エピローグ:銀の槍は砕けない
俺たちの決戦が誰にも知られることなく終わってから早三日が過ぎた。
一月に一度あるかどうかの雲一つ無い晴天の下、永劫樹は今日も煌々と輝きを放っている。
神聖エタルニア王国は亡国の危機に陥っていたことなど知る由もなく、いつも通りの日常を過ごしていた。
「ほら、後百回! きばってやりなさい! 今度もあの規模の戦いがあった時には足手まといになりたくないんでしょ!」
「ざぁこざぁこ! よわよわ足手まとい~!」
「くそぉ……くそぉ……このメスガキどもがぁ……」
訓練場ではいつものようにアカツキとミツキのメスガキコンビが情けない大人隊員たちを鍛え上げている。
入隊からまだ一ヶ月ほどだが、二人の教官姿も随分と板についてきた。
まだまだ弱いと呆れながら言っていた二人は、結社に囚われていた時には考えもしなかった生きがいを見つけて随分と楽しそうだった。
次の目標は今度行われる全軍対抗武術競技会で団体優勝を果たすことらしい。
「だ、ダメだって……カイル……」
「大丈夫だよ。少しくらいなら……ほら、誰も見てないって」
「もう……少しだけだから……んっ……」
カイルとミア――今や銀の槍以上に第三特務部隊の象徴的バカップルとなった二人も相変わらずだ。
今日も所構わずに昼間からイチャついている。
本人たちは気付かれていないと思っているようだが、バレバレすぎて微笑ましい。
しかし隣室の女性隊員から『夜中に聞こえてくる声が気になるから部屋を移りたい』と要望されたのは流石に注意すべきだろうか……。
ナタリアはあれから毎日、何かを思い出しては顔を真っ赤にして頭を掻きむしっていた。
『あぁ……どうして私はあんなことを……』
『もう絶対にしない……何を言われても絶対に流されない……』
『あ゛あ゛あぁぁ……死にたい……死なせて……』
などと漏らしているのも聞いたが特に心配はしていない。
天賦の才を持つ者が一度覚えてしまったステージの熱を忘れられるはずがない。
いずれまた俺たちは彼女の晴れ姿を拝めるだろう。
命令違反をして俺の戦いへと駆けつけてくれたセレスとレグルスの二人は何とか懲罰を免れたらしい。
それでも上からも下からもこってりと絞られたようで、セレスからは随分と恨み言を言われた。
レグルスは『先輩の危機を救えたことは自分にとって如何なる勲章よりも誉れです。あの時に流した血が、全て今の先輩の存在に僅かでも繋がっていると思うと胸が熱くなります』と、いつも通り気持ち悪かった。
まあ、元はと言えば俺のせいなので二人には今度高い酒でも奢ってやることにしよう。
ロマは結社のフロント企業『スマイル商会』の会長という新しい役割に今日も忙しそうに右往左往していた。
あの日の働きの褒美として俺が与えた役割だが、奇しくも王都で店を持つという元々の夢が叶った形になる。
ただ、ヘマをやらかして結社を潰すような結果にならないか心配の日々が続きそうだ。
俺を勝利へと導いてくれたあの幸運のお守りは、またしばらくポケットの中で眠っていてもらおう。
レイアは毎日毎日、『隊長さん隊長さん』とまるでよく懐いた犬のように俺を追いかけてくる。
伝説の英雄である賢者レナとしての記憶を一部とはいえ取り戻しているはずだが、その様子は今のところ全く見られない。
あの時にカイルが宣言したように、彼女も『前世は前世、自分は自分』と考えているのだろうか。
実はその前世の自分との決別が真のエンディングにたどり着くための重要な要素であることは……まあ、わざわざ伝える必要もないだろう。
そんなことをせずとも、あいつらはきっと自力でより良い未来を掴んでくれるはずだ。
ここまで一緒に戦った仲間たちのことを想いながら、身分証と通行証を見せること四回。
監視役の女衛兵を付けられて、前に来た時と同じ道筋を辿っていく。
「巫女様、ピアース総隊長が御出になりました」
「……通してください」
以前よりも消沈した返事が扉の向こうから返ってくる。
両開きの扉が開いた向こう側には机に座って放心している女の姿があった。
彼女は前にもそうしたように衛兵を下がらせてからぼそっと口を開いた。
「何の用事ですか……?」
俺の前では巫女として振る舞うことをやめたのか、ややムスっとした感情的な口調。
敵対関係でこそないが、もう放っておいて欲しいとでも言いたげだ。
「前に飲ませてもらった茶がめちゃくちゃ美味かったからもう一杯淹れてもらおうかなと思って」
たったそれだけのためにわざわざとでも言うようなジトっとした冷たい目で見られる。
「飲んだら帰ってくれますか? 今はしばらく一人でいたいんです……」
そう言うと彼女は立ち上がって奥の部屋へと入っていく。
しばらくして今度は片手に湯気の立つカップを一つだけ持って戻ってきた。
どうぞと前回とはまた違った愛想のない所作でカップが差し出される。
一口飲むと、前回と全く同じ味と香りが口腔と鼻腔を満たした。
「やっぱり美味いなぁ……。こんな庶民には絶対に手が届かないような茶がいつでも飲めるなんて良い身分に生まれたもんだな」
「全然、良くないです……ちょっと外を出歩くのにも制限がありますし……服飾の規定なんて息苦しくて死にそうになりますよ。まあ、死にたくても死ねないんですけどね」
その規定を満たしているらしい地雷系の服に身を包みながら自虐している元ラスボスの女。
向こうでも似た体型だったのか、慣れたように机の上に巨大な胸を置いて座っている。
その姿には巫女としての威厳もラスボスとしての底知れなさも一切見られない。
「私からすれば貴方の方がよほど羨ましいです。好きなキャラクターたちに囲まれて、好きに冒険出来て、好きに生きられて……。まあ、私はそれを自分から放棄した立場なんで文句は言えませんけどね……」
「なんでもいいけど、これから先はどうするか決めたのか?」
恨めしそうに言う彼女へと向かってもう一度その意思を尋ねる。
あの時は俺の手を掴んでくれたが、まだその真意を決めあぐねているようだ。
「さあ、もう元の流れには戻らないでしょうし……今は何かする気も起きません……。こうなったら宇宙が消えてなくなるその日まで生きてみるのもいいかもしれないですね……」
「相変わらず後ろ向きな根暗女だな……。ほら、お茶の礼にこいつをやるよ」
投げやりにそう言う彼女へと向かって俺は脇に抱えていたある物を差し出した。
「これは……なんですか?」
自分の目の前に置かれた解体真書的に分厚い紙束を見て尋ねられる。
「そうだな。名付けて『EoEリアルハードコアモード攻略真書Vol.2 ~ネアン・エタルニア救済編~』って感じか。あの日から今日までほとんど寝ずに仕上げてきたんだぞ。受け取るかどうかはお前次第だけどな」
このお節介でお人好しなのは一体どちらの気質なんだろうか。
少し考えてみたがまあどうでもいいことだ。
今の俺は俺でしかない。
そして、目の前の女もラスボスではなくただ困っている一人の人間でしかない。
それなら何度だって手を差し伸べるのは俺として当然のことだ。
「……無理ですよ。この呪いは誰にも解けません。それは
「だから、浅いっての……。絶対に無理だなんて誰が決めた? 前にも言ったけど、俺らが知ってるのはこの世界のほんの一側面だけだ。この先どうなるかなんて誰にも分からないんだよ」
「それはそうかもしれませんが……でも……」
「さっさとそのめんどくさい呪いを解いて、全イケメンキャラを侍らせた逆ハーレムを作りたいとか、こっちで本物を参考にしてナマモノの薄い本を描きたいとか少しはオタクのエゴを見せてみろよ。お前がそう言うなら手伝ってやる。同じ境遇で一人だけ助かったからって抜け駆けすんのも気が引けるしな」
「本当に……出来ると思ってるんですか……?」
「当然、ここまでも無理を通して道理を引っ込めてきたのが
声を震わせながら尋ねてきた彼女の目を見据えて、一切の迷いなく言い切る。
俺がただ自分の好きなキャラを救いたいという想いは気恥ずかしいので隠しておいた。
特にネアン救済ルートDLCを求めた署名活動を主催したなんて黒歴史は墓まで持っていく。
「また、嫌になっちゃうくらい解釈通りですね……」
彼女はそう言いながら紙の束を大事そうに胸元へと抱え込んだ。
二種類の虚無が浮かんでいたその目に少しずつ生の光が灯っていく。
作中では最後まで誰の説得も届かなかった女に、自分の言葉が届いたなんてのはオタク冥利に尽きる話だがまだ終わったわけじゃない。
「さて、そうと決まれば早速攻略開始だ。まずは――」
ここから先は俺の知識も追いつかない完全なる未知の世界だ。
どんな出来事が俺たちを待ち受けているのかは誰にも分からない。
もしかしたら元のストーリーよりも更に厳しい事態が起こるかもしれない。
けれど、これだけは言える。
何が起ころうとも俺は俺としてそれに立ち向かうだけだ。
持ち前の能力に、前世の知識、ありとあらゆる手練手管を弄して抗ってやる。
どんな困難を前にしても決して銀の槍は砕けない。
第一章 ~完~
第二章へ続く……
◆◆◆◆あとがき◆◆◆◆
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
本作を気に入って頂いた方は是非、作者の他作品も読んでみてください。
「大迷宮は英雄を求めていない」(現代ダンジョン物)
https://kakuyomu.jp/works/16817330668523458034
「光属性陽キャ美少女の朝日さんが何故か俺の部屋に入り浸るようになった件について」(ラブコメ)
https://kakuyomu.jp/works/16817330667865915671
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