第5話:次の障害
第二章の攻略を始動させた俺たちはその日、計五つのクエストと茶番を完了させて宿で休息を取ることにした。
「はぁ~……疲れた~……よっこいしょっと」
三百歳越えの年寄りらしく備え付けの椅子に腰を落とすネアン。
そのままお茶を啜り始めたのを横目に、紙面にまとめた明日の行程を確認する。
「これで進捗はどのくらいなんですか?」
「他の班の進行状況を確認しないことには分からないけど、多分2%くらいだろうな」
「2%ですかぁ……まだまだ先は長いですねぇ……」
今回の攻略に当たって、俺たちの動かせる戦力を複数の班に分けた。
まずはカイルとレイアが率いるメインストーリー班。
その他のメンバーはミア、ファス、タニスと正規の初期パーティメンバーと同じ。
やることは残りの残響巡り、トゥルーエンドに到達するための前準備の一つだ。
ラスボス不在とあいつら自身が強くなっていることを考えれば戦力は少し過剰かもしれないが、万が一にでも失敗が許されない以上は少し余力を持たせた。
次にナタリアやミツキ&アカツキが率いるサブクエスト攻略班。
こっちは事情を知っている第三特務部隊を更に複数に分けた。
俺がリストアップした『放置しておくと甚大な被害が生まれるクエスト群』の攻略に充てている。
そして、最後に俺とこのオタク女のコンビ。
元々は一人で行動する予定だったが、どうしても付いて来たいと駄々をこねられて最終的に折れてしまった。
やることは同じくサブクエスト攻略と……俺をはじめとした第三特務部隊の面々を『英雄』にするためのプロパガンダ。
つまり、ゲーム的に言えば『名声値』をひたすら稼ぎまくる行動。
「仕方ないとはいえ、人を騙すのはあまり気持ちの良いものじゃないですねぇ……」
「その割りにはノリノリで扇動してたように見えたけどな」
「それはだって……他に六章を攻略するために必要だって言うから……」
不本意だと言わんばかりに口を尖らせるネアン。
一週間前、次の目的を決めた俺たちはまずそこに至るまでのマイルストーンを打ち立てた。
この世界で次々と発生する
互いの知識を総動員して、まずは発生時期の近いものと被害の大きなものから優先順位を付けた。
そうして大半は恙無く攻略出来る目処が立ったが、一つだけ大きな問題が残った。
それがメインストーリー第六章で展開される『神国動乱編』をどう攻略するかだ。
『神国動乱編』は新年の祝祭が催される王都を舞台に、国家と革命軍の戦いを描いた物語であり、作中で最も多くの死者を出す事件だ。
ネームドキャラから民衆まで、両手で二進法を使っても数え切れないくらいの人々が死亡する。
六章ということで単純な攻略難易度はそこまで高くないが、問題なのは明確な悪が不在な内乱であるという点。
例えば事件の発端である革命軍は、シナリオ上では国軍所属の第三特務部隊とは敵対関係にある。
しかし、その構成員は権力者たちが都合よく利用してきた『予言』によって迫害されて来た者や家族を失った者が大半を占めている。
俺たちプレイヤーの視点では彼らを一方的に悪と断じることは出来ず、作中では同情的に描かれている部分が多々ある。
それでも最終的に革命軍は軍によって完全制圧され、構成員たちの大半が死亡して六章は幕を閉じる。
この事件の後も腐敗した国教上層部は変わらず、カイルたちの心に暗い影を落とすことになる。
一方で、行動次第では革命が部分的に成功するルートも存在している。
そのルートでは革命軍のリーダーによって、神王フリーデン=エタルニアが殺害される。
国教の象徴であり、統治者でもある神王の暗殺は国家を大きく分断する。
国内の権力争いの激化と、多くの反抗勢力の台頭。
カイルたちはそのまま使命を果たすために戦うことを選ぶが、国の先行きには暗雲が立ち込めていると示唆されたまま物語は進む。
つまり、どちらのルートを辿っても禍根を残すシナリオであり、この六章を平穏な結末へと着地させるのが今回の攻略の肝となる。
そして、そのために必要なのは通常・革命の両ルートとも違う第三の選択肢。
「お前が始めたことだろ。うだうだ言わずに粛々と熟せ」
「それは分かってますよぉ……。だから、ちゃんと言われた通りにやってるじゃないですか」
言いながらまたお茶をぐびぐびと飲み始めるネアン。
ちなみに本来は六章の最終盤でこいつがラスボスとしての本性を現す。
その時に通常ルートの場合は神王が、革命ルートの場合は革命軍リーダーがこいつの手で殺される。
今回それはなくて良かったなと言おうと思ったが、また拗ねられそうなのでやめておいた。
「そんなことよりお前、ちゃんと王都外への視察許可は取ってきたんだろうな?」
巫女はその立場上、行動の一挙手一投足が規則でガチガチに固められている。
少数のお供、それも男だけを連れて王都の外に出ていくなんて本来なら絶対に許されない。
申請は自分に任せろと言ったから任せておいたが――
「はい、ちゃんと書き置きを残して来ましたよ。少し外に出てきますって」
「書き置きって……」
やっぱり……と内心で頭を抱える。
今頃、王都は大騒ぎになってるな。
「済んだことは仕方ないか……。それより明日も早いんだからさっさと自分の部屋に戻れ」
手を振って、早めの退出を促すが――
「部屋に戻っても私、寝られないんですよね……」
カップを机上に置いたネアンが、これまでとは打って変わった重々しい口調で言う。
こいつの不老不滅の肉体は、その内側で秘術の贄となった魂が荒々しく渦巻いている。
目を瞑れば彼らの怨嗟の慟哭が響き、夜に寝ることも出来ない。
こうして普通に生きているだけで本来なら発狂しそうな程の苦痛を覚えているはず。
「はぁ……暗い部屋に一人でいるのは寂しいなぁ……」
暗に『ここに居させて欲しい』とばかりにチラチラと視線を何度も流してくる。
暗闇の中、ただ一人で何度も何度も朝を待つのはどんな気分だろうか。
まるで自分だけが世界から取り残されているような心地なのかもしれない。
想像すると流石に同情的な気持ちが湧いてきた。
「変な気を起こさないって言うなら……」
「はい、誓って変なことはしません! ただ少し寝顔をスケッチして永遠の記録として――」
腐れオタク女を部屋から蹴り出して寝た。
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