第21話:重版出来

 王都に帰還してから早十日が過ぎ、季節は冬を迎えていた。


 時折降る雪で化粧をした永劫樹に見惚れる余裕もなく、街中が年末に向けて何処も彼処も慌ただしく動いている。


 そんな中、俺はというと陸軍本部からご指名を受けて呼び出されていた。


 心当たりはありすぎるから、果たしてどの件で説教されるのかと期待に胸が膨らむ。


「ピアース、これは一体どういうことだ?」


 呼び出された部屋に入ると同時に、部屋の主である陸軍総司令のレイフ=ホーランに言われた。


 室内には彼以外にも国軍の重鎮方のしかめっ面が並んでいる。


 壮観だ。


 そして、彼らがこれと言って指し示したのは机上に置かれた一冊の本。


 表紙には『それゆけ第三特務部隊!』というタイトルロゴと、やたらと美化された俺の絵が描かれている。


 パターンBか。


「ああ、それですか。巷で随分と人気らしいですね」

「これをどう思う? ピアース特務総隊長」

「いやはや、自分が主人公の英雄譚とは恥ずかしい限りですね」

「聞き方が悪かったようだ……これについて何か知っていることは?」


 わざとらしく頭を掻いていると、言葉を変えて再度質問される。


 もちろん、知っているどころ話ではない。


 俺が描かせて、俺が刷らせて、俺が売らせた本だ。


 総合プロデューサーと言っていい。


「そうですね……強いて言えば、表紙の人物は本物の方がもう少し男前なことくらいでしょうか」


 でも、当然しらばっくれる。


 俺が関わってるなんて言えば、面倒なことになるのは火を見るよりも明らかだ。


「自分は何も知らない何もわからないと?」

「あくまで無関係と言い張るのか?」


 お偉方が更に強い口調で詰問してくる。


 心の弱い奴ならあっさりとゲロってしまうような圧力だが、残念ながら俺の肝っ玉はそこまで小さくない。


 本当に無関係だと自己暗示をかけたが如く、ひらりひらりと躱し続ける。


 そうして、ちょうど一時間ほど惚け続けたところで向こうが先に折れた。


 今日のところはこのくらいで勘弁してやるといいながら、運動不足の中年たちは退室したいった。


「全く……お前は何をしているんだ……」


 二人きりになった室内でレイフさんが大きな溜息を吐く。


「はて、目上の方々のご質問に誠実さを以て答えてただけですけどね」

「今後に及んでとぼけるのか、お前は……」


 再び、頭を抱えながらの大きな溜息。


 間に立たされた心労か、たった一時間で数年分老け込んだように見える。


「知らないものは知りませんので」

「……特務を設立するにあたって、正規軍の者たちとはいくつか取り決めをした。その内の一つが、『過度の広報はしないこと』だ。お前のような元荒くれ者を集めた部隊が、万が一にでも栄誉ある国軍正規部隊よりも目立つことがあってはならないという理由でな」

「男のジェラシーほど見苦しいものはないですね」

「それには同意したいところだが、こうして無闇に掻き立てようとしているお前が言うな」


 机上の漫画本が手のひらで何度も強く叩かれる。


 何故かそれが俺の仕業という前提で話が進んでいる。


 いや、俺の仕業なんだけど。


「とりあえず、書店へ販売禁止処理を命じることで連中には納得してもらう。既に出回っている分についての回収は流石に無理だが……」

「それは残念。せっかく俺たちのような害虫駆除係に注目が集まっていたというのに」


 言葉通り残念そうに振る舞うが、願ったり叶ったりの展開だ。


 表では既に流通しきっていて、欲しい人間には概ね行き届いている。


 そんな話題の品がお上の命令で禁制品となれば、逆に興味を持つ人間も増える。


 何千部か重版して、今度は裏のルートに流しておこう。


「……それで、今度は何を企んでいるんだ?」


 企みが表情に出てしまっていたのか、ギロリと刺すような視線を向けられる。


「行きつけの酒場の看板娘をどうやって口説こうかと」

「あまり妙なことをしてくれると、私でも庇い切れないぞ……」


 冗談は取り合われずに、頭を抱えながら言われる。


 神国動乱編では、このレイフ=ホーランも革命軍の手にかかって死亡する。


 主人公組との関係性は深くないので作中での描写はあっさりしたものだったが、俺の場合は違う。


 チンピラ紛いの傭兵だったシルバおれを、ここまで取り立ててくれた恩がある。


 ネアンあいつとしても救いたい命の一つだろう。


「俺もこう見えて色々と考えてるんですよ。さて、話が済んだならそろそろ戻っても?」

「向こうの機嫌が治るまではしばらく大人しくしているんだぞ」

「はい、一ヶ月ほどは大人しくしておきますよ」


 少し因果を含ませながら、背を向けて退室する。


 また大きな溜息が聞こえたが、扉の締まる音がそれをかき消した。


 さて次は……と頭の中で行程を確認していると、右手側の廊下からよく知る能天気な声が聞こえてきた。


「あー、シルバじゃーん! おーい!」


 長い青い髪を靡かせながら、特徴的な片眼鏡の女が小走りでやってきた。


 セレス=コバルト――第四特務部隊の隊長で、シルバおれとは傭兵時代からの腐れ縁の女だ。


「セレスか。こんなところで何してんだ? 司令に用事か?」

「いや、君を探してたんだよ。総隊長室に行ったら、ここにいるって言われたからさ」

「俺を?」

「うん、この前の貸しにそろそろ利子を付けて返してもらおうかと思ってね」


 そう言うと、セレスはニヤリと不敵に嗤った。

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