第4話:英雄

 ――――――――ッッ!!


 けたたましい咆哮と共に眼下に広がる流砂から巨大なトカゲが大口を開けて飛び出してきた。


 流砂上にまるで浮島のように存在している瓦礫群。


 それらの足場を移動して、真下からの丸呑み攻撃を回避していく。


 巨大トカゲはまるで湖の中にでもいるように、再び流砂の中へと飛び込んで姿を消す。


 デザートルインリザード――西のハラブ王国との国境付近にある砂漠地帯に出没する大型の魔物。


 ゲーム的にはクエスト『尽きぬ渇き』の討伐対象として設定されている大型ボス。


 依頼元は国境付近の交易拠点である小さなオアシスの住人たち。


 貴重な水源を荒らす魔物を討伐するこのクエストは受諾せずにしばらく放置しておくと、オアシスが消滅するという後味の悪い結末を迎える。


 この世界にありふれた悲劇の種の一つだ。


「よっ……っと、またやり逃げかよ……」


 再び、瓦礫を移動して攻撃を回避する。


 こいつの行動で一番厄介なのが、この潜伏状態から急浮上しての丸呑み攻撃。


 ゲームではどれだけ体力があっても喰らえば一撃の即死攻撃として設定されている。


 この世界においてはどうなるのかは分からないが、わざわざ喰らって検証したくはない。


 瓦礫の浮島を飛び移りながら攻撃を回避し続ける。


 推奨攻略レベルは30と高くはないが、この『ずっと俺のターン!』と言わんばかりの一方的な攻撃から初見打開は難しいボスの一体とされている。


「さーて、次はどっからだ……?」


 奴が潜伏している流砂に意識を集中させる。


 砂の中を素早く移動し続ける奴を捉えるために重要なのは、移動時に生じる僅かな音。


 その音を聞き分けて現在地を把握し、次に出現する地点を予測することで先手を取ることが出来る。


 その特性から攻略サイトには、打開策の一つとして『高性能ヘッドホンを購入する』と記載されている。


「でも、この状況ならそんなもんは必要ねぇ……なっ!!」


 ヘッドホン越しに聞くよりも遥かに明瞭な音から次の出現地点を予測し、流砂から浮かび上がってきた巨体へとカウンター気味の一撃を喰らわせる。


 ――――――――ッッ!!


 痛々しい悲鳴を上げながら巨体を再び砂中へと潜らせていく。


「また逃げやがった! 後がつかえてんだからテンポよくいこうぜ!!」


 ――――――――


 ――――――


 ――――


 ――



「か、帰ってきたぞ!!」


 オアシスに戻ってくるや否や、俺の姿を見た若い男が声を張り上げた。


 大きな声に反応して、住人達が次々と集まってくる。


 その大半の目には、俺が無事に帰って来たことに対する驚愕の色が浮かんでいる。


「ほら、約束通り倒してきたぞ」


 住人たちが注目する中、全員に見えやすいように背負っていた成果を地面に放り投げる。


 斬り立てほやほやのデザートルインリザードの片足だ。


 砂漠地帯の気候の影響で切断面は既に乾いているが、作り物やあらかじめ用意しておいた物でないのは見て分かる。


 それが自分たちを長く苦しめてきた魔物の一部だと理解した者たちから順番に、大きな歓声が上がっていく。


「ありがとうございます! 本当にありがとうございます! これでようやく街の仕事も再開できます!」


 このオアシスを取り仕切るキャラバンの団長が俺の下に来て深々と頭を下げる。


「どうぞ、今夜は我が家でゆっくりしていってください。出来る限りのおもてなし――」

「いえいえ! お礼なんて必要ありません!」


 俺の代わりに、横からしゃしゃり出てきたネアンが答えた。


 この暑さだというのに相変わらず全身を黒を基調とした地雷系っぽい服で揃えている。


 見ているだけで余計に暑くなる。


「し、しかし……国軍の方に働いてもらって何もしないというのは……」

「国軍なればこそです。このソエル・グレイス……国防聖堂の巫女になって早三年……常々、国防の在り方に疑念を抱いておりました。各地で魔物被害に見舞われている無辜の民がいながら国軍は何をしているのかと!」


 両手を大きく広げて、まるで舞台女優のように大げさな身振りと共にネアンが更に吟じていく。


「国とは民あってのもの! その民を守れずして何が国防かと! 故に私は決心いたしました!! ここに国ではなく、民を守る特務部隊の設立を!」


 聴衆から『おおっ!』と感嘆の声が上がるが、とんだ大嘘だ。


 特務部隊が出来たのは三年前だし、設立に尽力したのはレイフさんを始めとした陸軍の良識ある上層部だ。


 当時は邪神の復活だけを考えて巫女の立場を利用してたこの女は関わってもいない。


 しかし、住人たちはそんなことを知る由もない。


 特務部隊の存在を知っている一般人は王都に暮らす人間くらいで、それ以外の国民は助けられた者であっても精々国軍の一部隊程度の認識しかないはず。


 故に今、歓声を上げている彼らからすれば俺たちは民衆のために立ち上がった義士にでも見えているだろう。


「そして、この者がその特務部隊を束ねる総隊長シルバ・ピアースです! 彼こそまさに神代の英雄にしてレナ=エタルニアの守護者であったネクス=アーベントの生まれ変わりに他なりません! 永劫樹によって定められし当代の英雄です!」


 扇動に大きさに比例して膨れ上がってきた聴衆から更に大きな歓声が上がる。


「「「シルバ=ピアース! シルバ=ピアース!」」」


 予め仕込んでおいたサクラが俺の名前を叫んで喝采し、聴衆たちもつられて盛り上がっていく。


 末端の民衆にまで情報が行き届いていないこの時代。


 巫女という権力と眼の前で見せつけられた実力があれば扇動は容易。


 目論見が顔に出ないように堪えつつ、槍を掲げて民衆の声に応える。


「私たちは今ここに改めて宣言いたします! 聖典に則り、レナ=エタルニアの目指した真なる平穏の世界を目指すことを!」


 もはや巫女というよりも煽動家と化したネアンが、更に民衆を焚き付ける。


 乾燥地の日差しよりも強い熱気が、俺たちを更に持ち上げていく。


 これで同じような茶番を繰り返すこと本日三箇所目。


 シルバ=ピアースという『英雄』の活躍は全土へと着実に広がりつつある。


 俺の描いた絵図は全て思い通りに進んでいる。


 このパフォーマンス通して、俺たちは世界を大詐欺ペテンにかける。

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