第23話:第三特務部隊vs元隊長

「何やってんのよ!! なんであんたが試合に出てんのよ!! しかもそっちの選手で!!」


 第四特務部隊代表の一人として舞台に上がった俺を、アカツキが指差して喚く。


「まあ、色々あってな。一応、関係者扱いだからルールには違反してないぞ」

「色々って何よ! 色々って! ルール違反とか違反じゃないとかそういう問題じゃないでしょ! 一ヶ月も人をパシらせたと思ったら、今度はこんな邪魔までしてぇー!」

「あっはっは! ごめんね~! 愛しのお兄ちゃんを取っちゃって~!」


 子供相手に大人げなく煽り散らかしているセレス。


 こいつに借りがあるのは確かだが、当然それだけで今回の話を承諾したわけじゃない。


 この数カ月間、アカツキに任せておいた部隊がどれだけ強くなったのか。


 それを肌身に感じておくべきだと考えたのが一番の理由だ。


 来る決戦に向けて、自軍の戦力はしっかりと把握しておきたい。


「むき~! むかつく~! こうなったら絶対に勝つ! ダリフ! 負けたら承知しないわよ!」


 俺への怨嗟をこれでもかと発露し続けている妹から、試合相手へと視線を移す。


「ダリフ、教官の言うように遠慮は要らないからな。本気でかかってこいよ」

「もちろん、胸を借りるつもり……ではなく勝ちにいかせてもらいますよ!」


 両手に持った競技用の手斧をぶつけて気合十分。


 目的は問題なく果たせそうだ。


「ぶっ殺せー!!」


 愛しの妹の物騒な叫び声が、審判の合図をかき消して試合が開始される。


 同時に対戦相手のダリフが凄まじい勢いで突撃してきた。


 ダリフ=ペン Lv31――第三特務部隊の(自称)切り込み隊長。


 両手に持った手斧で息をもつかせぬ猛攻を仕掛ける前陣速攻型のファイター。


 ゲームでは連続近接攻撃によってステータスが増加していく、『近接戦闘術メレーコンバツト』というパッシブスキルを有している。


 スキルを活かす連続攻撃が左右から迫りくるのを、槍で防いでいく。


 俺が仕込んでおいた個性を活かすためのビルドが、アカツキの下で更に洗煉されている。


「少し見ない間に随分と強くなったな」

「全てはアカツキ教官に勝利の栄誉を与えるために!」


 更に攻め手を激しくしてくる。


「……あいつがそんなもん欲しがるタマか?」

「申し訳ありませんが、ピアース隊長にはここで沈んでもらいます!」


 右からの薙ぎ払い攻撃を思い切り弾き返す。


 左腕が大きく開き、無防備になった身体へ柄の一撃を叩き込む。


「ぬぅ! ま、まだま……なっ、おっ……」

「どうした? 威勢が良いのは最初だけか?」


 体勢が崩したのを見計らって、今度はこっちから細かい連撃を重ねていく。


 ダリフの『近接戦闘術メレーコンバツト』は攻撃面においては確かに強力なスキルだ。


 しかし、一度攻撃のテンポを乱されて受け手に回れば防御が不得手な点が浮き彫りになる。


「ほいっと……いっちょ上がり」


 最後は軽く突いて場外へと落とす。


「努力賞ってとこだな。ほら、次は誰だ?」

「ぐぬぬぅ……つ、次! パークス! あのバカ兄貴に目にもの見せてやりなさい!」


 悔しさに唸っているアカツキから次なる死角が送り込まれる。


 パークス=ルカコヴィック Lv32――第三特務部隊の(自称)最終防壁。


 その二つ名の通り、ダリフとは真逆の防御重視のカウンタースタイル。


 開始の合図がかかると同時に、その場で盾を構えてこっちの出方を伺ってくる。


 どこからでもかかってこいと盤石の体制を築いたつもりだろうが――


「これでいいかな……よっと」

「えっ? ちょ、ちょっと隊長……な、何をやって……」


 舞台として敷き詰められた石畳の一つを穂先で引っ掛けて剥がす。


 それをそのままパークスへと向かって思い切り投げ飛ばした。


「どわぁああッッ!!!」

「慎重なのは良いけど、不測の事態への対処がまだまだ甘い……なっ!」


 飛来する石畳から身を守るために俺から目線を切ったパークスの側面を取り、盾ごと殴り飛ばす。


 場外への押し出しで、二勝目。


「つ、次は……り、リサン! せめて私が出るまであの馬鹿兄を少しでも削って!!」


 合理的に体力を削ぐ作戦に切り替えたのか、休む間もなく三人目が送り込まれた。


 しかし、全隊員の特性を詳細に理解している俺からすれば赤子の手を捻るようなもの。


 続く二人も己の弱点を理解させながらサクっと倒して、残すは大将のアカツキのみとなった。


「さて、後はお前だけだな。どうする? 可愛い妹相手に本気を出すのも忍びないからな。手加減して欲しいって可愛らしくおねだりするならやぶさかでもないぞ?」


 グロッキー状態の隊員に囲まれているアカツキを見下ろしながら言う。


 既に溜まりに溜まっていた怒りのゲージが、それで振り切れたのか――


「このクソ兄ぃいいい!!」


 審判の合図も待たずに、大弓から放たれた矢のような勢いで向かってきた。


 まるで分身しているように見える高速の左右ステップ。


 手にしているのは訓練用ではない自前の短剣。


「お前の弱点は……」

「ぶっ殺してやるー!!」


 本気の殺意と共に振り下ろされた一撃を避ける。


「怒って我を忘れると視野が狭くなるところだな」


 そのまま背後を取って、猫のように首根っこを掴んで場外へと落とした。


「勝負有り! この結果を以て、第四特務の勝利とする!」


 審判の簡素な勝ち名乗りによって、俺の五人抜きが確定する。


「いやったー! さっすがシルバ! これで最優秀部隊は我が第四特務部隊で決まりだね!」

「緒戦に勝っただけで随分と気が早いな」

「いいのいいの! ほら、ご褒美にチューしたげるからこっちにおいで!」


 俺を迎えるように両手を広げているセレスを無視して場外へと出る。


「おつかれ。まあ、頑張ったんじゃないか」


 半ば放心状態のアカツキの前に立ち、その場で屈んで目線を合わせる。


「う、うぅ……負けたぁ……勝たなきゃダメだったのにぃ……」


 俺の顔を見たアカツキが、普段は気丈な目からポロポロと大粒の涙を零し始めた。


「おいおい、泣くことはないだろ……」

「えぐっ……絶対に殺してやる……今度は寝首を掻いてやるんだから……」

「物騒なことを言うなよ。この短期間によくここまで育てたなって褒めに来てやったんだから」

「そんなの要らない……欲しいのは、お金……私のお金ぇ……うぅ……」


 泣くほどこの競技会に賭けてたのかと思えば、やっぱりそれが目的だったか……。


「じゃあ、訓練教官としての功労への査定も要らないのか?」

「えっ……? さていって……?」

「給与査定だよ。俺は出来る人間への報酬は惜しまないからな」

「ほうしゅう……え!? お給料増えるの!? ど、どのくらい!?」

「まあ、大体このくらいだな」


 前がかりになってきたアカツキに、片手の指を五本立てて見せると――


「…………お兄ちゃん、だ~い好き!!」


 まるでミツキかと思うくらいに甘く抱きついてきた。


 現金なやつだ……。


 妹と適度なスキンシップをしていると、周囲で『羨ましい……』と漏らしている隊員たちを割ってセレスがやってきた。


「ほらほら、兄妹仲が良いのもいいけど次の試合相手を見なきゃ」

「次の相手?」

「向こうもそろそろ決着が付くみたいだよ」


 セレスが指さしている方向を見る。


 特務のそれよりも遥かに広大な国軍の訓練場。


 俺たちが試合していた場所の隣で、もう一つの試合が同時進行していた。


 同じく大将戦までもつれ込んで、最後の一戦が行われているようだ。


 舞台上では二人の剣士が激しく斬り結んでいる。


 片手剣と盾を持った一人は、俺もよく知る第一特務部隊隊長レグルス=アスラシオンだった。


「どっちが勝つと思う? レグルスには悪いけど、流石に相手が悪いかなー……」


 セレスの言葉に、今度は相手の方を見る。


 比較的小柄な身体で、大きな騎士剣を振り回すアッシュブロンドの女。


「対戦相手は誰だ? 見たことない顔だけど……」


 装備からして儀典聖堂の武官のようだが、記憶と照合しても一致する人物がいない。


 他所の人間を全て把握しているわけでもないし、ロマの件もある。


 知らない人物がいることに驚きはないが、セレスがそれだけ評価している実力者で俺が知らないとなると妙な話だ。


「君、それ本気で言ってる……?」


 正気を疑うような目で見られる。


「あ? どういうことだよ」

「いや、どっからどう見てもクリス嬢じゃん。君のライバルの」

「クリス……? 俺のライバル……?」


 クリスとライバルの二語で、もう一度記憶を参照すると今度は一件だけ見つかった。


「はあ!? クリス!? あれがクリス=カーディナル!?」

「本当にどうしちゃったの? 仕事のしすぎでお疲れモード」

「いや、クリス=カーディナルって……あいつは……」

「あっ、やっぱりレグルスが負けちゃった。意外と健闘したし、後で慰めにいってあげなきゃねー」


 舞台上で勝ち名乗りを受けている女の方を凝視する。


 クリス=カーディナル――その名前は当然知っている。


 儀典聖堂の一等武官にして永劫教の枢機卿ダーマ=カーディナルの養子。


 そして、この神聖エタルニア王国で二番目に強い男。


 そう、男だ。


 俺の知っているクリス=カーディナルは男のはずだ。


「見ていたか! シルバ=ピアース! 遂に私たちの因縁に決着を付ける時が来たな!」


 しかし、舞台上から俺を指差しているのは全く知らない女だった。

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