第9話:大人げない奴ら

「う、うわぁ……鬼だ……本物の鬼がいるぅ……」


 昨日も見た『ドン引きしてる時の顔』をされる。


「何が鬼だよ。俺が『13歳でしゅ』って言って詐称するわけじゃないんだぞ。ルールに則るために、わざわざミツキに来てもらったんだから文句を言われる筋合いはないな」

「いやいや、ミニ四駆の大会にお父さんがガリガリにチューニングした機体で子供を参加させるようなもんですよ……」

「うるせぇ、例えから加齢臭が出てんぞ」

「んなっ!? 加齢臭ってなんですか、加齢臭って! こちとらピチピチのJDだったんですけど!?」

「ミツキ、このうるさいのは気にしなくていいからな」


 ぎゃーぎゃーと喚いている女を横目にミツキに試合のルールとやるべきことを説明する。


 武器を使うのはダメ、目と金的への攻撃はダメ、ダウンした相手への追い打ちもダメ。


 有効打を与えれば1ポイント、ダウンさせれば3ポイント。


 合計6ポイント稼ぐか、審判が試合の続行を不可能だと判断すれば勝利。


 出来るだけ怪我をさせずに、ルールを守ってサクっと相手の心をへし折ろう。


「……ってわけだ。やってくれるか?」

「うん! 出来る!」

「そうかそうか、ミツキは良い子だなぁ。優勝したら好きなご褒美をやるぞー」

「ほんとに!? じゃあ、頑張ってくる!」


 満面の笑みを浮かべ、俺に何度も手を振りながらミツキが控室へと向かう。


 他の出場者らしきガキどもは、そんな緊張感の欠片もないミツキを侮る言葉を口々に述べている。


 狩られる側がどちらとも知らずに。


「くっくっく……さーて、後はミツキが賞品を持って帰ってくるのをゆるりと待つだけだな。どうせなら一回戦の試合を見て、全員棄権してくれりゃ早く終わって楽なんだけどな」

「うわぁ……すんごい悪い顔してる……」

「仕方ない。これも全て世界平和のためだ」

「平和を説く人の顔じゃなーい……」


 横でとやかくうるさい女と一緒に観客席の方へと向かう。


 運良く空いていた最前列の席を見つけて座ることが出来た。


 ここなら妹の晴れ舞台をじっくりと脳裏に焼き付けられる。


「そういえば、この大会の賞品ってなんでしたっけ?」

「『壊死の魔杖ネクローシス・ケイン』ってユニーク杖だ。テロス戦に向けて最終パーティの戦力増強も並行して進めなきゃいけないからな。どっかの誰かさんが無茶な注文ばっかするせいで大変だよ、全く」


 数々の悲劇を全て解決したとしても、最後のラスボス戦で敗北すれば全てが無に帰す。


 万が一にでも負けるわけにはいかない。


 戦力増強もその他の攻略と同じか、それ以上に大事だ。


『西門より今大会が初出場となるミツキ=ピアースが入場です!』


 場内にアナウンスが流れ、出番の回ってきたミツキが入場してくる。


「あっ! ほらほら、ミツキちゃんの出番ですよ! きゃー! ミツキちゃん、かわいいー! 頑張ってー!」


 まるでアイドルの追っかけのような金切り声を隣で上げられる。


 ミツキはそんなネアンの方をじっと睨みながら、手だけは器用に俺の方へと向かって振っている。


『東門からは前年度大会四傑の一人、イザドア=ウッドマンが入場です! 事前インタビューでは今年の目標は優勝のみと力強く宣言してくれました!』


 逆側の入場口から体積がミツキの二倍はありそうな少年が出てくる。


 相手が大きいわけではなく、ミツキが小さすぎるだけだがその体格差は歴然。


 観客からは『女の子相手なんだから手加減してやれよ』という声も聞こえてくる。


 分かってる分かってるとキザに振る舞いながらミツキと向かい合う少年。


 審判から開始の合図がかかる前に、ミツキへと何かを話しかけている。


 耳を傾けると『どこから来たの?』だの『大会が終わったら僕が手ほどきしてあげようか?』等々の軟派な言葉が聞こえてきた。


「ごるぁ! クソガキィ!! うちの妹に色目使ってんじゃねーぞ!!! 代わりに俺が相手してやろうか!?」

「し、シスコンシルバ……もはや解釈の彼岸ですよ、これは……」

「あの野郎……ミツキに手を出したらタダじゃおかねぇからな……」

「ほ、ほら……試合が始まりますよ!」


『それでは一回戦第一試合……開始!』


 万が一のことがあれば俺が出ていくのもやぶさかではないと考えたが、すぐにそれが杞憂であると思い出した。


 審判の合図で試合が開始されたのと同時にミツキの前蹴りが対戦相手の鳩尾へと突き刺さる。


 深々と突き刺さったそれに身体がくの字に折れ曲がったのも一瞬――


 次の瞬間には砂埃を舞い上げながら場外へと吹き飛んでいた。


『………………はっ!? え!? じょ、場外……!? な、なんということでしょう! まさに電光石火の一撃! 前年度ベスト4が瞬殺ッ!!』


 数秒ほど遅れて事態に気がついた実況の声が場内に響き渡る。


 そこから更に遅れて審判、観客と順番に状況が飲み込まれていく。


「お兄ちゃ~ん! 言われた通りに勝ったよ~!」


 勝ち名乗りを受けながら言葉を失っている観客と真逆に無邪気に手を振っている。


 その後も当然、年少部門でミツキの敵になるような対戦相手はいなかった。


 本来であれば十五歳以下は肉弾戦向きのキャラが少なく、和やかな内容に反して難易度の高いクエスト。


 しかし、DLCキャラはお構いなしだ。


 二回戦も三回戦も全く同じ展開が繰り返され、準々決勝と準決勝に至っては対戦相手の棄権による不戦勝という形で決着がついた。


 そうして、時間が大きく前倒しされて決勝戦を迎えた。


「いよいよ、決勝戦ですねー。あっ、おねえさ~ん! 串焼きとビールのおかわりくださ~い!」


 当初は緊張した面持ちを試合を見ていた隣の女も、今や行楽気分で観戦している。


 前世は女子大生とか抜かしてたが、野球観戦中のおっさんにしか見えない。


「もぐもぐ……そういえば、決勝戦の相手はどんな人なんですか? もぐもぐもぐ……」

「さぁ、反対ブロックは別の会場でやってたからな。でも、俺の妹がそこらのガキに負けるわけがないってのは確かだな」

「う~ん……このシスコンっぷりにも一周回って尊みを感じてきましたねぇ」


『それでは決勝戦の選手入場です! 西門からはミツキ=ピアース選手が入場! 可憐な見た目からは想像も出来ない蹴り技で対戦相手を瞬殺してきた新ヒロインの登場です! 皆様、盛大な拍手でお出迎えください!!』


 実況の紹介を受けて西門から出てきたミツキが舞台へと上がる。


 肌に直接ピリピリと感じる圧の歓声と拍手が観客席に巻き起こる。


 見た目が良くて圧倒的に強い少女という客ウケする要素によって、瞬く間にスターダムを駆け上っている。


 しかし、当の本人は相変わらず万雷の喝采を受けながらも特に喜んでいる様子は見せていない。


『東門からはライザ=アームストロング選手が入場です!』

「「ぶふっ!!」」


 東門から入場してきた決勝の対戦相手の名前を聞いて、二人で同時に飲み物を吹き出した。


『こちらはなんと若干十四歳! 第二会場ではミツキ選手と同じく、全ての試合を一撃で下してきました! この決勝はまさに次世代の武術ヒロイン決定戦と言えるでしょう!!』


「待て待て待て!! なんであいつが年少の部に参加してんだよ!!」

「し、知らないですよ! ていうか十四歳なんて大嘘じゃないですか!」


 聞き間違いか同姓同名の別人かと思って確認するが、東門から威風堂々と現れた黒い肌に赤髪の女は間違いなく俺が知ってるそいつだった。


 ライザ=アームストロング――闘技場クエスト群『グランドマスターへの道』で登場する流浪の女格闘家。


 『一撃殲滅究極無双流』というふざけた名前の拳法を用いる重度の喧嘩馬鹿で、道場破りや武術大会荒らしを生きがいにしている。


 種族は人間ではなく山の民と呼ばれる亜人種。


 その特性として男は年齢より老けた毛むくじゃらの容姿を持ち、女は逆に小柄で見た目も十代前半の時点で成長が止まる。


 つまりあいつも見た目こそ少女だが、実年齢はもっと高い。


「みんなー! 応援よろしくー!」


 ミツキとは対極的に、観客へと愛想よく手を振って応えるライザ。


 俺以上の、真に大人げのない大人が子供大会の決勝の舞台へと上がってきやがった。

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