第12話:大会を終えて

「おにいちゃ~ん!」


 闘技場の入り口付近で待っているとミツキが駆け寄ってきた。


 顔には来た時よりも満面の笑みを浮かべ、足取りも軽やかだ。


 その腕の中には優勝商品の大きな杖と王都スイーツ食べ放題の目録が抱かれている。


「ただいま~! 賞品もらってきたよ~!」


 また胸の中に飛び込んできたのを迎え入れる。


「よしよし、よく頑張ったな。偉いぞ、ミツキ」


 胸に擦りつけてきた頭を撫でてやると猫のように喉をゴロゴロと鳴らす。


 一通り堪能されると、今度は顔を上げてこう言われた。


「私が一番?」

「え?」


 言葉の意味を上手く咀嚼出来ず、思わず口から間抜けな声が出る?


「私がお兄ちゃんの一番?」


 抱きつかれたまま、期待に満ちた眼差しを向けられる。


「お、おう……もちろん一番に決まってるだろ。お前は俺の一番の妹だ」


 どう答えればいいのか悩んだが、わざわざ呼びつけて期待に応えてくれた以上は邪険には扱えない。


 俺からの肯定を得たミツキは、抱きついたまま首だけをネアンの方へと向ける。


 その顔に微笑を浮かべて『ふふん』と鼻を鳴らすと、もう一度胸に顔を埋めてきた。


「あー! なんか今、すごく勝ち誇った顔で見られたんですけどー! 私だって頑張ったのに~!」

「……頑張ったか?」


 元ラスボスとは思えないポンコツっぷりを晒した記憶しかない。


「け、結果は出なかったかもしれませんが……とにかく! 私も褒めてください! なでなでよしよしされる権利があるはずです!」

「いい年して子供と張り合うなよ……。それより、これを持っとけ」


 ミツキから受け取った賞品のユニーク杖『壊死の魔杖ネクローシス・ケイン』をネアンへと渡す。


「あっ、はい……今日はこれを手に入れるために来たんですよね……?」


 受け取った不気味な禍々しい杖をまじまじと眺めながら、何か言いたそうにしている。


 俺と同じ境遇のこいつには、その装備の性能がゲームと同じように見えているんだろう。


 *****


 壊死の魔杖ネクローシス・ケイン

 武器種:両手杖

 基本物理攻撃力:28

 基本効果:

 ・魔力増加:+30

 ・死霊術スキルレベル:+2

 ・召喚物体力増加:+30%

 ・召喚物持続時間:-50%

 特有効果:

 ・直近30秒以内に死亡した召喚物一体につき、『魔力増加:+10%』を得る。

 ・召喚物の死亡時に召喚者が500ダメージ(無属性)を受ける。


 *****


「あんまり強そうには見えないって?」

「えっと……まあ……はい……」


 言いづらそうにしていた言葉をこっちから述べてやると、少し困りながらも首肯される。


「確かに、普通のプレイだとあんまり使い道のある装備じゃないな」


 また『これだから素人は』とでも言われると思っていたのか、俺の答えにほっと胸を撫で下ろしている。


 壊死の魔杖ネクローシス・ケインは召喚ビルド用のユニーク両手杖だが、一線級のビルドではまず使われない。


 二線級や三線級の趣味ビルドでしか使えない微妙なユニーク装備の一つだ。


 とはいえ、こいつだけが極端に弱いというわけではなく、基本的にユニーク装備というのは尖った特性を持つが故に使いづらいものが多い。


 例えば俺の武器である『アストラルフォージ』も、パリィを使いこなせない場合はただの凡庸な槍でしか無いように。


「だったらどうしてわざわざここまで来て、ミツキちゃんに頑張って手に入れてもらってきたんですか?」

「お前ならそいつのデメリットを無視できるだろ?」

「私なら……あっ、そう言われれば確かに! じゃあすごく強いじゃないですか!」

「すごくってほどでもないけど、入手にかかる手間を考えたらコスパは良い武器になるな」


 この杖が使われない理由の大半はデメリットの被ダメージが大きすぎるからだ。


 無属性ダメージはいかなる防御機構でも軽減が出来ず、最大体力を増やすか回復によって対処するしかない。


 召喚物の死亡に伴う回復を組み込んでデメリットを相殺するビルドも存在しなくはないが、そこまでするのなら別の武器を使った方がいい。


 一方、不死身という名の体力無限チート持ちのこの女ならデメリットを一切気にせずメリットだけを享受出来る。


 それだけでもわざわざ入手しに来た理由としては十分だが、実はもう一つの真意も存在している。


 しかし、それを今伝えるとめんどうなことになるので黙っておく。


 あれは万が一の保険として俺だけが知っていれば十分だ。


「んっふっふ~……私の武器~! シルバさんがわざわざ選んでくれた武器~!」


 言葉の一部を強調しながら見た目に似合わない喜びの舞を踊りだすネアン。


 隣ではミツキがむっと顔をしかめながら、何か言いたげに俺の袖を引っ張っている。


 どいつもこいつもめんどくせぇ……。


「だから、変な張り合いを見せるな。あんまり調子に乗ってると没収するぞ」

「うぐ……ごめんなさい……」

「それとミツキもあんまり邪険にしてやるなって……ナタリアたちとは仲良く出来てただろ?」

「でも、お兄ちゃんのために頑張ったのに……なんで、その人に……」

「分かってる分かってる。それは今度埋め合わせしてやるから」


 二人の子供をなだめていると、今度は背後から聞き覚えのある大声が響いてきた。


「おお、童! こんなところにおったか! 探したぞ!」


 声の方向に振り返るとそこにはライザの姿があった。


 敗北したばかりとは思えない晴れ晴れとした表情。


 場外まで蹴り飛ばされ、観客席へと凄まじい勢いで叩きつけられたはずがピンピンしている。


「あ、決勝戦の人だ」

「なんだお前、早速リベンジしにきたのか? なら、今度は俺が相手してやろうか?」

「なんでミツキちゃんのことになると急にガラが悪くなるんですか……」

「いや、そうではない。お主に礼が言いたくて探したおったんじゃ」

「お礼……?」


 蹴り飛ばした相手からそう言われるとは思ってなかったのか、ミツキがキョトンと首を傾げる。


「うむ、負けはしたがあれだけ血湧き肉躍る素晴らしい戦いが出来たのは随分と久しぶりだった。ひょっとしたらわしがここに来たのはお主に会うためだったのかもしれんな」

「スイーツ食べ放題のためだろ。誤魔化してんじゃねーぞ」

「ぬ? こちらの御仁は? もしやお主の師か?」


 自分のことを言われたと思っていないのか、ツッコミをスルーして何食わぬ顔で尋ねられる。


「んーん、お兄ちゃん」

「ほほう、兄上であったか。こちらもなかなか強そうに拝察する。是非、いずれ手合わせ願いたいのう」

「ダメ。お兄ちゃんは私の」


 無言のまま掴まれていた袖を腕ごと強く引き寄せられる。


 最近、自己主張が増えてきたのは自己洗脳状態が弱まってきた証拠なんだろうか。


 でも、それにしてはブラコンの気がより強くなってきているような……。


「おっと、そうであったか。それは失礼した。さて……挨拶も済んだし、そろそろ行くとするか。まだ見ぬ闘争がわしを呼んでおるんでな」


 太陽は地平線の向こう側に沈み始め、いつの間にか辺りが朱色に染まりだしていた。


「では、さらばじゃ! また会おう! 我が好敵手よ!」


 その場で翻り、颯爽と夕焼けの中へと去っていくライザ。


 その背中を見送りながら心底思った。


 ルールを破って年少の部に参加してた分際で、何を綺麗に終わらせてんだと。

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