第2話:最強コンビ結成

「えー……では、最初の資料を御覧ください」

「いや、待て待て待て」


 俺が醸している怪訝な雰囲気を物ともせずに、スライド資料を捲ろうとした異常者を制する。


「はい、何か分からないところでもありましたか?」


 まるで落ちこぼれにも優しい女教師のような口調。


「全部だ全部! 分からないところだらけだ! なんだよプレゼンって!」


 一瞬、自分が間違っているかのような錯覚に陥りかけたがどう考えてもおかしいのは向こうの方だ。


「え、えーっと……プレゼンというのはプレゼンテーションの略語で、売り込みたい企画を説明する手法のことでして……」

「言葉の意味を聞いたんじゃねーよ!」


 大ボケに思わず声を荒らげてしまう。


「ひぃっ! す、すいません……でしたら何が……」

「元の話はお前の呪いを解くために俺が協力してやるって話だったろ? それがなんでお前が俺にプレゼン――」

「そう! そこです! そこに至るまでに私たちにはまだやるべきことがあるんじゃないかというお話なんです!」


 人の話を遮って、異常者が突然興奮し始めた。


「そこに至るまでにやるべきこと……?」

「はい、そこを説明するために続けさせてもらいます」


 どうやらプレゼンを止める気はないらしい。


 おかしな奴を下手に刺激してもめんどくさそうだから、とりあえず聞く形を取る。


「二週間前……貴方に救ってもらう前まで、私はこの世界における自分の役割を『世界の行く先を自分の知っているシナリオどおりに進めること』だと考えてました」


 スライドが一枚捲られ、下から新しい一枚が出てきた。


 デフォルメされた自画像から吹き出しで、『この世界は私が守る!』と台詞が書かれている。


 絵はやたらと上手いのが腹立つ。


「でも、貴方と会って……手を差し伸べられて、それは間違いだと気づかされました。その件に関しては改めてお礼させていただきます。本当にありがとうございました」


 そう言うのと同時に資料が捲られる。


 次の一枚には笑顔の自画像に、『新解釈EoE! シル×ネアも有り!』との台詞。


 真面目にやってんのかふざけてんのか、微妙なラインだな……


「呪いを解く方法を一緒に探そうって言ってくれたのもすごく嬉しかったです」

「どういたしまして。そんだけ喜んでくれたなら俺も殺されかけた甲斐があったな」

「そ、その節は誠に申し訳なく……」


 机に擦り付けるくらいに深く頭を下げられる。


「冗談だよ。別に本気で怒ってるわけじゃないからさっさと続きを話せ」

「は、はい……えっと、ここからが今回のご提案の主点になるんですが……」


 そう言うとネアンは再びスライドを捲り――


「この『永劫顕生』の呪いを解くのは後回しにしませんか?」


 俺が想像もしてなかったことを言い放った。


「はぁ? 何を言い出すかと思えば後回しって……そんなもんさっさと治して、後は好きなだけ薄いエロ本でも描く余生を過ごせばいいだろ」


 今は精神こそ前世の人格が表層に出ているようだが、ネアン=エタルニアとしての肉体は『永劫顕生』の呪いを内包したままでいるはずだ。


 あらゆる傷は瞬時に再生され、老いることもない不滅の肉体。


 不老不死と言えば聞こえは良いが、実情は生き地獄そのものだ。


 身体の内側からは贄となった者の魂が荒れ狂う声が響き、精神が蝕まれる苦痛から夜に寝ることも叶わない。


 未来永劫そんな生が続くと知れば、常人なら気が狂ってしまうだろう。


 この女自身も三百年かけて解決策を探したものの発見には至らず、最後の望みを邪神の復活による世界の滅亡に賭けた……というのがラスボスの誕生秘話だ。


 しかし今、目の前にいる前世の記憶を有している女はあろうことか解呪の方法を探すのは後回しでいいと言い出した。


 人がせっかく色々とアイディアを持ってきてやったのに全くもって理解できない。


「それはごもっともなんですが、まだまだ危険の多いこの世界で不死ってすごい武器でもありますよね」

「そりゃ、無限体力で一種のチートみたいなもんだからな」


 地中深くに埋められたり、物理的に身動きが取れない状態にでもされない限りは不死身だと言っていい。


 ビルド面でも防御を気にせず攻撃に全振り出来る。


「だから、まずは他の事ことを優先するべきなんじゃないかって」

「呪いを解くよりも優先することなんてあるか? ただでさえ手がかりが皆無で難航しそうだってのに……」

「はい、あります。これはきっと私たちにしか出来ないことです」

「……聞くだけ聞いてやるから言ってみろ」


 もはや意味を成していないスライドからネアンの顔に視線を移す。


 向こうも俺の顔を見ながら何かを決心するようにゴクリと唾を呑むと――


「私たち二人で、この世界で発生する全ての悲劇を未然に防ぎましょう!」


 とんでもない大言壮語が、宮殿中に聞こえそうな声で高らかに宣言された。


「また随分と大層な事を言い出したな……」


 あまりの妄言に一瞬言葉を失いかけた。


「でも、これは前世の記憶を持っている私たちにしか出来ないことです!」


 その瞳には変わらず強い決意の色が浮かんでいる。


 どうやら伊達や酔狂で言い出したわけではないらしい。


 新たに出てきたスライドには俺らしき人物とこいつが世界の中心で手を取り合い、皆に感謝されている絵が描かれている。


「それそうかもしれないけど……お前、何か大事なこと忘れてないか?」

「大事なこと……? はて、なんでしょうか……?」


 心当たりがないと首を傾げられるが、重大な見落としがある。


「この世界の悲劇ってかなりの割合でお前絡みだろ」


 冷静にツッコミを入れると、まるで時間が止まったかのような長い沈黙が訪れた。


「…………た、確かにそうでした!!」

「いや、今気づいたみたいな顔すんなよ。この諸悪の根源が」


 目と口を真ん丸にして驚かれたのでもう一度冷静にツッコむ。


 眼の前のこのデカ乳女は腐ってもラスボスだ。


 ラスボスというからには、当然この世界においてはどれだけ悲しき過去があっても悪党に分類される。


 自分で直接手を下すのではなく主に邪教崇拝者たちを操って暗躍するタイプだが、封印の鍵である賢者の転生体を探すためにそれはそれは多くの悪事を積み重ねる。


 その内容は多肢に渡るが、中には負けヒロインのミアを闇落ちさせて、レイアを殺させるなんていうとんでもないバッドエンドも存在している。


 言葉巧みに他者の心の闇に付け込むタイプの邪悪だ。


「諸悪の根源って……ひどいひどいひどい! そんな言い方しないでくださいよ! 今の世界線ではまだ何もしてないんですからぁ!」

「あーあー……分かった分かった。俺が悪かった悪かった。一応確認しといただけで責める意図はないっての」


 机の上で子供のように駄々を捏ねはじめた元ラスボスを諫める。


「そんなの嘘です。本当は私を虐めて喜んでるんでしょう。この天然サディスト……」


 忌々しそうに言っているが、どことなく嬉しそうな声色。


 一度、こいつに対する認識を色々と改める必要があるのかもしれない。


 元のネアンが虚無主義的な性格だったせいか、今の表層は前世人格の影響が強いらしい。


 巫女とラスボスの印象が先にあるせいで頭がバグりそうだ。


「なんでもいいから話を戻すぞ。こうなった以上は自分なりに精一杯生きろって言った手前、否定もしづらいし何をするにしてもお前の好きにすればいい。悲惨な目に遭う奴を助けたいって思うのは立派だ」

「えへへ……それほどでも」


 褒められて照れくさそうに頭を掻いてるが、事はそう単純じゃない。


「でも、そこまで幅広く介入するってことはその影響も無視できないぞ? 誰かを助けた因果が巡り巡って、他の誰かが世界のどこかで被害を被ることになるかもしれない。一人を助けた影響で別の十人が死ぬことになる覚悟は出来てんのか?」

「その十人も助けます!」

「それで別の百人が死ぬことになったら?」

「その百人も助けます!」


 考える素振りもなく、子供のような理想論で即答される。


「傲慢だな。まさか神様にでもなるつもりか? カルト国家は一つで十分だぞ」

「いえ、そんなつもりはありません。私なんてただ少し知識があるだけのただの人間ですし」

「だったら、もう少し地に足をつけた考え――」

「でも、人間だからこそ手の届く範囲にいる人を助けたいと思うんです。私たちは手の届く範囲が少しばかり広いだけで……」

「流石に広すぎだろ……」


 神になるつもりはないと言いながらも、まるで聖母のような慈愛の精神を見せる女に呆れ果てる。


「そ、そこをなんとか……」

「そう言われても、同じ境遇のお前一人を助けるのとは勝手が違うからな……」


 ラスボスとしてのこいつの影響が無くなっても、この世界にはまだまだ悲劇の種が無数に埋まっている。


 死亡するネームドキャラだけでも大勢いるし、一般人まで含めた多くの死の因果を摘み取るなんてのは途方もない話だ。


 単純な仕事量に換算すれば、俺が生き延びるために使ったリソースを遥かに上回る。


「貴方が協力してくれるならきっと救うことが出来るはずです。これを私がこの世界に来た意味にしたいんです」


 あの時とは考え方が真逆にも思えるが、ある意味ではあの思想の延長線上にあるかもしれない。


 当初は介入しないことで世界にとって最大公約数的な結末を迎えようとしていたのを、今度は介入して最大幸福の結末を目指したいと。


「はぁ……しかたねぇな……」


 渋々ながら了承の返事を紡ぐ。


 ただ退屈な日常と秤にかけてどっちがましかを考えただけで、情にほだされたわけではない。


 それに放っておくと何をしでかすか分からない危険な女だ。


 目と手が届く範囲に留めておくに越したことはない。


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」


 ぱぁっとゲームでは見たこともないような満面の笑顔が花開く。


「ただし、やり方は当然俺の流儀で行かせてもらうからな。お前はそれに大人しく従うこと……いいな?」

「は、はい……それは知識量の差もありますし、最初から従うつもりではいるんですけど……でも、その……」

「なんだ?」


 何故か恥ずかしそうにもじもじと指先を合わせているネアンに聞き返す。


「寝室に呼ぶのはもう少し親交を深めてからにして欲しいかなって……。あっ、別に嫌ってわけではないんですけど……ただ、そういうことにはまだ少し心の準備が必要なので……」


 ポっと朱色に染まった両頬を手で抑えながら理解が困難なことを言い出した。


「は……?」

「え……?」


 互いに短い当惑の声を交わす。


「何の話だ……?」

「えっ、えっ……だって、普通はこういう状況になった男の人ってハーレムを作りますよね……? 毎晩、違う女性を順番にあるいはまとめて呼んだりしてるんじゃないですか……? それが転生物の定番っていうか……」

「そんなわけないだろ……。お前、俺をなんだと思ってんだ……?」

「ええっ!? じゃあ、もしかしてナタリアさんたちともまだ何も!?」


 信じられない物を見るような目を向けられる。


「当たり前だろ。そんなことしたら人間関係がぶっ壊れるわ」

「やだ……私ったら、てっきりこれが目的で助けてもらったのかと……」


 羞恥に頬を染めながら、自身が持つ二つの肉塊を両手で持ち上げている。


 早くも協力関係を解消したくなってきた。

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