第二章:真のトゥルーエンドを目指して

第1話:退屈な日々からの脱却

 黒竜との死闘を乗り越え、ラスボスの説得に成功してから早二週間が過ぎ去った。


 季節は秋から冬へと移り変わろうとしてる頃、俺は途方もない退屈を持て余していた。


 あの日以降、やることと言えば毎日毎日面白みのない書類仕事ばかり。


 朝は訓練場に顔を出してはアカツキに邪魔者扱いされ、昼はあくびを漏らしてはナタリアに怒られ、夜は酒場に出向いて適当な女を口説くだけ。


 主人公カイルたちは今や十分に強く、暗躍する悪党も不在。


 このまま放っておいても世界は自動的に平和への道を歩んでいく。


 あの時の死闘を超えるような血湧き肉躍る戦いなんてあるわけがない。


 頼れる序盤救済キャラおれは完全に役目を終えて、余生は田舎で牛でも引いて暮らせと言われているような気分を日々味わっている。


 それもこれも全てはあの女のせいだ。


 あの日、今度はお前の番だと俺はあいつの呪いを解く方法を探す計画を持っていった。


 それは概ね善意からの行動だったが、幾ばくかは次なる困難に挑みたい欲から。


 ともかくあいつはそれを受け取り、次なる攻略に向けて俺は動き出す……はずだった。


 そう、はずだったのに……あの女は事もあろうか、この期に及んで『少し考える時間を下さい』と言いやがった。


 あの『俺たちの戦いはこれからだ!』という完璧なフィナーレへと向けた空気の中でそう言ってのけた度胸は買ってやるが、その少しの考える時間を与えてからもう随分と経つ。


 その間も俺は職務中にあくびをしてはナタリアに説教され、自分を殺すのは暗殺者でも黒竜でもラスボスでもなければ退屈だというのを痛感していた。


 そして、あの日からちょうど二週間。


 ようやく何かを決心したらしいあの女から使者を通じて呼び出しがかかった。


 果たして、あいつはどの選択肢を選んだのか。


 俺と協力して自分の呪いを解く道を進むのか、はたまたやはりラスボスとしての使命に目覚めたのか。


 どちらにせよ、今の退屈な日々は抜け出せそうだと考えながら天永宮を三度案内される。


 しかし、奴の部屋の扉を開けた俺を待っていたのは――


「あっ、シルバさん! おはようございまーす!」


 あの根暗女と同一人物とは思えない程に晴れ晴れとした元ラスボスの姿だった。


「お、おはよう……?」


 呆気に取られている俺を横目にここまで案内してくれた従者が扉を閉める。


「今、お茶入れるんで少し待ってて下さいね~」


 語尾に『♪』が付いてそうな軽やかな口調と足取りで隣の部屋へと消えていったかと思えば、すぐに二人分のティーセットを揃えて戻ってきた。


 両手で持たれているトレーにはお茶だけでなく、パンなどの軽食まで載せられている。


「朝ご飯まだですよね? どうぞ召し上がってください!」


 声と胸を弾ませながら二人分の朝食がテーブルの上に並べられる。


「いただきまーす……って、どうしました? 食べないんですか?」


 準備が出来るや否や早々と椅子に座ったネアンが、きょとんと不思議そうに立ち尽くす俺を見上げる。


「……誰だ、お前?」


 思ったことを素直に口にする。


 嫌そうにお茶を入れてた過去の姿と目の前の女は、重ねようとしても全く重ならない。


 細かい所作や立ち振舞はもちろんのこと、人懐っこい笑顔を浮かべているせいで顔立ちすらも全く違って見える。


 乳のデカさ以外に以前の姿との共通項はほとんど見当たらない。


「ええっ!? わ、私ですよぉ!」

「また中身が変わったか? オタク女の次はコンカフェ嬢か?」

「変わってませんよぉ! 巫女ソエル=グレイスであり、元ラスボスのネアン=エタルニアであり、前世は大人気EoE同人作家の私ですよぉ!」


 やたらと大げさな身振りを交えながら改めてややこしい自己紹介をされる。


「本当に変わってないのか……?」

「はい、あの時に貴方が掴んでくれた手の温かさもちゃんと覚えてます」


 頬を染めながら歯が浮いてしまいそうな恥ずかしい言葉を言われる。


「そ、そうか……なら、いい……」


 危うく『ネアンはそんなこと言わない!』と、クソオタクみたいなことを言いかけたのをぐっと堪えた。


 どうやら本当に中身が変わったりしたわけではなく、これが素の状態らしい。


 複雑な感情を抱きながらも、深掘りしても益はなさそうだと椅子に座る。


 机の反対側では以前の慎ましさは欠片もない女がパンをもしゃもしゃと食べている。


 俺も一旦落ち着くためにカップを手にとってお茶を啜る。


 慎ましさが消えた分だけ味も随分とグレードダウンしてやがる。


「ごほん……では、朝ご飯を食べ終わったので本題に入らせて頂きます」


 そうして朝食を終え、茶を一杯飲み終えたところで向こうからようやく本題を切り出してきた。


「まずはこちらをご覧ください! どどん!」


 そう言って、机の上に紙芝居のようなものが展開された。


 こちら側に向けられている面には『The Vision ~私たちはこの世界をどう変えていくべきなのか~』と書かれている。


「……何これ?」

「プレゼン用のスライド資料です!」


 自慢気に意味不明な言葉が並べられる。


「……プレゼン?」

「はい、自作です!」


 大きな胸を張って殊更自慢気に言われる。


 手描きの文字で書かれた何枚ものスライド資料。


 もしかして、こいつ……これを作るためだけに俺を二週間も待たせてたのか?


 改めて部屋を見渡すと、それが事実であると言うようにくしゃくしゃに丸められた紙や画材と思しきものが至る所に転がっていた。


 どうやら俺は妙な女と結託してしまったらしい。

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