第22話:全軍合同武術競技会

 ――国軍王都第一訓練場。


 特務部隊の訓練施設とは異なり、隅々まで整備の行き届いた広場に剣戟の音が響き渡る。


 音の発生源、広場の中央では二人の男が競技用の木剣を手に向かい合っていた。


 冬の寒さを物ともしない熱気で、屈強な軍人が剣を打ち合わせる。


 それは誰の目からもただの訓練ではないのが明らかだった。


 全軍合同武術競技会――年の瀬に行われる国軍主催の催しである。


 しかし、一般的な武術大会とは異なり興行としての色は薄い。


 観客はまばらで、大半が選手の身内。


 恒例の行事ではあるが、王都全体が盛り上がるような一大イベントとは言い難い。


 それでも参加者たちは熱意と矜持を胸に、我らこそがこの国で最も優れた部隊であると証明すべく鎬を削っていた。


 現在行われていた試合に決着が着く。


 勝利した部隊は堂々と、敗れた部隊は悔しそうに戦いの舞台から去る。


 そんな様子を国防聖堂の巫女ソエル=グレイスは来賓席から眺めていた。


 来賓として招かれている彼女ではあるが、一ヶ月前に謎の失踪事件を起こしたことでその周囲を付添人という名の見張りが囲んでいる。


 そんな扱いに不貞腐れながらも巫女としての責務を果たしているソエルの前に、次の出場者たちが姿を現した。


「よーし! それじゃあ行くわよ! あんたたち!!」


 訓練教官のアカツキ=ピアースを中心に、第三特務部隊の五人が待機場所へと並んでいく。


「「「「おうッ!!!」」」」


 教官の号令に応え、他の四人も各々が自らを奮い立たせる。


 待ちわびていた主役の登場に、萎んでいたソエルの心も色めき立つ。


 声援を送りたいのを必死に堪えながら、彼女は準備中の彼らを食い入るように見つめる。


 続いて広場に姿を現したのは、対戦相手である第四特務部隊の面々。


「いえーい! いえーい! 優勝するぞー!」


 疎らな観客席へと手を振りながら隊長のセレス=コバルトが入場する。


 四人の隊員たちが後を追うように入場し、戦いの舞台が整った。


 興行の試合のように大袈裟な告知はなく、粛々と試合の開始が進められる。


「何あれ……? ほんとにあれが戦うの……?」


 舞台に上がった両者を見比べて、アカツキが訝しむ。


 自らの統制下、地獄のような訓練を乗り越えた第三特務部隊の出場者たちは全員が鍛え上げられた鋼の肉体を有している。


 一方、試合相手である第四特務部隊の面々は明らかに線が細い。


 開始前に中央で握手を交わす二人の体格差は一回り以上ある。


 狙撃の名手を隊長に据えた第四特務部隊は、隊員の大半が遠距離戦闘員で構成されているので当然ではあるが、それを置いても両者の戦闘力の差は明白だった。


「ダリフ! 相手が弱そうだからって気を抜くんじゃないわよ!」


 しかし、アカツキもそれで相手を侮りはしない。


 彼女は今日この場で、ただ勝利を掴み取るためだけに隊員たちを鍛え上げてきた。


 獅子搏兎、どんな相手であっても手を抜かさせはしない。


 全ては兄から引き継いだ第三特務部隊を皆に認めさせるため――


 ……などという殊勝な理由ではない。


 結社の支配を脱し、第二の人生を歩み始めた彼女は新たな生きがいを見つけていた。


 それは日々増えていく預金口座の残高を眺めること。


 この競技会には名目上の賞品は用意されていないが、最優秀部隊は翌年度予算が増額される。


 彼女の頭の中は、それを如何に私的流用するかで占められていた。


「よっしゃぁ!! よくやったわ!! それでこそ私の下僕!!」


 先鋒のダリフ=ペンが勝利し、アカツキはその場で拳を高々と突き上げる。


 勝ってまとまったお金が入ったら、まずはあの男くさい隊舎から出よう。


 ミツキと二人で今よりも、もっとずっと良い部屋に住もう。


 大きくて柔らかいベッドに、肌触りの良い陶器製の浴槽、あれもこれも全部買おう。


 教官が邪な欲望を膨らませているとは知らずに、彼女の走狗たる先鋒のダリフは瞬く間に四人抜きを果たした。


「教官ー! 見てますかー!」


 筋骨隆々の男が半分ほどの年齢の少女の褒めてもらうべく、力強さをアピールする。


 アカツキは生返事をしながら舞台を挟んで向かい側にいるセレスを見る。


 四人抜きされてもう後がないというのに、彼女は相変わらずニヤケ面を崩さない。


 元より勝つ気がなく、ただ賑やかしのために出てきただけなのか。


 それともまだ何か秘策を隠しているのか。


「まだ試合は終わってないんだから気を抜くんじゃないわよ! あの片眼鏡道化女の顔から腹が立つニヤケ面が消えるまで徹底的にやりなさい!」


 勝利を目前にしたアカツキが更に檄を飛ばす。


 向こうは残り一人で、こちらはまだ全員が健在。


 大将には自分も控え、盤石の布陣を整えている。


 万が一にも敗北はありえないが、それでも最後まで油断はしない。


「ほいじゃ、大将よろしく~」


 セレスが最後の一人の背中を叩いて舞台へと送り出す。


 隊長本人が出てくると思っていたアカツキはまずそこで一つ、虚を突かれた。


 長い木槍を持った背の高い男。


 ローブを目深に被っていて顔は見えないが、彼女が真っ先にその正体に気がつく。


「あ、あの……あの……」


 声を震わせる彼女の前で、男がローブを脱ぎ去って舞台へと飛び乗る。


 陽光を受けて、特徴的な銀髪が煌めく。


「あのクソ兄貴ぃ~!!」


 舞台上に立った兄の姿を見て、アカツキは大きな怒りに叫んだ。

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