第17話:乱数調整
正気(?)に戻ったナタリアを連れて、三人で噴水の場所へと戻る。
彼女はあれから一言も発さずに、ただ命令を与えられた機械のように黙々と付いてくる。
それから一歩遅れて、ネアンも気まずそうな顔をしながら付いてきている。
傍から見れば美人踊り子とミステリアス美女を連れているわけで、やたらと注目を浴びる。
そんな両手に花の男が、内心では人間関係の難しさに苦悩しているなんて誰も信じてくれなさそうだ。
「そ、そういえば……どうしてこんなところでナタリアさんに踊ってもらう必要があるんですか? こんな街中に、踊りで解放される要素なんてありましたっけ?」
噴水の場所まで半分ほど進んだところで、沈黙に耐えきれなくなったのかネアンがそう切り出してきた。
この気まずい空気で歩き続けるよりかはましかと説明してやることにする。
「お前がやたらと拘ったトゥルーエンドのためだよ」
「トゥルーエンド……? この街ですることなんてありましたっけ……?」
自分の拙い攻略情報から絞り出しても心当たりがないのか、首を傾げている。
「トゥルーエンドの条件で一番手間がかかるのは?」
「一番手間がかかるのは……えーっと……『純粋永劫鉄』の精製じゃないですか? 『永劫断の剣』の素材の一つの」
「その通り。流石にそのくらいは分かってるんだな」
「まあ、一応トゥルーエンドまでクリアしてますし……イージーモードですけど」
攻略に纏わる会話で初めて肯定的意見を貰ったからか、ほんのりとニヤけている。
「じゃあ、その『純粋永劫鉄』の入手方法は?」
「えー……まず港町ポーティアの海運ギルド関連クエストを全部クリアして大型船舶の運行許可を得て、幽霊船騒動を解決します。それで魔の三角海域の先に進めるようになるので遥か絶海の孤島を目指します。」
「ほう、それで?」
「到着すると最高レベルの耐毒装備に切り替えて、島の中心部にある『深淵の螺旋鉱山』をひたすら潜ります。最深部の地下九十九階層で待ち受けている支配種古竜テラに勝利すると『永劫鉄鉱石』が手に入るので、それを今度はマップの真逆の果てにあるスルト大火山に持って行きます。そこで炎神スルトの試練を全て乗り越えて頂上へと辿り着き、火口に『永劫鉄鉱石』を投げ込むと『純粋永劫鉄』が精製されます!!」
長々と語られた答えと共に、ドヤァと描き文字が入りそうなくらいに胸を張られるが――
「5点」
無情な採点を突きつけてやる。
「ええっ!? ECサイト式の5点満点でですか!?」
「いいや、990点満点で5点だ」
「まさかの国際コミュニケーション能力テスト式!? でも、それはおかしいですよ! 純粋永劫鉄の入手方法が他にあるなんて聞いたことありません!」
「自分の狭い世界に囚われるな。常識とは覆すためにあるもんだ」
「んぐぐ……じゃあ、模範解答をお願いします!」
「正解は見てれば分かる……ということでナタリアさん、お願いがあるんですけど……」
ナタリアに出来るだけ波風を立てないようにお伺いを立てる。
「ここで踊ればいいんですか……?」
俺を見る目がなんだか色んな意味で怖い。
一体どんな心境でいるのかは定かでないが、下手に刺激しない方がいいのは確かだ。
「は、はい……ここで、これとこれを持って『熱砂の舞』を踊って頂ければ幸いです」
「なんですか、その喋り方は……?」
「いや、なんとなく……」
松明二本と緑玉の実を恐る恐る手渡す。
ただでさえ目を引く美女が露出度の高い衣装を着ていることで、既にかなりの注目が集まっている。
ここから踊り出せば更に多くの注目を浴びるのは確実だ。
後はナタリアの羞恥心がそれに耐えられるかの勝負になる。
「では、ご命令通りに……踊らさせてもらいます」
ゆったりとした足取りでナタリアが俺の指定した地点へと移動する。
「な、なんだか見ているだけで緊張してきました……」
まるで剣豪同士の決闘を見守っているかのような緊張感。
隣のネアンも呼吸を忘れたかのように固まっている。
「しっ……静かにしろ。始まるぞ」
忠告と同時にナタリアが手を広げて舞い始める。
『熱砂の舞』は、踊り子クラスLv25で習得可能な高難易度踊りスキルの一つ。
まるで砂漠の昼夜を思わせるような苛烈と静寂を交互に繰り返す踊りで、攻撃バフと防御バフを交互に与える効果を持つ。
「さて、俺も準備を始めるか」
優美な舞に見とれている場合ではないと、一足飛びで噴水の中央にある台座へと飛び乗る。
「わっ! どうしたんですか? 急にSNS映え狙いのマナーが悪い観光客みたいなことしはじめて……」
「いいから黙って見てろ」
自身のステータス窓を注視し、ちょうど十秒周期で効果が切り替わるタイミングを体に染み込ませる。
純粋永劫鉄の精製にはまず踊り子クラスのレベルが最大で、恥じらい係数が1.2以上のキャラに『松明』×2と緑玉の実を持たせ、メソンの中央広場噴水前の南南西で『熱砂の舞』を踊らせる。
その状態で、もう一人が『鉄鉱石の塊』を所持した状態で噴水の台座に立つ。
後は攻守バフの切り替えタイミングで、0.01秒のズレもなく『変性の呪文書』を『鉄鉱石の塊』に使用すると――
「はい、純粋永劫鉄の出来上がり」
「ええーーーッッ!?!?」
俺の手の内に輝く白銀色の鉱石を見て、ネアンが素っ頓狂な叫び声を上げた。
「これが満点の模範解答だ。勉強になっただろ?」
「いや、いやいやいや!! 思いっきりバグですよねそれ!!」
「人聞きの悪いことを言うな。バグ無しカテゴリでも使用が認められてる正当な仕様だよ。そもそもバグが現実で使えるわけねーだろ」
物理判定の隙間を縫うような壁抜けをはじめ、プログラムの粗を突くようなバグ技の類が使えないことは前もって検証している。
一方で、挙動としてはバグに近いが正式な仕様とされている技は使える。
ブリンクスキルを使った壁抜けなどがそれに当たる。
「変性の呪文でただの鉄鉱石が純粋永劫鉄になる確率はゲーム上では0%と表記されてるが、実は小数点以下が切り捨てられてるだけで天文学的低確率ではあるが精製出来る。しかも、それは特定の条件下で完全な再現が可能……つまり、乱数調整だな。今の一連の行動はそれをやったわけだ」
変性の呪文の挙動は何度もチェックして、問題なく乱数調整が行えることは事前に確認しておいた。
一発で成功したのは出来過ぎだが、驚くようなことは何もない。
「乱数調整って……それこそ現実でありなんですか?」
「世界観的には変性時に取り込む魔力の流れを祈祷スキルで制御してる感じなんだろう。現に俺の手の中にこれがあるのが紛れもない事実だ。手間も危険も大幅に削減出来たんだからそれでいいだろ」
輝く白銀色の金属塊を見せつける。
こいつが言った通り、純粋永劫鉄の入手がトゥルーエンドを目指すに当たって最も手間なのは間違いない。
どれだけ効率良く進めても一ヶ月はかかる上に危険が伴う。
それをたった数分に削減出来るならどんな手でもやらない理由はない。
「それはそうですけど……でも、何かまだ釈然としない気も……」
まだ納得出来ていない様子の女は放っておいて、今日の立役者へと向き直る。
「おーい、ナタリア。もう出来たから踊らなくてもいいぞー」
まだ踊り続けている彼女へと向かってそう言ってやるが――
「な、ナタリア……?」
俺の言葉を無視して彼女はただ一心不乱に踊り続けている。
「おーい……? もう踊らなくていいんだぞー……?」
もう一度声をかけてやるが、やはり止まる気配は微塵もない。
それどころか更に熱量を上げて、その動きは激しさを増していく。
周囲を見渡すと、いつの間にか中央広場は彼女の彼女による彼女の為の独壇場と化していた。
街中を行き交う大勢の人々が足を止め、その優美な踊りに心を奪われている。
それは広場には大勢いる他のパフォーマーたちも例外ではない。
各々が自前の音楽を奏でていた路上演奏家たちも、今は彼女のために音を合わせている。
汗を飛び散らしながら踊り続けるナタリアの顔には、この世の全てのしがらみから解放されたような恍惚と自らの運命を呪うような悲哀が同居した笑顔が浮かんでいる。
その姿を見て、俺は取り返しのつかないことをしてしまったのだと気がついた。
あの気高く清廉な女騎士を俺が壊してしまったのだと。
「責任、取ってあげてくださいね」
背後からポンと肩を叩かれて告げられた言葉に、俺は黙って頷くしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます