第3話:第二章へ

「じゃあ、気を取り直して……まずは今後の基本方針からだ」


 一方的すぎる誤解を解き終えて本題へと戻る。


「はい! 基本方針ですね!」

「これは今思いついた限りで大きく三つに分ける」


 机越しにネアンへと向けて指を三本立てる。


「はい! 三つですね!」

「いちいち事細かく反応しなくていい」

「はい! いちいち事細かく反応しません!」


 ……頭が痛くなってきた。


 設定上は三百年生きている魔女のはずなのに、知的さは微塵も感じられない。


 前世人格の影響が強すぎる。


 頭をぶん殴ったら少しでもラスボス人格が目覚めてくれたりしないだろうか。


「一つはお前の言った通り、世界中の悲劇を未然に解決することだ」


 気を取り直して話を続ける。


「具体的にどのイベントをどうやって攻略していくのかはこれから考えるけど、多分とんでもない数になる。それを俺ら二人だけで全部攻略するのは物理的に無理だ」


 EoEにはメインストーリー以外にも、サブイベントが多数存在している。


 当然、俺の頭にはその全ての攻略法が叩き込まれている。


 しかし、ゲームでさえクリア率100%を目指すとなれば膨大な手間が必要で、この世界を自分の足で移動して解決するとなれば尚更だ。


「だから、今回も前に俺がやったように総隊長の立場を利用して特務部隊を各地へと派遣して対応させる。あいつらのレベル上げもまだまだ必要だし、軍務として動かせば文句もないだろう」

「なるほど! それは名案ですね!」

「そこでお前にもやってもらいたいことが出てくる」

「はい! 私ですね……って、何でですか?」


 キョトンと首を傾げられる。


「お前、自分の立場を忘れたのか? 国防聖堂のトップの一人だぞ?」

「はっ、そうでした!」

「上の連中は俺が好き勝手やるのに何かと文句をつけてくるからな。お前はその立場を利用して、俺が動きやすいように連中を抑えといてくれ」


 前回の攻略中も、魔物退治なんて冒険者のようなゴロツキにやらせておくべきであって国軍の仕事ではないだとか。


 自分たちはひたすら行進の練習だとか、盆踊りほども役に立たない演習ばかりなのを棚に上げてやたらと文句を言われた。


「はい! 出来ると思います! 多分!」


 任せてくださいとばかりに胸をぼよんと叩きながら言われる。


 ……心配だ。


 ロマとは別ベクトルでやらかしそうなタイプに見えてきた。


「次に二つ目は、メインストーリーの攻略だ」


 二本の指を立てて、次の方針へと説明を移す。


「俺らの攻略とは別に、当然そっちも進める必要がある。厳密には進めてもらう必要がな。俺らがどれだけ頑張ったところで、世界が滅んだら全部台無しだからな」

「確かにそうですね。でも、それって私が味方になってるこの状況だとほとんどやることもないんじゃないですか? メインストーリーに出てくる障害って大体私が由来ですし」

「そうだな。だから、これは残りの残響探しっていう名の旅行に行ってもらうくらいのもんだ」


 本来の流れなら俺が死んだ後、第三特務部隊は事実上の解散状態になる。


 ナタリアをはじめとした隊員たちは自失し、隊はバラバラ。


 そんな中でカイルだけは俺の意志を引き継ぎ、レイアやミア、ファスやタニスと共に『自分がやるべきこと』――つまりは自分の出生と世界の秘密を解き明かすための旅に出る。


 本来ならそこに同じく邪神復活を目論む邪教崇拝者たちが立ちはだかる。


 しかし、そいつらを影で操っている女が今は俺の目の前に一応の仲間としている。


 こいつから行動の指針を得られない邪教崇拝者たちに出来るのは、精々世界の日陰で山羊の頭を囲んで盆踊りするくらいだろう。


 対して俺たちは残りの残響の場所も当然知っているし、本来は必要なイベントを大幅にカットすることが出来る。


「旅行……いいなぁ……。私もカイルくんたちと一緒に旅行した~い!」

「言っとくけど、俺らは一切同行しないぞ」

「ええっ!? なんでですか!? カイルくんとミアちゃんがイチャイチャしてるところを近くで舐め回すように眺めたいのに!」

「当たり前だろ。やることがどんだけあると思ってんだ。メインストーリーは大まかな指針だけ伝えて、後はあいつら任せだ」

「えぇ……少しくらい良いじゃないですかぁ~……」

「ダメだ。俺のやり方に従うって言っただろ」


 ぶーぶーと不満げに口を尖らしているが、やるからにて徹底的に効率的にだ。


 メインストーリー組は必要最小限の人数で回してもらう。


「じゃあ、次は三つ目だけど――」

「あっ、ちょっと待ってください」


 三つ目に進もうとしたところで口を挟まれる。


「なんだ? またつまらないことを言おうとしたら口を縫い付けて、今度こそ地下遺跡の底に沈めるぞ?」

「い、言わないですよぉ……。メインストーリーを進めるのは分かりましたけど、どのエンディングを目指すんですか?」

「それは……あいつらに任せればいいだろ。わざわざそこまで介入しなく――」

「ダメです! 絶対にトゥルーエンドじゃないとダメです!!」


 再度、かなり強い語勢で言葉を被せられる。


「だって、トゥルーエンドじゃないとレイアちゃんが消えちゃうじゃないですか! それどころか邪神がまた二千年後に復活するんですよ!? そんな未来を残したままなのは絶対にダメです!」


 身を乗り出すどころか、立ち上がって大いに力説される。


 いわゆる通常エンドではラスボスであるこいつを倒した後に、カイルとレイアの二人が邪神を再封印することになる。


 しかし、その封印術はカイルがレイアの胸を特別な剣で貫き、賢者の血と哀惜を以て完成する凄惨なものだ。


 それでも長い旅を通して築いた愛を確かめあった二人は、決意を貫いて封印を完遂させる。


 封印に成功した時点で、過去の賢者の行動端末としての役割を果たしたレイアは現世の因果からその存在が消失する。


 カイルやミアたちを含む、この世界に存在する全ての人間の記憶からも。


 彼女が残した平和な世界だけは残されるが、再封印された邪神はまた二千年後の未来に復活することが示唆されてエンディングを迎える。


 当初はそんなビターなエンディングしか存在していなかったが、発売から二年後に行われた最終アップデートにおいて全人類待望のトゥルーエンドが実装された。


 その内容はネアンを倒してレイアが封印術を起動するところまでは同じだが、その後の流れが大きく異なる。


 レイアの前に立つカイルは『隊長、今こそ俺がやるべきことをやります!』と言って、彼女ではなく邪神の封印を貫く。


 仲間たちが見守る前で、カイルはレイアへ『これからは英雄の生まれ変わりではなく、ただのカイルとレイアとしてこの時代を生きよう』と告白する。


 レイアはそれを受け入れて、仲間たちと全員で永久に繰り返される封印劇を終わらせるために復活した邪神へと立ち向かう。


 しかし、真のラスボスである邪神テロスの強さは他のエンドゲームボスの比にならない。


 全キャラのレベルとクラスレベルを最大にして、理想装備を揃えた状態でも苦戦を強いられる程だ。


 ハードコアスピードランのトゥルーエンドカテゴリでは、最後の最後に真ラスボス戦で長いプレイ時間が全て無に帰すのは日常的な光景だった。


「トゥルーエンドかー……。前提条件が山ほどあるんだよなぁ……」

「絶対に、トゥルーエンドじゃないとダメです!!」

「でも、テロス戦は俺でもたまに失敗するような難易度――」

「絶対にトゥルーエンドです!!!」

「わ、分かった……その方向で進める……」


 ものすごい胆力で迫られて、首を縦に振るしかなかった。


 言質を得たネアンは満足げに椅子へと座る。


 今の圧はメディアードと対峙した時以上だった。


 腐っても元ラスボス、敵に回すのはやめておこう……。


「気を取り直して三つ目……ある意味ではこれが一番重要かもしれない」


 指を三本立て、そう前置きして続ける。


「俺たち以外の転生者についてだ」

「私たち以外の転生者……えっ!? いるんですか!? ど、どこに!?」


 三つ目の言葉を聞いたネアンが驚愕に目を丸めて周囲をきょろきょろと見回す。


「違う違う。もしかしたらいるかもしれない。いた場合はどうするかって話だ」

「あっ、そういうことですか……。でも、他の転生者なんているでしょうか……?」

「どうだろうな。もちろん、いると断言はできない。でも、ここに二人もいるなら他にいる可能性は十分に考えられるんじゃないか?」

「そう言われると確かに……。二人いるなら三人……四人といてもおかしくない……ということは、その人を探して協力してもらうわけですね! 分かりました! 私の国防聖堂の巫女としての全権力! 略して巫女力を使って探してみせましょう!」

「全然、違う。むしろ逆だ」


 一人で勝手に吹き上がり始めた女を諫める。


「え? どうしてですか? 他にもいるなら手伝ってもらえば――」

「そいつが俺らの味方になるって保証はどこにある?」


 その言葉にネアンも『あっ』と口を開けて気づく。


「さっきお前も言ったろ? 普通は『そういうこと』をするんじゃないかって。その通りだよ。好きなゲームの世界に生まれ変わったら大抵の人間は自分の欲を満たすために行動するもんだ。当たり前だよな。その世界において、絶大なアドバンテージを持ってるんだからな」


 俺とこいつは共に、攻略とキャラ愛という方向に欲望が向いているおかげで排他関係にならず協力出来そうだが、他の奴がそうとは限らない。


 もし俗な欲望を満たすために行動しているとすれば、それこそこの世界を壊しかねない。


 それも傾向からすれば、EoEに関してある程度以上の知識を持ってる可能性が高い。


 味方にすれば心強いが、敵にすれば厄介なのはこの女で身をもって知っている。


「確かにそうですよね……正直、私だってそういうことを考えなかったわけじゃありませんし……」


 何故か俺の首から下を意味ありげな視線で一瞥される。


「……なんだよ」

「い、いえ別に何も……今はカイルくんとミアちゃんの幸福を後方保護者面で眺めてるだけですごく幸せです! はい!」

「ああ、そう……。とにかく、三つ目の方針は攻略と並行しつつ他の転生者の存在を探ることだ。出来れば俺らが転生者であることはバレないようにな」

「は、はい! 了解です!」


 三つの中で最も剣呑な方針にネアンも息を呑む。


 俺たちは既に転生者として行動してしまっている。


 ゲームの知識がある奴なら、この世界に発生している歪みに気付いているだろう。


 もしかしたら俺たちの存在も既に感知されているかもしれない。


 仮にそいつが敵性の存在であれば、その時点で一つの不利を背負っていることになる。


「でも、いるとしたらどんな人がどのキャラに生まれ変わってるんでしょうね。あの人かな……もしかして、あの人だったりして……」

「考えるなとは言わないけど、あんまり具体的に想像しすぎるなよ。いざって時に予想外の奴が出てきたら対処出来なくなるぞ。どんな奴が出てきても常にこっちが優位を保つってことだけを考えろ」

「うっ……そうですよね……。なんか私、さっきから怒られてばっかりかも……」


 今度はしゅんとしょぼくれる。


 俺の知ってるネアンとは似ても似つかない感情豊かな奴だ。


「……と言っても、どんな奴が相手でも今の時点では俺らが優位性を持ってるだろうけどな。なんせこっちは現時点での最強キャラと元ラスボスの権力者だ」


 少し表情を強張らせていたネアンの緊張を解してやる。


 こっちの手札としては俺たちに加えて主人公一行とDLC由来の秘密結社、厳選した装備品がある。


 高い武力に政治力と、上手く立ち回れば国を相手取っても勝てる戦力だ。


 他にどんな転生者がいたとしても優位には違いないはず。


「そ、そうですよね……。シルバさんもいますし……」

「そういう意味ではお前には悪いけど、呪いを解くのは後回しで正解かもな。不死の肉体……どんな攻撃を何発喰らおうが死なないってのは完全にチートだ」

「えへへ、もしかして私って今この世界で一番強かったりします……?」

「調子に乗るなよ。俺の方が強いに決まってんだろ」


 自分の価値を自覚したのか、得意げにニヤリと笑った女に釘を差しておく。


 そうは言ったがゲーム的に考えれば高レベルの無敵ユニットがいるようなものだ。


 人道には悖るが無限自爆特攻ビルドでも組めばどんな難敵も容易に倒せる。


 ていうか、ちょっとやってみたいかも……。


 高いHPリジェネと自傷トリガースキルを利用した自爆特攻ビルドはいくつか存在していたが、どれもネタビルドの域を出なかった。


 しかし、この不死身の女を使えばその真なる完成形を拝めるかもしれない。


 クラスもお誂え向けだし、本人には内緒で考えておくか……。


「……何か悪いこと考えてません?」

「イヤ、ベツニナニモカンガエテナイケド……」


 心を読んできそうなジトりとした視線から目を外す。


「細かいチャートは追って練ることにするけど、基本はこの三つの方針を軸に次の攻略を進めるぞ」

「おーっ!」


 意気揚々と拳を突き上げるネアンを見ながら、さっきこいつが言った言葉を思い出す。


『それを私たちがこの世界に来た意味にしたいんです』


 俺はこいつと違って人助けに人生の意味を見いだせる程、人間が出来てはいない。


 協力すると決めたのは、ただの個人的な欲望からだ。


 地下遺跡での戦いから続く退屈な日常を通して、俺は自分がより高度な困難を求める中毒者なのだと心底理解した。


 あの時の戦いも死を目前としながら、過去最高に昂ぶっていた。


 だから俺が今ここにいる意味を問われれば、それは新たな困難に挑むために違いない。


 この女が提示してきた挑戦は、果たして前回のそれを上回ってくれるだろうか。


 いや、上回ってくれないと困る。


 まだ得ぬ高揚の予感を抱きながら次の目標を見据える。


 さあ、第二章の開幕だ。

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