第16話:強行突破
――という流れで部屋に閉じこもられたのが事の真相だ。
「思い返してみても特に解決策は見つからないな」
人が大勢いる広場で踊ってくれないかと頼んだだけで、ここまで閉じ籠もられるとは……。
完全に想定外だ。
いつもみたいに気分良く踊ってくれる前提で攻略を進めていた。
「困りましたねぇ……」
「困った……」
二人並んで、ナタリアの部屋の前で困り果てる。
この行程は攻略過程の深いところに組み込まれている。
今更の変更は出来ない。
しかし、雁首揃えてうんうんと唸っているだけでは部屋からは何も出てこない。
「仕方ない。またいつもみたいに上手く誘導するしかないか……」
このまま正攻法を続けても実りはなさそうだと判断する。
過去の成功パターンを踏襲して、次はどう乗せるかを考えていると――
「あっ!」
ネアンが何か閃いたように口を開いた。
「ありますよ! 確実に協力してもらえる方法が!」
「軽々しく確実とか絶対って言う奴は信用しないことにしてるけど一応聞いてやろう」
「後ろからこう……ギュっと優しく抱きしめて、アイラブユー、アイニージューって言ってあげればいいんですよ」
「却下」
「いやいやいや、却下じゃないですよ却下じゃ!」
案の定だった提案を間髪入れずに棄却するが、不服そうに詰め寄ってくる。
「却下だよ、却下! んなこと言った暁には今後の人間関係がめちゃくちゃになるだろ!」
「なりませんよ! ナタリアさんが貴方に好意を抱いてるなんて周知の事実なんですから! むしろ円滑になるまであります!」
「どんな理屈だよ」
「だって、ナタリアさんはどう見ても尽くすタイプじゃないですか! 想いが報われれば、きっと今よりもっと献身的に働いてくれるはずです!」
鼻息を荒くして力説される。
「……そういう個人的な感情を利用するようなやり方は俺の信条に反する。案を出すなら違うもんを出せ」
この話はここまでと打ち切るが、向こうは納得出来ていないのか尚も続けてくる。
「信条とかそれっぽく言ってますけど……私の時と言い、そういうことを単に避けてるだけじゃないですか……?」
「べ、別に……避けては……」
「その割には歯切れが悪いですね……。まさか本当に機能不全ってわけでもないでしょうし……単に奥手なだけだったら、それは解釈違いなんですけど……」
ジトっと睨みつけるような表情を維持しながら、にじり寄ってくる。
身体の前に付いている二つの巨大な物体のせいか圧がすごい。
「ナタリアさんやレイアちゃんに魅力を全く感じてないんですか!? 他にもいろんな女性から明確に好意を向けられてますよね!? 全くそういう気にならないんですか!?」
「そりゃ……感じてはいるよ……俺も男だしな……。でも……」
「でも!?」
更に身体が寄せられる。
前にベッドで迫られた時以上の近さにたじろぐ。
「知ってるゲームのキャラとそういうことになるってなんか不健全だろ……ましてや全年齢ゲーだし……」
強烈な圧力に負けて、思わず本音を漏らしてしまった。
「大真面目かい!!」
出会ってから最大級の大声でツッコまれた。
「いや、普通そうなるだろ……。しかも前世の知識有りきで得た優位性だし……」
ましてや一線を超える関係なんてなれば、かなり不健全に思えてしまう。
きっと男としての欲望以上に、ファンとして感じる神聖さが上回っているのだろう。
「攻略中は壁抜けするわボスはハメ殺すわのストロングスタイルのくせに! なんでそういうところだけ無駄に誠実なんですか! 女性関係もむしろ俺が全員娶って幸せにしてやるぜくらいの気概を見せてくださいよ!」
「無理に決まってんだろ! 現代日本人のメンタリティ舐めんなよ! 急に騎馬民族の皇帝みたいになれるか!」
「なんですかそれ……予想外のヘタレっぷりに頭が痛くなってきましたよ……」
頭を抱えて本気で消沈される。
こいつの中で
「じゃあ、逆に考えてみろよ。もしお前が偶然得た優位性で男連中に言い寄られるようになったらどう思う? 素直に受け入れられるか?」
「私がみんなに……? そうなったら、う~ん……逆ハー万歳?」
「お前に聞いたのが間違いだった」
ここまで開き直られるともはや清々しい。
そのタガを外してしまったのは俺かもしれないので強く言えないが……。
「とにかく、そういうのは無しだ。今後の攻略のためにも人間関係は現状維持が一番!」
「仕方ないですね……一応とはいえ理由を話してくれましたし、ここは引きますよ……。納得はし難いですが……」
奥歯に物が挟まったような物言いながらも、一旦は引き下がってもらえる。
ほっと胸をなでおろすが、脱線していた話が元に戻っただけで本題は全く前に進んでいない。
部屋の前でここまで騒いだというのに、中からは相変わらず物音一つ聞こえてこない。
「……ナタリアさん、中に居ますよね?」
「そりゃいるだろ。閉じ籠もられてから俺らもずっとここにいるし」
「窓から出ていったりとかしてないですか?」
「そんな行儀の悪いことするやつじゃないのは、お前が一番よく知ってるだろ?」
「ですよねぇ。でも、だったらどうしてこんなに静かなんでしょう……」
確かに、ここまで静かなのはおかしい。
その不気味なまでの静かさに、ある一つの予感が胸中に浮かび上がる。
「もしかして、中で首を吊ってたりしないよな……?」
「いやいや、流石にそれは……無い……とも言い切れませんね……」
自分でも流石にそれはないだろうと思った言葉が否定されず、背中に悪寒が走る。
プレイヤーならナタリアのメンタル面の弱さを嫌というほど知っている。
現に俺は未遂の場に何度も立ち会ってきた。
向かい合わせている互いの顔に、ツーっと一筋の汗が流れる。
「ナタリアー! 今すぐ開けろー!」
「早まらないでくださーい!」
二人で扉を激しく叩く。
しかし、やはりというべきか室内からは何の反応もない。
最悪の可能性が、徐々に現実的な輪郭を持ち始めた。
「やむを得ない。強行突破するぞ」
「強行突破って!?」
「扉をぶっ壊す!」
万が一の事態が既に起こっている可能性は十分にある。
迷っている時間はないと決意を固めてから、一秒も待たずに扉を思い切り蹴破った。
一撃で錠と蝶番が破壊され、支えを失った扉が室内へと向かって倒れていく。
「ナタリア! 馬鹿な真似は……えっ?」
室内へと踏み込むと部屋の中央には、五体満足で立つナタリアの姿。
急に踏み込んできた俺たちを呆気に取られた表情で見ている彼女の身体は、これまで俺が送ってきた踊り子装備一式に包まれていた。
豊かで形の良い乳房に、シュっと引き締まった腰、重力に負けないハリのある尻。
窓から射し込む陽光に照らされ、白い肌の大部分が惜しげもなく晒されている。
「その……あまりに返事がないから、早まったことをしてるんじゃないかと……」
予想していたのとは全く異なる事態に、しどろもどろの弁明しか出てこない。
俺を見たままじっと固まっていたナタリアがプルプルと小刻みに震え、全身の肌が朱色へと染まっていく。
「う……うわああああああん!!!」
限界を迎えた情緒がはち切れ、ナタリアが泣き叫んだ。
「ど、どうしたナタリア! 腹でも痛いのか!?」
「う、うう……私は、私はおかしくなってしまった……」
「お、おかしく? 全然おかしくなんかないぞ! よく似合ってる! 最高だ! めちゃくちゃエロいぞ!」
「は、はい! とってもエッチです! 眼福です!」
「よっ! スケベのテーマパーク!」
「有明の女帝!」
顔をくしゃくしゃにして嘆いているナタリアを二人で必死に慰める。
何か間違ってるような気もしたが、慟哭する彼女にとにかく何か言わなければならない思いに駆られていた。
「もう二度と……二度と踊らないと心に誓ったはずなのに……どうして私は……」
「そ、そうか……ならもう踊らなくてもいい! 無理強いした俺が悪かった……! 今日は一日休もう! そうしよう!」
これまでの拒絶とは明らかに違う様子に、最効率を是とする信条を曲げるしかなかった。
しかし、ナタリアはそんな俺に向かって思いもよらぬ言葉を述べてきた。
「違うんです……そうじゃないんです……」
「そうじゃない? な、何がだ?」
「心でどれだけ拒絶しても拒絶しても、私の身体は求め続けているんです……! あの時の熱を……興奮を……! だから貴方にまた踊って欲しいと求められた時、私はその心と身体の不均衡が怖くて逃げ出してしまった! でも、気がつくと私はまたこの服を身に纏って……まるで、虜囚が監獄の鎖に安息を覚えるように……!」
複雑な心境を吐露し続けるナタリアは、これまでに見たことのない顔をしていた。
避けられぬ自らの運命に対する悲哀と羞恥、至上の恍惚が入り混じった表情。
一言で表すと、目が逝ってる。
「この相反はもう自分ではどうにもならないのです。だから、どうか私に言ってください……。ただ『踊れ』と……これは命令だと……そうすれば、私はきっと……」
涙で潤んだ哀願の瞳。
それは部下から上司に向けるものではなく、もっと別の上下関係を想起させてきた。
助けを求めるようにネアンへと目を向けると、彼女はただ小さく首肯した。
言葉はなかったが、『楽にしてあげてください』と言外に伝えられる。
「じゃあ……その……とりあえず踊ってくれるか……?」
まるで餌を欲する犬に『よし』の合図を送るように言う。
複雑な感情が交錯する声色で、『はい……』と力なく応えるナタリアの目を俺は見ることが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます