第13話:一方その頃、主人公パーティは
神聖エタルニア王国東部大森林地帯。
数十kmに渡って巨大な樹木が密集し、多くの原生生物や魔物が群生しているその最奥に『禁域』と呼ばれる場所がある。
現在では宗教上重要な場所として立ち入り禁止となっているそこには、かつて神代の英雄たちが命を落とした仲間の魂を祀るための祠があった。
「ふぅ……これで三つ目も終わりか」
祠の最奥、慰霊碑の前で三つ目の残響との接触を果たしたカイルが額の汗を拭う。
「カイル、大丈夫? 体調が悪くなったりしてない?」
「大丈夫。三つ目ともなるともう慣れたもんさ」
カイルが身体を動かして変調がないことをミアに示す。
僅かに汗こそ滲ませているが、一つ目の残響と接触した時にあった記憶の混濁は起きていない。
今となっては残響との接触による追憶も彼の中では前世の自分ではなく、よく似た他人の記憶を見ているのだと思うほどになっていた。
「本当に? 何か変なことがあったらすぐに教えてね?」
それでもミアからすれば、彼が自分の知らない誰かに変わってしまうかもしれない恐怖は拭い切れない。
故に二つ目との接触を終えたときと同じように、カイルは今の恋人の肩を優しく抱き寄せる。
自分は神代の英雄ネクス=アーベントではなく、カイル=トランジェントであることを伝えるために。
それは隣で同時に残響との接触を終えたレイアにとっても同じだった。
追体験から復帰した彼女はカイルと恋仲であった数年の記憶を追想したにも拘わらず、そんな素振りを一切見せずにカイルの隣を通り過ぎていく。
「タニスさん、水とってくれない?」
身体を軽く動かし、自分が自分であることを確認すると荷物の番をしているタニスへと言った。
「ぎょ、御意にござる!」
まるで姫と従者の忍を思わせるやり取りで、タニスがレイアへ水筒を手渡す。
水筒の栓を開け、中の水を二口ほど喉へと流し込むとレイアは飲んだ分よりも遥かに大きなため息をつきながら――
「隊長さんに会いたいなぁ……」
と、この旅に出てから37回目となる言葉を吐き出した。
「またそれかよ……何回言ったって会えないもんは会えないぞ」
「分かってるわよ。そのくらい……それでも会いたいんだから仕方ないでしょ。もう二週間も会ってないんだから……」
「もう半分終わって、予定通りに行けば後二週間なんだからそのくらい我慢しろよ」
レイアが先刻よりも更に大きなため息を吐き出す。
五人が世界を救うための残響巡りの旅をはじめてから既に二週間が経過していた。
シルバから託された『旅のしおり』によると、約一週間で一箇所を攻略するペースで残りは二箇所。
上手く行けば後二週間で王都へと帰還出来る予定になっている。
「何よ、その言い草……自分はいつでもどこでも好きな子とイチャつけるからって」
「そ、そんなに節操なくやってるわけじゃないだろ……」
「本当にぃ? それにしては昨日の夜も隣の部屋で随分と仲良さそうに……」
まだ互いに肩を寄せ合っている二人を見ながらレイアが忌々しげに呟く。
「えっ! き、聞こえてたの!?」
「……やっぱり、してたんだ」
誘導尋問だったことに気づいたミアが、顔を真赤にしながら口を押さえる。
「うぅ……いいなぁ……私も隊長さんとイチャイチャした~い! デートしたい! キスしたい! エッチなこともし~た~い~!」
惚気の摂取が許容量を越えたレイアが、子供のように喚きはじめる。
「そんな子供みたいに喚いてると余計に隊長に振り向いてもらえなくなるぞ。ただでさえその道は険しいってのに」
「どういうことよ、それ」
「そのままの意味だよ。ナタリア副長にセレス隊長……隊長ならどんな美人でも選り取り見取りなんだから、ちょっと会えないくらいでこんな風になる女を選ぶ理由はないだろ」
「私が一番若くてピチピチだもん……」
「一番子供っぽいを上手く言い換えただけだな」
相変わらず仲が良いとは言いづらい二人が視線でバチバチと火花を散らし合う。
「ま、まあまあレイアも落ち着いて。隊長も今は色々と忙しいみたいだから誰ともそういうことになってないよ、きっと」
「本当? 本当にそうかな?」
「う、うん……特定の恋人を作らない主義だって噂も聞いたことあるし……。そうじゃないと、あんなにモテてるのに恋人いないわけがないと思う」
「そう言われれば確かに……。ナタリアさんやセレスさんとも付き合いが長いみたいだけど、そういう関係だって聞いたことない……。それはつまり私にもまだまだチャンスがあるってことね! よーし、そうなったら一日でも早くこれを終わらせて隊長さんのところに戻らないと!」
瞬く間に立ち直ったレイアが涙を拭いて前を向く。
「タニスさん! ファスさん! ぼさっとしてないで早く次の場所に行くよ!」
一足先に祠の出口へと向かって歩を進めだしたレイアに、『やれやれ』と肩をすくめながら年長組の二人が続く。
「バカみたいに単純だな。ああいうところが子供みたいだって言ってんのに……」
「それがレイアの可愛いところだと私は思うけどね。残響を通して見てる過去の記憶のレナ様もあんな感じなの?」
「いや、多少お転婆なのは似てるけど……もっと淑やかで優しい大人の女性って感じだな。めちゃくちゃ美人な」
「ふ~ん……そうなんだ~……」
目を細めて訝しげに自分を見ているミアを見て、カイルは自身の失言に気がついた。
「そ、それより! 次はどこに行くんだったか! えーっと、行程表……行程表はっと……」
慌てて話題を切り替え、携行鞄に手を入れてシルバから託された『旅のしおり』を取り出す。
「うわっ、次は北部のノルド大氷河の裂溝の中だってさ……北部には良い思い出がないんだよなぁ……。思い出すだけで隊長への殺意が蘇ってくるくらいに……」
「あはは……でも、隊長って本当になんでも知ってるね」
「知りすぎててちょっと怖いくらいだよ。ここにも誰にもバレずにすんなりと入れたし……」
この禁域は本来であれば多くの手続きを踏んで、地域の管理を任されている司教の許可がなければ立ち入ることが出来ない。
本来はそこに至るまでが第四章の物語であったはずが、『旅のしおり』に書かれていた裏道を使うことでその全てを飛ばして残響のある場所までたどり着けた。
そうした行程短縮の裏道だけでなく、出没する魔物の特性や弱点に回収すべき有用なアイテム、はたまた絶景スポットから美味しい料理屋情報まで。
まさにこの世界の『攻略本』と読んでも差し支えない内容だった。
「二人ともー! 早くー! イチャイチャするのは許すから、私と隊長さんが早く会えるようにするのくらいには協力してよねー!」
祠の出口へと向かう通路の手前からレイアが二人へと呼びかける。
二人もやれやれと肩をすくめながら、手を取り合って彼女の下へと駆け出す。
今から一月半後、レイアが望み通りにシルバとキスすることになるのを誰もが今はまだ知る由もない。
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