第11話:真の敵は

「師匠? そんなキャラいたか?」


 ライザといえば、ただ武術大会に乱入して荒らしてくるだけの邪魔キャラ筆頭。


 作中でそのバックボーンが語られることもなければ仲間にも出来ない。


 言われて作中イベントを一通り思い出してみても、やはり師匠に関する記憶はない。


「ふふん、設定資料集の第三弾にちゃんと載ってる方ですよ。作中には出て来ないんでは知らないかもしれませんけど」


 前の意趣返しとばかりの口ぶりとしたり顔に若干イラっとする。


「分かった分かった。じゃあ、その師匠とやらでいいから」

「まあ待ってください。具体的な幻覚を見せるのは少し手間がかかるんですよ。まずは自分の頭でそれをイメージして……ラフ画を起こして……むにゃむにゃ……」


 手を前方に掲げたネアンが目を瞑り、呪文を唱え始める。


 もどかしいが俺はその様子をただ黙ってみているしかない。


「どのくらいかかるんだ?」

「まだもう少し……今、くるぶしのディテールを仕上げているところです」

「そんなところまで作り込む必要あるか!?」

「神は細部に宿るんです!! 細かい部分だからって手を抜いたら目ざとい読者に突っ込まれるんですよ!! エゴサした時に一生懸命描いた絵のやたら細かい部分ばかりを指摘されまくってた作家の気持ちがわかりますか!?!?」

「わ、分かった……お前に任せる」


 ものすごい剣幕でそう言われると引き下がるしかなかった。


 この分野に関しては下手に口出ししないでおこう。


「えーっと……ここがこんな感じで……あそこが……う~ん、ちょっとインスピレーションが足りませんねぇ。少し手伝ってもらえませんか?」

「手伝い? そう言われても幻術系の魔法のことなんて何も知らないぞ?」

「そういうのじゃないので大丈夫です。ちょっと身体を寄せてください」

「身体を寄せる……? こうか……?」


 言われた通りに座席に着いたまま肩を少し寄せる。


「そうそう、そんな感じです。それで右手を私の右肩に回してください。優しく抱き寄せるみたいに」


 また言われた通りに右腕を首を後ろに通して、右手を肩に置く。


 薄い布越しに男のそれとは全く違う柔らかい肉感が伝わってきた。


 身体をぴったりと寄せているせいか花のような甘い香りも鼻孔をくすぐる。


「これ、必要か……?」

「必要です。次はそのまま耳元で『ネアン、頑張れ。お前なら出来る。お前は世界一すごい』って囁いてください。低音イケボで」

「それ、本当に必要か……?」

「もちろん必要です。現実を超える創造とはインスピレーション無しには成し得ないのですから」


 非常に怪しいが、今はこいつだけが頼りだ。


 真偽を問うのは後にしてやれることをやるしかない。


「ん゛ん゛っ…………ネアン、頑張れ。お前なら出来る。お前は世界一すごい」


 注文通りに耳元で囁く。


「んぁ~……耳が幸福ぅ……! すんごいインスピレーションが湧いてきましたよぉ!!」

「お前、後で覚えとけよ」


 何かとんでもない恥辱を受けた気がするが、気を取り直して奮闘しているミツキへと視線を戻す。


「童よ。お主、なかなかやるのう」


 舞台上でライザが猛攻の手を止めてミツキへ一方的に話しかけている。


「その健闘を称えて、全霊の一撃を以て終幕にしたる!」


 それが勝負を決めに行く前兆だと予感した直後、ライザが腰を深く落とした。


「まずいまずいまずい! あれを使うつもりだ! おい、まだ出来ないのか!?」


 あの大技が炸裂すればいくらミツキでも凌げない。


「んぬぬ……最後に山の男を想わせる男性フェロモンをムワっと添加して……出来ました! お師匠様によるライザさんへのお説教フルセット幻術の完成です!」

「ほんとか!? なら、それを早くあいつにかけろ!」

「任せてください! 破ぁああああーーーッッ!!」


 ↓↘→+Pとコマンドを入力したようなポーズで、ネアンの手から魔力が発せられる。


 色々と危うかったが、なんとか間に合った。


 これで俺たちの勝利だと安心しかけたが――


「……ん?」


 魔力が発せられた勢いに反して、やたらと静かな舞台上。


 ライザは対角線上にいるミツキを見据えたまま、更に腰を深く落として溜めている。


 恐れている師匠とやらの幻覚を見ているようには全く見えない。


「お、おい……どうなってる……?」


 心配になって呼びかけたネアンの首が、まるで錆びついた歯車のようにギギギっとぎこちなく動く。


 ゆっくりとこっちに向けられた顔は汗に塗れていた。


「は、外しちゃいましたぁ……」


 今にも泣き出しそうな口調で、泣きたくなるような事実を告げられる。


「は、外したぁ!? お前それまじで言ってんのか!?」


 肩に手を置いたまま、ポンコツ女を前後に大きく揺さぶる。


 胸についた巨塊がボヨンボヨンと揺れているが今は見ている場合じゃない。


「ご、ごめんなさ~い! 絶対に外せないって思ったら手元が狂って~!」

「どうすんだよ! このポンコツ! このままじゃ――」

「一撃殲滅究極無双流・奥義!」


 ライザが拳を大きく後方へと振りかぶる。


 それはすなわち、ここからはもう何をしても間に合わないことを意味していた。


「ミツキ! もう負けてもいい! 自分で舞台から降りろ!」


 もはや勝ち負けより安全が第一だと逃げるように告げる。


 しかしミツキは微動だにせず、ただ険しい顔で何かを睨みつけている。


一撃殲滅究極無双拳アルティメツト・ヘイメイカーッッ!!」


 残像すら残さない神速の拳が真っ直ぐに突き出される。


 直後、拳が叩きつけられた空間を中心に凄まじい衝撃が爆ぜた。


 それは後方にいる俺たちですら仰け反るほどの圧力。


 直接向けられた前方には空間が歪むほどの衝撃波が放出された。


 発生地点から真っ直ぐに舞台が抉れ、敷き詰められていた石畳が粉々に砕けて飛散する。


 突き抜けた衝撃は遥か後方に備えられている西門にまで届き、それを四散させた。


 無音の中に、ただ瓦礫の崩れる音だけが鳴り響く。


 誰しもが言葉を失っている中でライザは拳を振り抜いた体勢のまま止まっている。


「す、すごい衝撃……って、あ……あれ……ミツキちゃんは……?」


 衝撃に驚いて身をすくめていたネアンがゆっくりと目を開ける。


 大技が放たれる直前にミツキが立っていた場所には何の姿もない。


「も、もしかして吹き飛ばされて……あの瓦礫の中に……た、大変! 助けないと!」

「待て、今入ったら失格になる」


 立ち上がって観客席から身を乗り出そうとしたネアンを止める。


「し、失格って……そんなことより助け――」

「よく見ろ。ミツキなら無事だ」


 そう言って、ミツキのいる場所を指差す。


 全てが一瞬で誰もが何が起こったのか理解してない中、俺だけは一部始終を目撃していた。


 あの技が放たれる寸前、ミツキはほんの僅かに跳躍して上方へと回避する気配を見せた。


 ライザは当然それを見て照準を補正したが、それは逆に下方に僅かな死角を生み出した。


 ミツキは人間離れした瞬発力で即座に上から下へと切り返し、まるで狭い隙間に身体をねじ込む猫のように攻撃の死角へと潜り込んで一気にライザへと接近した。


 俺でさえ驚くしかない驚異的な身のこなしと天性の戦闘センス。


 どうやら最初から手助けなんて必要がなかったらしい。


 こんな辺境の大会に喧嘩馬鹿が出てきたことが想定外であるように、あの戦いを終えて以降のミツキの成長もまた俺にとって想定外だった。


「なっ!? う、嘘じゃろ!?」


 拳を大きく振り抜いて無防備な懐に飛び込まれたライザが喫驚する。


 ミツキの視線はそんな彼女の肩越しに俺たちの方を見据えていた。


「お兄ちゃんに……」

「ちょ、待っ……!!」

「ベタベタするなッ!!!!!!!」


 大きな怒りに顔を歪めたミツキが絶叫と共に脚を振り上げる。


 ライザは前方で腕を交差させて防御するが、その強烈な一撃は防御を貫通してライザの身体を打ち上げた。


「のわ~~~~~っ!!!」


 自称十四歳の小柄な身体が空中で二転三転として――


「うおっ!」

「きゃあっ!」


 最後は俺とネアンの間を分かつように落下してきた。


『……はっ! な、ななな、なんとという大・大・大逆転劇!! 凄まじい一撃を放ったはずのライザ選手が何故か逆に場外の観客席へと吹き飛ばされた!! 一体何が起こったのかさっぱりですが、新時代の武術ヒロイン対決はミツキ選手の勝利です!! ご観戦の方々は優勝者に大きな拍手を!!』


 審判が頭上で手を交差させて試合の終了を告げる。


 実況と観客は惜しみ無い大歓声を勝者であるミツキへと浴びせる。


「む、無念……がくっ……」


 崩れ落ちたライザの服がはだけて、腹部に刻まれた入れ墨が露わになる。


 刻まれた文様が示すのは御年三十四歳。


 完勝しながらもミツキは喜ぶことなく、ただじっとネアンを睨みつけていた。

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