二種類のうるさい女が同時に驚嘆した。
「元々、こいつらの成長を確かめるために出てやっただけだからな。もう目的は果たしたし十分だろ」
「ちょっとちょっと、それは話が違うじゃんよ~。貸し借りの話でしょ~?」
「一戦の借りは一戦だ。そもそも、貸し借りっていうなら俺はお前にどんだけ貸してる?チンピラ時代に何度もヘマの尻拭いをしてやったのは? 前に貸してやった金もいつ返してくれるんだ?」
「あっ、それを言われるとちょっと分が悪いかも……」
「というわけで、部外者に頼った報いとしてお前らは次戦で存分に恥を晒して来い」
「そ、そんなぁ……」
「ぷぷぷ……いい気味ぃ」
すっかり泣き止んだアカツキが消沈するセレスを嘲笑する。
他の隊員には悪いが、この女には一度お灸を据えてやった方がいい。
「待て! 勝手に話を進めるな!」
面倒な女を退けて次の行程に向かおうとするが、今度はもう一人の面倒な女が突っかかってくる。
「勝手も何も、出場するかしないかは俺が決めることだろ。生憎、意味のないことはしない主義なんでな」
「意味ならあるだろう! 私と! 決着をつけろ!」
大きく踏み出してきて、睨みつけられる。
性別が変わってもいちいち声がうるさいのは変わってない。
「じゃあ俺の不戦敗、お前の勝ちってことで。それでいいだろ。そんじゃな」
「ま、待て!!」
話を終わらせて帰ろうとするが、進行方向に回り込まれる。
「私がそんな勝利を望んでいると思うのか!? あの時、母上の御前で貴様に浴びせられた屈辱は剣で以てのみ晴らされる!」
背負っていた騎士剣を抜いて顎先に突きつけてくる。
戦ったとしても負ける気はしないが、意味のない戦いはロス以外の何物でもない。
当然、こうして無用な問答をしている間にもロスは発生している。
かくなるうえは……。
「その大好きな母上の前でこんな野蛮な真似をしていいのか? 来賓席からずっとこっちを怪訝そうに見てるぞ?」
「は、母上が!? 私の戦いを観に来てくれ……って、どこにもいないじゃないか……あっ! ピアース、貴様!! 逃げるな!!」
嘘に騙されて視線が切れた瞬間に全速力で駆け出した。
「待て! よくも騙したな!! お前と言うやつは!! いつもいつも!!」
背後から迫る声に目もくれず、一目散に逃げた。
俺が下手なことをするよりも、このマザコンの対処は予定通りあいつに一任しておきたい。
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