第19話:動乱準備

「く、ククク、クーデター!? 一体全体どういうことですかそれは! 私たちの手の届く範囲だけでも救いましょうって話がどうしてそうなるんですか!? ま、まさかピアース帝国を樹立して幸福であることを市民の義務として化すつもりですか!? ダメダメ、ダメですよそんな思想統制ディストピアは!! び、びっくりしすぎて酔いが一気に覚めたじゃないですか……って、そういえば私どれだけ飲んでも酔えないだけでした! ナチュラル状態異常無効体質!」


 パニック状態になったネアンがビールやら作画道具やらを撒き散らす。


 話の流れでしれっと重たい設定を開示された気がしたが、今は置いとこう。


「順を追って説明するから落ち着け」


 自分用のコップに水を注いでネアンの対面に座る。


「まず、俺らの目的にとって最も大きな障害となるのが第六章『神国動乱編』だってのは前にも説明したよな?」

「は、はい……それは前に聞きましたし、私もそう思います」

「じゃあ、その神国動乱編を平和的に解決するにはどうすればいい?」


 小学校の教師にでもなったつもりで、最初の段階から順序立てて話を進める


「革命軍によるテロを未然に防げばいいんじゃないですか? もちろん第三特務部隊で!」

「50点」

「ええっ!? また満点じゃないんですか!?」

「確かに、大勢の死者を出すテロを未然に防ぐのは大前提だ。俺らが連中の隠れ家に乗り込んで全員逮捕すれば、それは簡単に実現出来る。でも、それだけじゃ根本的な解決にはならないだろ」

「根本的な解決……ですか?」

「そもそも、革命軍はどういう連中で構成されてる?」

「えーっと……王国の偉い人達にとって都合の良い虚偽の予言が原因で家族を失ったり、人生を狂わされた人たちですよね?」

「そうだ。つまり、現革命軍は国家上層部の腐敗によって生み出された存在でしかない。姑息療法でそいつらを一旦切り離したところで、腐敗の源である病巣が健在ならいずれまた似たような奴らが出てくるだけだ。それに延々と対処し続けるのがお前の望む平和か?」


 俺の質問に、ネアンは首をぶんぶんと左右に振る。


「違うだろ? つまり、俺らが真に戦うべきはこの神聖エタルニア王国を蝕む病理の方だ」

「それは分かりましたけど、その病理っていうのは具体的には誰のことなんですか……? 正直、腐敗してる聖堂ってだけでもいっぱいありますけど……私たちの国防聖堂も大概ですし……」

「誰って……お前、まだそんなスケールの小さな話だと思ってんのか?」

「し、じゃあ……もしかして……」


 酒盛りで気分良さそうに上気していた顔が一気に青ざめていく。


「そう、病理は国教……永劫教そのものだ。俺らが革命軍よりも一足先にクーデターを起こして、このカルト国家からカルト部分を切り離す」


 俺の答えにネアンは『ひっ』っと短い悲鳴を上げた。


「そうすりゃ連中も大義を失うし、将来的な脅威も――」

「無理無理無理、流石に無理ですよそれは! だって永劫教と神聖エタルニア王国はほぼイコールじゃないですか! 切り離したら国が成り立ちませんよ!」


 矢継ぎ早に否定の言葉が並べられる。


 かつては世界を敵に回していた女が随分と臆病になったもんだが、言ってることは確かに正鵠を得ている。


 建国の祖たる賢者レナの思想と予言の力を元に生まれた永劫教とこの国は、切っても切れない関係だ。


 国家元首である神王から民衆の末端に至るまでの全員が教徒であり、国家運営を司る機関である各聖堂は教団の大司教と巫女が頭に据えられている。


 影響力が強いなんて話どころではなく、国家と教団はほぼイコールだと言っていい。


 それはかつての理念を失い腐敗した教団が、まるで肥大化した癌細胞が如く国家を蝕み続けている今も変わらない。


 治療するには重要な臓器ごと切り離さなければならない状態だ。


「短期間の内に国家を正常化しながら、将来的なものを含めて革命の芽を摘む方法が他にあるか?」

「そ、それはそうかもしれませんけど……。でも、国民の方々の支持を得られなかったら私たちがただの逆賊になるだけで終わるんじゃないですか……?」

「そうならないように、この旅で名前を売ってるんだろ。お前に描かせたこの漫画もその一環だ」


 原稿の束を掲げて、表紙をネアンの方に向ける。


「ええっ!? 私、知らない間にクーデターの片棒を担がされてたんですか!?」

「片棒も何も、お前が首謀者だろ。自分から俺に『手の届く範囲の人たちを救いたい、やり方は任せる』って頼んできたくせに何を言ってんだ」

「うっ……そ、それはそうですけど……まさかクーデターを起こすなんて……。そもそも、私の漫画程度で国民の皆さんの支持が得られるものなんでしょうか……」

「何言ってんだ。エンタメほどプロパガンダに利用しやすいものはないぞ」


 かの有名なヒーローも、かつては敵国の兵士を殴り倒していた時代があった。


 国軍の日陰者の部隊が、実は裏で世界を救っていたなんて物語は如何にも民衆好みだ。


 加えて漫画というメディアに初めて触れるこの世界の人間にとっては、かなり刺激的なものになるだろう。


 結社の力を使って情報操作すれば、それを事実として浸透させるのも容易だ。


「まず王都にこいつを一万部程流通させる」

「い、一万部!? そんなに売れますか!?」

「大丈夫だ。主要新聞社の一面広告は確保済みだし、大手劇団で演劇化も既に決定してる」

「ど、怒涛のメディア展開! 完全にこれ賭け案件じゃないですか!」


 驚きつつも、自分の漫画の評価にめちゃくちゃ嬉しそうに顔を綻ばせている。


 国民だけじゃなく、こいつも多少は餌を与えておいた方が御しやすい。


「やろうとしてることも、国民の方々の支持を得るために動いていたのも分かりました。自分で言い出した手前、私も腹を括ります……。でも、肝心のクーデターはどうやった行うんですか? や、やっぱり……宮殿の突入して武力で物を言わせて陛下を人質に取ったりするんですか……?」


 まるで本物のテロリストを前にしたように恐る恐る尋ねられる。


 こいつ、俺のことを何だと思ってるんだ。


「そんなことしたら、いくら世論誘導してたとしても後の支持が得られないだろ。あくまで穏便に話し合って神王の口から直接、国家と宗教を切り離す宣言をさせるつもりだ」

「それこそ無理ですよ! いきなりそんな提案して話し合いの場なんて持ってくれるわけないじゃないですか! 背教者として国を追われるだけですよ!」


 再び否定の言葉が並べられる。


 確かに言ってることはもっともだ。


 交渉材料も無しに、『お前らの権力を放棄しろ』と言って聞く人間がいるわけがない。


「お前、忘れたのか? 俺らには誰がついてるのかを」


 しかし、俺の手の内にはそんな離れ業を可能にする切り札が存在している。


「誰がって……あっ!」


 俺の考えている人物に思い至ったらしいネアンが目と口を丸くする。


「レイア=エタルニア、俺らには永劫教の開祖にして神聖エタルニア王国の建国の祖である賢者レナそのものがついてる。その存在を民衆の前で大々的に公表すれば、向こうは交渉のテーブルに着かざるを得なくなる」

「確かに……レイアちゃんが居れば今の話も空論じゃなくなるかも……。でもでも、この時点で彼女の素性を晒すのは危なくないですか? 命を狙ってる人も大勢いますし……」

「もちろん、安全体制は万全を期す。俺が護衛に付くし、他にも策は用意してある」


 目の前のこいつがかつてそうであったように、レイアの命を狙ってる輩は多い。


 邪神の復活を目論む連中をはじめとした邪教崇拝者たち。


 更にその影響力を永劫教自身へ向けようとすれば、枢機卿を中心とした現神王派も当然黙っているはずがない。


「本人はこの話を了承済みなんですか?」

「いや、今は残響巡りの方に集中してもらいたいからまだ頼んでない。でも、俺から言えば間違いなく了承してくれる」


 自分で言うのもなんだが、今のレイアは俺にベタ惚れしている。


 どんなに危険なことでも大義と俺の頼みという名目があれば、二つ返事でOKしてくれるはずだ。


「自分の魅力に自信があるのは結構ですけど、純粋な好意に頼る以上はちゃんと責任を取ってあげてくださいよ……?」

「……分かってる」


 ジトりとした口調で念を押すようにそう言われ、小声で返答する。


 ここ最近で取らなければいけない責任がどんどん背中にのしかかってきている。


 全てを終えた時に、果たして俺は無事でいられるだろうか……。


「六章攻略の概要は大体把握できたか?」

「まあ、一応は出来ましたけど……」

「これから今回の攻略も後半戦に入る。残りの一ヶ月でお前がやるべきは、とにかく教団上層部の連中と繋がりを作れ。特に純賢派の連中とな」

「純賢派って……賢者レナの教えこそ絶対って人たちですよね?」

「そうだ。俺らが事を起こした時に味方とまでは言わないが、神王派の連中と橋渡し役になってくれる可能性が高いのはあいつらだからな。色仕掛けでも何でもいいから今の内に多少なりとも取り入っておけ」

「い、色仕掛けって……出来るかな……」


 出来るだろ……と身体の前に付いた二つのデカい物体を見ながら内心で思う。


「これが落とすべき相手のリストだ。全員とは言わないが出来るだけ多く篭絡しとけ」


 人名を記載した紙切れをネアンに手渡す。


「うぉぉ……これはまた大仕事ですねぇ……。あの人も、あの人もいるじゃないですか……」


 リストの名前を見て、げんなりした表情を浮かべているネアンを横目に窓から王都の方角を見る。


 自らの運命を乗り越えて、次なる敵は国家そのもの。


 相手にとって不足はない次の決戦まで後一ヶ月。

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