閑話:お兄ちゃんの言うことだけを聞けばいい。
お兄ちゃんの言うことだけを聞けばいい。
「ま、待って……がっ! ごぼっ!」
殺した。
お兄ちゃんに言われた通りに殺した。
「帰ってきたか、七号」
おうちに帰るとお兄ちゃんが待ってくれていた。
「対象はどうした?」
「殺したよ。喉を刺したら血がいっぱい出て動かなくなった」
「そうか……しかし、人畜無害を装い近づいて喉元を一突きとは……本当に大した役者だよ、お前は」
大した役者。
言葉の意味は分からなかったけど、お兄ちゃんに褒められるとすごく嬉しい。
もっと褒められたくなる。
「次の任務までは時間があるな。少し調整をしておくか……腕を出せ」
言われた通りに腕を出す。
大きな注射器の針から緑色の水が体の中に入ってくる。
チクっと痛かったけど、声を出したり体を動かすとお兄ちゃんが怒るので我慢する。
注射が終わるといつも頭の中がぼやーってしてくる。
他のことが全部消えていって、お兄ちゃんのことだけが頭に残る。
「目を見せろ」
目を見せる。
「……よし、大丈夫だな。しばらく待機だ。待機中にこれも飲んでおけ」
そう言ってお兄ちゃんはどこかに行った。
遊んでもらいたいけどお兄ちゃんは忙しいからわがままは言えない。
またお兄ちゃんが来るのを待ちながら渡された薬を飲む。
苦いけど我慢する。
ずっと立ってるのもつらいけど我慢する。
お兄ちゃんの言うことは絶対だから。
「七号、次の任務だ」
6時間25分47秒ぶりにお兄ちゃんと会えた。
嬉しい。
「対象はこの男だ。子飼いの情報屋によると結社の情報を探っているらしい。まずは情報屋の場所まで転移門を繋ぐ。それから近くにいるであろうこの男を探し出して始末しろ」
次に殺す人のことが書かれた紙を渡された。
この人を殺せばまたお兄ちゃんに褒めてもらえる。
「ゲームだと気にならなかったけど、実際にこんだけ早いとかなり不気味だな」
用意された黒いもやもやに入ると、その人は待ってたみたいにそこにいた。
紙に書いてあったのと同じ人。
この人の喉を刺して殺せば、またお兄ちゃんに褒めてもらえる。
もっと褒められたい。
――――――――
――――――
――――
――
「起きろミツキ。もう朝だぞ」
誰かが私を呼んだ。
ミツキ――すごく久しぶりに呼ばれた私の名前。
目を開けるとお兄ちゃんがいた。
「え……? お兄ちゃん……?」
「ったく、世話をかけさせて……相変わらずお前は手がかかる妹だな」
「ご、ごめんね……お兄ちゃん……」
お兄ちゃんに怒られた。
悲しいけど、嬉しい。
「あ、あれ……? でも、なんでお兄ちゃんがこんなところに……?」
そのお兄ちゃんは始めて見るお兄ちゃんだった。
よく見るとお兄ちゃんに殺せって言われたお兄ちゃんだった。
「だって、私……お兄ちゃんに言われて……ここに……あれ……?」
お兄ちゃんがお兄ちゃんで、お兄ちゃんをお兄ちゃん。
のーみそこねこねぐるぐる。
お兄ちゃんがぐるぐる手をつないで輪になってる。
お兄ちゃんがいっぱーい。お兄ちゃんがいっぱーい。
あっちにもこっちにも、お兄ちゃーん。
「余計なことは気にするな。お前は俺の言うことだけを聞いていればいい。ずっとそうだっただろ?」
「う、うん……お兄ちゃんの言うことだけ聞く……そうだよね……」
そうだった。
お兄ちゃんの言うことを聞くだけでいい。
私はずっとそうしてきた。
これからもずっとそうすればいい。
でも、新しいお兄ちゃんは今までのお兄ちゃんとは少し違った。
褒めてくれた後は苦い薬じゃなくて甘い飴をくれた。
会っちゃダメだって言われてたアカツキちゃんにも会わせてくれた。
近くを変な赤い髪の女がウロウロしている。
なんとなく殺したくなったけど、殺せって言われてないから我慢した。
言うことを聞かなくても甘い飴をくれた。
ミツキって名前で何度も呼んでくれた。
もう人を殺さなくても良いって言ってくれた。
これまでのお兄ちゃんの中で一番優しくて面白くてかっこいい。
「あった! これで攻略完了だ!」
顔のない怖いおじさんを倒した時は頭の中がぱあっと晴れた気分になった。
何か大事なことを思い出しそうにもなったけど、それは悲しいことな気がした。
「ねえ、お兄ちゃん! 次はどこに行くの!?」
だから、もう少しだけこのお兄ちゃんにお兄ちゃんでいて欲しいと思った。
アカツキちゃんもそれでいいって言ってくれた。
それからお兄ちゃんのお家に帰った。
知らない人がいっぱいいた。
知らない女の人もいっぱいいて、なんとなく殺したくなったけど我慢した。
お兄ちゃんの近くに女の人がいっぱいいるよりもお兄ちゃんに嫌われる方が嫌だから。
お兄ちゃんにアカツキちゃんと二人で『ぶたいいん?』の人たちを訓練して欲しいって言われた。
いつもは『やれ』って言われてたけど、今回は『頼みたい』って。
意味は似ているけどなんとなく嬉しかった。
ぶたいいんの人たちは弱くて殺さないように訓練するのは大変だった。
でも、強くなるとお兄ちゃんが喜んでくれた。私もなんか嬉しかった。
それからも色々あった。
難しい話はよく分からなかったけど、これからもお兄ちゃんたちと一緒に居られるのは分かった。
そうしてみんなと過ごしている内にお兄ちゃん以外の人のことも分かってきた。
ナタリアさんは厳しい。
シャワーを浴びた後に更衣室を裸で歩いているといつも怒られる。
自分も裸みたいな格好で歩いてるのに、なんで私だけ怒られるんだろう。
でも、訓練をしっかりすれば時々街でお土産にお菓子を買ってきてくれるところは好き。
レイアちゃんは優しい。
でも、他の人にそう言うと嘘だと言われる。
他の人には厳しいみたい。
前に『将を射んとする者はまず馬を射よ……。まずは周りから固めていくのよ……』とか言ってたのと何か関係あるのかな……。
ロマは便利。
欲しい物を頼めばすぐに用意してくれる。
でも、あんまり使いすぎるのは可哀想だから
三人とも今は好きになったけど、お兄ちゃんと話している時だけはなんとなく腹が立ってくる。
それは良くないことなのかと思ってアカツキちゃんに相談したら笑いながら、『妹はそれでいいのよ』って言われた。
安心した。
また別の休みの日に街を歩いていたら知らないおじさんに声をかけられた。
『こんな素晴らしい逸材を始めて見た! 君は生まれながらに自分を演じている役者だ! 是非、うちの劇団に来てくれ! 私に君を大女優のスターダムへと押し上げさせてくれ!』
とかなんとか、すごい鼻息を吹き出しながら言われた。
役者……前に誰かに言われた言葉を思い出して少し嫌な気分になった。
無視してもしつこく話しかけてくるから思わず殺したくなったけど、それは我慢した。
興味があったら連絡して欲しいって渡された小さな紙切れをお兄ちゃんに見せたら――
「お前の人生なんだからお前の好きにすればいい」
って言われた。
すごく困った。
何かを自分で決めるのはとても難しい。
ずっとお兄ちゃんの言うことを聞いていれば良かったのに。
悩みすぎて熱を出して寝込んだ。
寝ながらもうんうんと唸ってどうすればいいのか考えていると、ナタリアさんとレイアちゃんとロマが薬を持ってきてくれた。
苦い薬をこんなにいっぱい飲めないというと、それはそうだとみんなで笑った。
いっぱい笑うと熱も下がって、悩みもなくなった。
げきだんには行かないことにした。
せっかくみんなと仲良くなれたし、もう少し一緒にいたいから。
お兄ちゃんの言うことを聞くだけなのは楽だったけど、そうやって自分で決めるのもすごく気持ちよかった。
これからも時々は自分で決めてみようかなと思った。
まずは最近お兄ちゃんに付きまとっている巫女とかいうおっぱいの大きな女をどうするかを……。
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