第10話:無法には無法
「なんで大した実力者が出るわけでもない辺境の子供大会にあの喧嘩馬鹿が……とうとう腰が悪くなってきて賞品の杖狙いか……? いや、そんなわけないよな……」
見た目より高齢でも見ての通り身体はすこぶる健勝だ。
まだ杖を使って歩くような状態じゃない。
「はっ、もしかして……あれが目的じゃないですか!?」
何かに気がついたネアンが指差したのは、主賓席の中にある賞品の杖……の更に隣の目録だった。
そこにはデカデカと『王都のスイーツ食べ放題権』と書かれていた。
「ライザ=アームストロング 身長136cm体重37kg、スリーサイズは上から72/55/75」
目の前に設定資料集でもあるかのように、キャラの情報がネアンの口から暗唱されていく。
「好きなものは殴り合いと……甘いもの!! やっぱり、あれが目的ですよ!!」
「ま、まじかよあの女……賞品欲しさに子供のための大会を荒らすとか恥も外聞もない奴だな!」
「あっ、はい……そ、そうですね……大人げないですよね……。賞品欲しさに子供大会荒らしなんて……」
言葉では同調してくれているものの、何故かイマイチ歯切れが悪い。
「決勝も頑張りまーす!」
ルール違反に悪びれている様子もなく観客に愛想を振る舞っているライザ。
しかし、俺としては当然こんな事態を黙って見過ごすわけにはいかない。
「おいこら審判! どこに目をつけてんだ! そいつどう見ても山の民だろ! 見た目に騙されてんじゃねーぞ! いい年した大人だぞ! 失格にしろ!! 失格に!」
その場で立ち上がり、主催と審判へ向かって猛抗議を行う。
『おーっと! 観客席の保護者から抗議の声が! どうやら、ライザ選手が年齢規定に則っていないのではないかとのことですが……』
俺たちの猛烈な抗議に主催席のみならず、観客席にまでどよめきが起こる。
当のライザもどうしてバレたのかと額から汗を垂らして焦っている。
「し、知らん知らん……わ、わしは十四歳じゃ……」
「一人称がわしの十四歳がいるか!!」
見た目は少女でも中身は頭まで筋肉の喧嘩バカだ。
突けばすぐにボロが出る。
このまま攻め立てて、向こうの違反を白日の下に晒してやろうと考えるが――
「てめー! ふざけんなよ! ライザちゃんが困ってんだろ!」
どこかから俺に向かって野次が飛んできた。
声の聞こえた方向、舞台を挟んで観客席の逆側へと視線を移すとそこには赤一色の応援服に身を纏った一団がいた。
まさか、あのクソ女に応援団が!?
「そーだそーだ! こんな可愛い子が十四歳じゃないわけないだろ!」
「難癖つけてんじゃねーぞ! そこまで言うなら証拠を出せ証拠を!」
一人目が口火を切ったことで、そいつらから続々と俺らへと向かって野次が飛んでくる。
それを受けて一般の観客の中にも難癖をつけるな等々の声が広がっていく。
「山の民の人なら身体のどこかに年齢を確認するための模様を入れてるんじゃないですか? それを見せるように言えば……」
「いや、ここで服を脱げなんて言っても俺がロリコン扱いで一蹴されるだけだ」
山の民の女は年齢で見た目が変化しないため、身体の何処かに年齢を示す入れ墨を彫るしきたりがある。
あの女の身体のどこかにもそれはあるはずだが、こんな小規模な子供大会の場でそこまでは望めない。
しかも観客の支持を得て、もし疑われた際に追求を受けづらい雰囲気も作ってある。
キャラに合わない愛想の良さはそのためか……。
甘いもの食べたさにここまでやるとは、大人げなさ勝負では俺の完敗だ。
「くそっ、どうする……。いくらミツキでもこの場であいつ相手は分が悪いぞ……」
ライザの現時点でのレベルは38。
ミツキと比べて少し低いが、この場は武器使用が禁じられている武術大会。
武器有りきの暗殺者クラスのミツキに対して、肉弾戦闘が十八番の格闘家クラスであるライザの方が十全に実力を発揮出来る。
戦えば確実負けるとまでは言わないが、現状では大きな不利を背負っているのは間違いない。
「あー……しかも、万が一にでも負けないように魔術書を使って事前にバフを盛り盛りにしてますね。これはルール違反ではないですけど、年少の部でここまでやる人がいるなんて想定してなかったんでしょね」
「そこまで大人げないやつがいるなんて俺も想定外だよ……」
深く頭を抱えている間に審判団の協議が終わり、試合の続行が宣言される。
『えー……どうやら審判団が協議したようですが、証拠不十分でルール違反は認められないとの結論に至ったようです。では、気を取り直して行きましょう!』
実況の言葉を受けて、審判が両者にルールの確認を行う。
ぼーっと虚ろな目でどこでもない虚空を見ているミツキ。
対するライザは身体の前で両拳を何度も叩きつけて意気込んでいる。
ルールの説明を終えた審判が手を高々と上げる。
『泣いても笑ってもこれが最後……決勝戦、試合開始ッ!!』
戦いの火蓋が切って落とされたのと同時に、二人が待機状態から攻撃へと転じた。
ミツキの脚とライザの拳が舞台の中央で衝突する。
開幕から両者ともにこれまでの相手を一撃で倒してきた攻撃の応酬。
「ご、互角ですか!?」
「いや、若干ミツキの方が押された!」
衝撃で両者ともに後方へと弾け飛んだが、ミツキの方がほんの僅かに体勢を崩した。
高いレベルでの戦いはその僅かな差が明暗を分ける。
一瞬の隙をついたライザが地面を蹴ってミツキへと右拳を突き出す。
『な、ななな、なんという凄まじい一撃! 風圧がここまできましたよ! ミツキ選手、紙一重のところで回避しましたが……もし当たっていたら試合は終わっていたでしょう!』
「ほう! 今の一撃を避けるとは平地の
十四歳設定を守る気もない口調のライザが、一度作った有利を活かして更に攻め立てる。
ミツキは猛攻を紙一重で躱し続けているが、いつ直撃するか分からない危うさだ。
相手が十二分の状況で善戦しているが、やはり分が悪い。
「あっ、ああ~~!! ミツキちゃん、頑張って~!!」
まるで祈るように顔の前で両手を合わせて気をもんでいるネアン。
「くそっ、なんとか出来ないか……このままじゃ……そうだ!」
どうにかこの局面を打開出来る方法はないかと思案していると、以前に俺が闘技場で戦った時のことを思い出した。
「お前、ここからバフ系の魔法をミツキにかけられないか!?」
こうなったら無法には無法。
以前戦ったあの狡辛いチャンピオンのように、観客席から魔法で支援すれば対抗できるかもしれない。
子供大会ということで審判団のチェックが甘いのは今しがた俺たちが体感した。
少々の魔法なら周りにも怪しまれずに素通り出来るはずだと考えるが――
「私、バフ系の魔法は使えません」
返ってきたのは淡々とした無情な言葉だった。
「は!? なんでだよ! 一応ラスボスだろ! そのくら――」
「三百年もぼっちだと他人を強化する魔法なんて必要なかったので」
「……なんかすまんかった」
淡々と喋りながらも今にも泣きそうな顔をしていたので心の底から謝った。
「じゃ、じゃあどんな魔法なら使えるんだ?」
「えーっと……広域殲滅系の魔法なら色んな属性のをいっぱい使えますけど……」
「それお前がラスボス形態の時に使うやつだろ。あんなもんここで使ったら百人単位で犠牲者が出るわ。もっと、おとなしめのやつだよ」
「それじゃあ……えーっと……人の身体に自分の血液を流し込んで沸騰させる魔法とかは……?」
「却下」
「後は土塊から不死者の軍勢を召喚する魔法とか……対象から魂の一部を分離させて被ダメージを共有する写身を生み出す魔法とか……遠隔で心臓を握り潰す魔法とか……」
「碌なもんがねぇな!」
どこを切り取っても暗黒属性の女と解決策を探っている間にも、ミツキはライザの攻撃をなんとか凌ぎ続けている。
しかし、攻撃の機会は得られずに防戦一方なのはいつまでも覆らない。
この状況から勝ちの目を拾うのはやはり難しそうに見える。
「もっとこう……使ってもぱっと見はバレなくて効果的なやつはないのか?」
「うーんと……うーんと……はっ、そうだ! 幻覚を見せる魔法があります!」
「それだ! あいつが一瞬でもいいからビビるようなもんを見せれば!」
一瞬でもいいから動きを止めればミツキならその隙を見逃さないはず。
その程度なら審判や観客にバレる心配もない。
「でも、問題はどんな幻覚を見せるかだな……あの馬鹿女がビビるような幻覚……」
『おーっと! ここに来て遂にライザ選手の攻撃がミツキ選手にヒット!! ライザ選手、1ポイント獲得です!!』
舞台上で、ライザの攻撃がミツキの身体を遂に捉えた。
避けきれずに掠った程度でダメージは大きくなさそうだが、これが続けば敗北は必至だ。
あまり長く考えている時間はない。
「キャラのことならお前が本職だろ? 設定資料集仕込みの知識で何か良いアイディアはないのか?」
「う~ん……ライザさんをギョっさせるようなもの……苦手なものは確か辛いものですけど、それは幻覚で見せるには少し弱いですよねぇ……えーっと、えーっと……あっ、そうだ!」
腕を組んで唸っていたネアンが顔を上げて人差し指を立てる。
「ライザさんのお師匠様の幻覚を見せましょう!」
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