第15話:扉が閉ざされた理由
「おーい、ナタリアー! 出てこーい!」
「ナタリアさーん! 出てきてくださーい!」
ネアンと二人で並んでナタリアの居る部屋の扉を何度も叩く。
そうし始めてから、もう半時間近くが経過しようとしていた。
木製の扉は軋む音を立てるだけで、その内側からは息遣いすら聞こえてこない。
「一度出てきて話し合おう! そうすれば絶対に分かってくれるはずだ!」
「そうですよ! 何も取って食おうって言ってるわけじゃないんですから!」
最初は拒絶の言葉が返ってきていたが、今やもう返答すらなくなった。
今回こそは俺たちが諦めるまでは断固として動かないという強い決意を感じる。
このまま呼びかけ続けたところで同じことを繰り返すだけだ。
しかし、世界平和のために俺たちも簡単に諦めるわけにはいかない。
「どうします? ちょっとやそっとじゃ出てきてくれそうにないですけど……」
「そうだな……。今回はいつにも増して手強いし、まずは状況を整理しよう」
ナタリアがどうしてこうなったのか。
その原因を究明するには、この街を訪れたところから考え直す必要がある。
*****
「うわぁ~! 人がいっぱ~い!」
見渡し限りの黒山の人だかりを見てネアンが感嘆の声を上げる。
旅を始めてからちょうど四週間が経過し、俺が担当するクエストも軒並み完了した。
いよいよ終盤戦にさしかかってきた今日は、トゥルーエンドに必須のアイテムを入手するためにメソンの街にやってきた。
大陸南西部に位置するここは二つの友好国との国境上にあり、人や物、文化が行き交う大交易拠点として知られている。
都市人口も王都に比肩し、こと商いの規模に限っていえば凌駕する。
これまで回ってきた場所とは比べるべくもない大都市なのが一目見ただけで分かる。
「おい、あんまりうろつくなよ。はぐれたら時間的なロスになるんだからな」
「んも~……迷子になんてなるわけないじゃないですか、子供じゃないんですから」
と言いながらも、ゲームで見たままの街並みに興奮を隠しきれていないネアン。
しっかりと手綱を握っておかないと何をしでかすか分からない。
王都から遠く離れた場所に住まう民衆は巫女の顔なんて知らないだろうが、それでも用心に越したことはない。
もし国教の巫女が街中を歩いていると知られれば大混乱になる。
「待ち合わせは中央広場の噴水前だ。寄り道してないでさっさと行くぞ」
うろつくなと言ったそばから雑貨屋に入ろうとしていたネアンの首根っこを掴む。
「ゲームでも大きな街ですけど、流石にここまで大勢の人はいなかったですよね」
「そりゃこんだけ埋め尽くしてたらプレイヤーの邪魔になって仕方ないだろうからな」
ゲームでこれだけのNPCがいたら処理落ちにスタックにと酷い惨状だろう。
ただ人口密度が高いだけでなく、三国の中継地だけあって道行く人々の種類も様々。
露天商から怪しい呼び込み、投げ銭待ちのの大道芸人や音楽家が多種多様な人種で存在している。
『我々は予言の名の下に私腹を肥やす教会上層部へ、異議を申し立てる者である!』
更には街頭演説中の反永劫教活動家まで。
腐敗政治に物申すのは立派だが、こんなところでやってると……ほら、警官隊だ。
『離せ! この教会の犬どもが! 目を覚ませ貴様ら! このような不当な弾圧を許し――』
あっさりと捕まって連行されていく男を横目に歩き続ける。
「ふぅ、ここまで来るのにも一苦労だな……」
「年末の繁忙期だからでしょうか……ほんとに、すごい人……」
文字通り人の山を掻き分けて、なんとか待ち合わせ場所まで到着した。
大通りほどではないが、ここも大勢の人でごった返している。
その中からナタリアたちの姿を探すが見つからない。
「早く来すぎたみたいだな。少し待つか」
だったら少し周りを散策してくると言われる前に首根っこを掴んでおく。
そのまま雲の流れでも見るように、ぼーっと街の景観を眺める。
何もしない無為な時間を過ごしていると焦燥感に駆られるのは性分だろうか。
気がつくと貧乏揺すりしてしまいそうになるのを意識的に止める。
「あっ、シルバさん! あれあれ! 見てください!」
頭の中で今後の予定を確認しているとネアンが何かを指差した。
ナタリアたちが来たのかと思ったら、その指先は南の空を示していた。
「浮遊大陸が見えますよ! わぁ~……ここからでも見えるんですねぇ……」
視線を上げて指先が示す場所を追うと、そこには雲上にそびえる大陸があった。
浮遊大陸フロウティス――DLC第二弾『天空に抱く大志』で実装された新マップ。
その名の通りに空に浮かぶ大陸が舞台で、この世界にかつて存在した高度な科学を有する古代文明の遺物を巡る物語が繰り広げられる。
そのシナリオで特筆すべき点はEoEには珍しく、胸糞展開が全く無いないところ。
出てくるキャラは敵味方共に古代文明によって製造された
血なまぐさいDLC第一弾とは打って変わった、夢と希望に満ち溢れた正統派冒険譚。
クリアすれば大陸を移動拠点兼ハウジングエリアとして利用出来るようになる点も平和的だ。
「言っとくけど、今回の旅で行く予定はないからな」
目を輝かせている女に牽制のために前もって言っておく。
エンディング条件にも関わらないし、放っておいても惨劇が起こるわけでもない。
ロマンがあるのは分かるが、現状で乗り込んでも無駄足以外の何物でもない。
「べ、別に行きたいだなんて言ってないですよ! 淵に立って下の世界を見下ろしながら『人がゴミのようだ』とか言ってみたいなんて言ってないじゃないですか!」
「行きたいなら全部が終わってから一人で行け」
また文句を垂れ流し続けている女を横目にのんびりしていると、今度は俺があるものを見つけた。
「あいつら……やばっ! 隠れろ!」
「えっ、なにが――むぎゃっ!」
応答よりも先に、頭を掴んで噴水の陰に押し込む。
視線の先で動いている四人の男たちの動きに注視する。
「あっ……あれって、儀典聖堂の人たちですか?」
「王都の外でもあんなゴチャゴチャした装飾をつけてる連中は他にいないだろうな」
儀典聖堂――国内で行われる公的儀式に関する活動の全てを司る行政機関。
トップに巫女と大司教を置いているのは他の聖堂と同じだが、式典における警護担当という名目で軍に近い武力を保持しているのが特徴。
中央で指示を出している中年の男をはじめ、視界内にいる連中も全員がその武官の制服を纏っている。
「ふむふむ……真ん中にいるのは二等武官のマイルスさんですね」
「知ってる奴か?」
「はい、設定資料集第四弾のおまけコーナーで紹介されてた方です。一等武官のクリスさん直属の部下で、日々上と下の軋轢に悩まされている典型的な中間管理職タイプの人ですね。大きな野心を持たないタイプで、趣味は日曜大工だそうです」
「そんな脇役のことまでよく覚えてるな……。てか、あいつの部下なのか……そう言われればどこかで顔くらいは見たことがあるような……」
本人の名前には覚えがなかったが、上官の名前にはよく覚えがあった。
クリス=カーディナル――儀典聖堂の一等武官で
そうとなれば尚更こんなところを見られるわけにはいかなくなった。
「んも~……ゲーム内で描写されてないことには本当に疎いんですねぇ……」
「いいから黙って隠れてろ。ただでさえ失踪紛いの抜け出し方してきてんのに、こんなところを知ってる奴に見られたら大事だぞ……」
噴水の陰から顔を少しだけ覗かせていたネアンの頭をもう一度押し込む。
王都では巫女が書き置きだけを残して失踪したと大騒動になっているはず。
それが実は下部組織の長と二人きりで旅をしていた……なんて世間に知られれば大スキャンダルだ。
もし見つかれば今後の行動にも大きく支障が出る。
息を潜めて群衆に紛れ、連中がいなくなるまでやり過ごす。
「ほっ……どこかに行きましたね」
しばらく隠れていると、連中は俺たちに気づかずに去っていった。
「ったく、ハラハラさせやがって……。なんで儀典聖堂の連中がこんなところにいたんだ?」
「今度の永劫祭関係のお仕事でしょうか? 当然、この街の有力者の方々も招待されてるでしょうし」
「普段は使う予定もない戦闘訓練ばかりのくせに、こういう時に限って働きやがって……っと、今度こそ本来の待ち人が来たぞ」
姿を消したお祭り担当たちに毒づいていると、入れ替わるように待ち人がやってきた。
街中でも一際目立つ女騎士が背筋を伸ばしてキビキビと歩いてくる。
軍の人間が大挙して押し寄せると要らぬ不安を与えると思ったのか、他の班員たちの姿は見えない。
「お~い! こっちだ~!」
俺を探しているナタリアへと向かって大きく手を振って招く。
向こうも俺の存在に気づき、安堵の表情を浮かべて駆け寄ってくる。
「も、申し訳ありません。少し遅れ……って巫女様!?」
側に来たナタリアがまず隣にいるネアンを見て、喫驚の声を上げた。
「わぁ……ナタリアさんだぁ……本物のナタリアさんだぁ……。お肌綺麗……すべすべした~い……」
一方、ネアンの方はミツキに会った時と同じ様にオタク全開の気持ち悪い顔をしている。
「な、何故巫女様がこのようなところに……どうして隊長と……」
大きな当惑を浮かべながらナタリアが俺とネアンの顔を交互に見る。
「あー……実はかくかくしかじかで地方の視察に来ててだな……」
前もって用意しておいた嘘の言い訳をつらつらと述べる。
長旅で隣にいるのが自然になっていたからすっかり忘れていたが、本来ならここにいるのは異常以外の何でもない。
「し、視察ですか……? わざわざ、自らの御足で……?」
「そうなんです。国民の皆様方の安全保障を第一に考えるのが、国防聖堂の巫女たる私の責務なので。国の隅から隅まで、ずずいと視察中です」
「それは確かに仰る通りですが……要人護衛は正規軍の役目ではありませんか? どうして特務の総隊長が一人で……」
「細かいことは気にしないでください。たまにはそういうこともありますので」
「あ、ありますか……?」
「あります。現にこうして私がここにいるのが証拠です」
「巫女様がそう仰るのであれば……」
まだ不可解そうにしているが、天上人の言葉には納得せざるを得なかったようだ。
「それで隊長、私たちは何のために集められたのでしょうか? 他の隊員は宿で待機させているので必要とあらばすぐにでも呼び出せますが……」
これ以上の追求を諦めて今度は呼び出された要件を尋ねられる。
「他の奴らは呼ばなくても大丈夫だ。用事があるのはお前一人だけだからな」
「私個人にですか? それは一体……」
「まずはこれを受け取れ」
怪訝な面持ちのナタリアに、俺は携行鞄から予め用意しておいた道具を取り出す。
松明が二本に、緑玉の実が一つ。
「……なんですか、これは?」
大人しく受け取りながらも、意図を測りかねると首を傾げられる。
対して俺は日々の業務で書類の正誤確認を頼むような気軽さで言う。
「これを使って、ここで踊ってくれないか?」
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