第20話:ビジネス
神聖エタルニア王国、王都アウローラの地下に張り巡らされた地下水道。
まるで政治の腐敗を象徴するが如く、迷宮にように広がった暗闇の奥地には完全に放棄されて誰もが存在を忘れている場所も多くある。
その一つ、かつては水道整備員の詰所として利用されていた区域の最奥から連続した炸裂音が響いた。
振動で朽ちた壁面から細かい破片が崩れ落ちた直後、今度は歓声が湧き上がる。
「す、すっげぇ!! なんだこの武器は!」
興奮気味にそう叫んだ男の手には、一丁の銃が握られていた。
片手で持てる大きさの、装填無しで連続して六発までの発射が可能な回転式銃。
国軍でも未だ制式採用には至っていないはずのそれが、一丁だけでなくその場にいる全員の手にあった。
「連射可能で、何発撃っても弾詰まりもない」
「携行性に対して威力も十分」
「何より既製品と比較して圧倒的な扱いやすさ……」
優れた新装備に、男たちはまるで童心に帰ったように目を輝かせる。
「気に入って頂いたようで何よりです~」
男たちが次は俺の番だと銃を取り合っていると、鼻につく猫撫で声と共に一人の女が闇の奥から姿を現した。
頭の後ろで一本に括られた赤毛と年齢に不相応な小さい身体は、小物のように揉み手していると殊更小さく見える。
ロマ=フィーリス――王都で急成長中の商会の会長が、今はテロリスト相手の武器商人としてこの場にいた。
「ああ、武器を用意出来るっていうから聞いてみりゃ。これは想像してたよりも遥かにすげぇ代物だ。こいつをクソ聖堂のクズ司教の頭にぶっ放したら、一体どんな風にぶっ飛ぶんだろうな……」
銃を持つ男が自らの願望の言葉にすると、他の者たちも同じように続き始める。
家族や仲間の仇、あるいは自らの屈辱の復讐。
これさえあればあいつらを自分たちと同じ目に合わせることが出来ると。
「はい! バンバンぶっ飛ばしてやってください! 手頃なところで拳銃からお試しいただきましたが、武器は他にもたくさんありますよぉ! じゃんじゃんお試しください!」
ロマが合図を送ると、後方から荷台を引いた者たちが次々と姿を現した。
彼らの付けている奇妙な仮面に革命軍は一瞬動揺したが、荷台を見た途端にまた大きな歓声を上げる。
そこには先刻試し打ちした新型の拳銃をはじめ、剣や槍、弓などの武器が大量に積載されていた。
そのどれもが軍の制式品と比べても遜色のない代物だと一目で分かった。
湧き立つ革命軍が各々、得意な獲物を手にしていく中――
「待て……まだ買うとは言ってない」
重く静かな声が一帯に響いた。
声の主は、この狂乱の最中で一人だけ事態を冷静に見守っていた男。
その言葉に他の者たちは自らの興奮を恥じ、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
圧倒的な統率力と風格。
一目見ただけで彼が革命軍における中心人物であるとロマは理解した。
「な、何かお気に召さないことでもありましたか……?」
「ああ、大有りだ。まず……見ての通り、俺たちにはこんな上等な武器を買う金はない」
男が荷台へと歩み寄り、その中から剣を一本手に取る。
上質な鋼を使って製錬されたショートソード。
高級魔石による魔力の付与も行われており、市場で買えば百万以上は下らない逸品。
お世辞にも潤沢とは言えない懐事情の彼らの手が届く品ではなかった。
「お、お金の心配は御無用です! 私たちは貴方がたの大義に賛同して――」
「大義……?」
「は、はい! もちろんタダというわけにはいきませんが、私たちは此度の義挙を後援するつもりで来ました! 大いに勉強させてもらうつもりです!」
男に睨まれたロマが身体をビクッと震わせる。
周囲には、一歩間違えば敵になりかねない者たちがひしめいている。
下手に不興を買えばどうなるか分からない恐怖が彼女の心中で膨れ上がる。
しかし、目的を果たすためにこの取引は何としても成功させなければならなかった。
どうにか取り入るために作り笑顔を浮かべて男に近づこうとした瞬間――。
――ヒュッ。
彼女の耳が軽やかな風切り音を捉えた。
「ひゃぁっ!!」
それがこめかみの真横に剣を突きつけられた音だと気づいたのと同時に、ロマの口から情けない声が上がる。
「俺の前で二度とその言葉を使うな」
「ず、ずびばぜん……も、もう言いません……」
まるで氷のように冷たい怒り。
これまでに何度も修羅場を経験してきたロマだが、その純然たる殺意には初めての恐怖を覚える。
「本当の目的はなんだ?」
男がロマに剣を突きつけたまま、ロマを詰問する。
この女は本心を隠していると男は確信していた。
仲間であるはずの他の者たちも、張り詰めた空気に息を呑んでいる。
「お、お金です……お金が目的です……」
「なら、どうして金のない俺たちに装備を流す? 俺たちの情報を知っているなら、それを国軍にでも流して恩を売る方がよほど利益になるだろう」
冷酷な感情の乏しい表情で目を見据えながら、男はその真意を探ろうとする。
ロマは眼前の男が自分の頭部と胴体を切り離すのに何の躊躇も持たないと理解していた。
ここでしくじれば命はないし、目的も果たせない。
頭を全稼働させてこの場を切り抜けるための答えを探す。
しかし、答えが見つからないまま一分、二分……と少し前の熱狂が嘘のように静寂な時間が過ぎていく。
しびれを切らした男が剣を持つ手に力を込めた瞬間――
「お、王都で大きな動乱が起きれば政情が不安定になります!」
堰を切ったように、ロマが言葉を紡ぎ始めた。
「……それで?」
「そうなれば国内の……いえ、内外問わずにありとあらゆる勢力で兵力増強の機運が高まります! そ、そこに私たちが――」
「敵味方の区別なく、全ての勢力に武器を売りつけるわけか……」
「あ、あはは……ご、ご明察です。な、納得して頂けましたか……?」
「武器商人らしい下卑たやり方だが……合点はいった」
男が剣を引き、ロマはほっと安堵の息を吐き出す。
「こっちの懐事情が厳しいのは事実だ。この際、怪しくはあっても使えるものは使わせてもらう。どうせ……この先、誰が何人死のうが、この国がどうなろうが俺たちの知ったことじゃない」
この世の全てに絶望し、諦めているかのような口調で男が吐き捨てる。
彼は荷台に剣を置いて、一人で奥の暗闇へと消えていった。
重い緊張の出処だった男が姿を消したことで、革命軍の者たちは再び興味を荷台に積まれた大量の武器へと戻す。
「ど、どうぞどうぞ! 手にとっても大丈夫ですよ! 試射も試し切りも、いくらでもやってもらって構いません! 本番に備えて今のうちに手に馴染ませておいてください!」
汗に塗れていた顔を袖で拭ったロマが、再び営業スマイルを浮かべて革命軍を煽り立てる。
彼らは各々が憎む支配者たちの顔を浮かべながら武器を手にしていく。
これで連中の頭を吹き飛ばしてやる。
四肢を切断してやる。
心臓を抉り出してやる。
その願望を結実させる決行の刻、永劫祭まで……後一ヶ月。
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