第54話:決着、そして……
「ロマ!? お前、どうしてこんなところに!? 俺を見限ってどっかに行ったんじゃなかったのか!?」
「私が兄貴を見限るなんて、そんなことあるわけないじゃないですか!!」
不服そうにそう叫ぶロマは息を絶え絶えにして、身体中はボロボロに擦り切れている。
あの長い階段を文字通り転げるような勢いで下ってきたらしい。
「なんでもいいからさっさと逃げろ! ヤバい状況だって見てわからないのか!?」
「私、兄貴が自分の運命と戦ってるって聞いて……やっぱり! 本当に、本当にすごい人なんだって思いました!」
逃げろと言ったのも聞かずに、ロマは自分の心境を吐露しはじめる。
「だから買いかぶり過ぎだ! いいからさっさと逃げろ! この馬鹿!」
街道沿いに出てくる雑魚以下のステータスのモブAなんて黒炎の熱気を浴びただけで絶命しかねない。
早く逃げろと手振りで促すが、ロマは全く聞き入れようとせずに続けていく。
「だから、私もそんな兄貴のお役に立ちたいって思って……少しでもお役に立てたらって……」
ロマは背負っていた自身の身長よりも大きな何かを両腕に持ち直す。
「何も言わずにいなくなってごめんなさい! でも、あの時はすぐに何かしなきゃって思ったんです! だから、もうひとつごめんなさい! 兄貴が部屋に置いてあった大事そうな書類を盗み見してしまいました!」
声を涙で滲ませる彼女が手にしているそれに、俺はよく見覚えがあった。
「お前……それは、なんで……」
「その書類におっきな×が書いてあるところがあったんで、これはきっとすごく大事なことなんだろうって思って……兄貴が使う武器だって書いてたから……とにかく受け取ってください!!」
ロマが両腕に抱えたそれを俺に向かって投擲する。
「……本当は○が決定で×は取り消しなんだけどな!」
転倒しながら目一杯の力を込めて投げられた長物がくるくると回転しながら宙を舞う。
「でも……よくやった! お前は俺の最高の子分だ!!」
飛んできたそれを込められた万感の想いと共に受け取る。
星銀槍アストラルフォージ――隠しダンジョン『アストラの遺窟』の最深部で入手出来るユニーク武器。
一度は取り損なった武器が、奇跡のような偶然を経てこの手に握られる。
仕方なく助けたモブ女を内ポケットにお守りを入れるような気まぐれで子分にした。
それは本来の攻略チャートには影も形も存在しなかった出来事。
出会いから何から何まで全て偶然だったそれが、巡り巡って今この最終局面を乗り越える切り札となった。
こんな予想もしていなかった紛れがあるからこそ、未知への挑戦は面白い。
「兄貴゛ー! 勝゛ってくださーい!!」
顔を泥と涙でドロドロしながら叫ぶロマに、言葉ではなく武器を手に再び敵へと向かい合って示す。
何か嫌な気配でも感じ取ったのか奴はすぐに俺へと敵視を向けてきた。
上右翼から黒弾が発射される予備動作を見て、回避ではなく武器を構える。
アストラルフォージの基本性能はこれまで使ってきた槍と大差ない。
この銀の槍が“理論上最強の武器”と呼ばれるのは装備時に使える特殊なスキルにある。
――――――――――ッ!!
咆哮と共に、俺へと向かって黒弾が超高速で飛んでくる。
通常であればそれを視認した時点で回避行動は間に合わない。
だが、この武器なら――
「まずは一つ!」
タイミングを合わせて飛んできた黒弾を叩き落とす。
叩き落とされた黒弾は俺に一切のダメージを与えることなく眩い光と共に虚空へと消えた。
これこそがこの武器を装備した状態でのみ使えるスキル『星光の滅却』。
いわゆるパリィ系に分類される防御スキルの一つだが、その性能は他と一線を画す。
タイミングさえ完璧に合わせることが出来ればありとあらゆる攻撃を無効化可能。
更に連続成功した回数に応じて次の攻撃にダメージ増加効果を与える。
敵の行動とその予備動作を全て覚えている者が使えば、どんな相手に対してでもまさに”理論上最強の武器”と化す。
しかし、それを言うのは易いが現実に行うのは至難の一言。
槍という基本速度の遅い武器種で、メディアードをはじめとした強力なボスの猛攻撃を全て防ぎ切るのは不可能だと言われていた。
実際に俺自身が何千何万回と試行を重ねても前世のうちには一度も成功出来なかった。
「それがまさかこんなところでもう一回最後のチャンスが貰えるとはな!」
願ってもいなかった再挑戦の機会にハードコアゲーマーの魂が燃え上がる。
大量の黒弾、高位階魔法、連続近接攻撃。
嵐の中にいるような猛攻を全て弾き返していく。
これまで失敗し続けてきたのなら、ここで成功させればいいだけの話。
あの練習は全てこの時のために培ってきたのだと俺は確信した。
「12……13……14……」
連続成功回数――ダメージ増加のスタック数を頭の中で数えていく。
もはや身体は意識とは別の第六感で動いている。
敵の攻撃の予兆を目で見るよりも早く感じ取り、迫る脅威をひたすら弾き返す。
「みんな、隊長の支援を! 俺たちも出来ることをやろう!」
カイルが仲間たちに檄を飛ばして俺が戦いやすいように援護してくれる。
「隊長、勝ってください!」
ナタリアが乳を揺らして踊り――
「皆さん! 総隊長が戦いやすいように援護してください!」
ミアが皆の指揮を執り――
「お兄ちゃん! 頑張って!」
「こんなところで死ぬんじゃないわよ!」
ミツキとアカツキが敵を翻弄し――
「我が神盾よ! 先輩に輝かしき勝利の栄光を!」
「死んだら君の恥ずかしい過去を本にしてお葬式でばらまくぞー!」
レグルスは微妙に気持ち悪くて、セレスはいつも通り――
「隊長さん負けないで! 私とデートの約束があるんだから!!」
レイアがその全員の力を底上げしてくれている。
俺に命を預けてくれた奴らのためにも今回は絶対に失敗するわけにはいかない。
「45……46……47……」
頭の中で算盤を弾いて、一撃で仕留め切るのに必要なスタック数を計算する。
残された行動範囲を考えるとチャンスが来た瞬間は絶対に逃せない。
肉体は限界をとっくに越えているが、精神力で無理やり動かす。
身体も脳も壊れてもかまわないとばかりにすべての感覚を総動員させて攻撃を捌き切る。
眼の前の視界は既に朧気で、はっきりと見えているのは『星光の滅却』の成功を示す眩い明転だけ。
「98……99……100!!」
必要なスタック数が溜まったのと示し合わせたように竜核が脈動し始め、息吹の発動を告げる。
黒炎から退避出来る空間はもう残存していない。
回避の選択はなく、出来るのは敵へと向かって真っ向から槍を突き出すだけ。
「喰らえぇえええ!!!」
眼の前で噴き出した黒炎の奔流を貫いていく。
全身が焼けるように熱いが、槍を握る手は決して緩めない。
頭の中では勝利を告げるメインテーマのアレンジBGMが鳴り響いている。
「俺の……勝ちだぁああああああ!!!」
黒炎の波濤を越えて、槍の先端が竜核を捉えた。
これまで積み重ねたダメージに渾身の一撃が上乗せされ、外殻に亀裂が走る。
――――――――――ッッ!!!
押し返してくる凄まじい力を跳ね除け、遂に銀の槍がそれを貫いた。
竜核が破砕され、中から巨竜の力の根源が黒い粒子となって大気中に霧散していく。
その奔流を間近で受けながらも俺は決して槍を握る手を離さずに突き刺し続けた。
メディアードは最期に消えゆく粒子を見送るように天を仰いだ後、か細い悲鳴を上げて地に倒れ伏した。
巨体がズシンと地に沈み、天井からパラパラと微細な破片が落ちてくる。
「やったのか……? 勝った……のか?」
動かなくなった巨竜の骸を前に呟く。
まだ自分がそれを為したことに現実感がない。
あるのはただ今すぐにでもこの場に倒れ込みたい全身を包む疲労感だけ。
「今度こそ終わったよな……? これ以上はまじで無理だぞ……もう出てくるなよ……」
これで新たな極大断層が出てきたらもう完全にお手上げだが、それは無いという確信に近い予感を抱いていた。
奇跡のような偶然を経て揃った戦力がエンドゲームボスの討伐を成し遂げたように、もう一つのパズルのピースが自分の中で揃いつつあった。
ここまでの出来事を頭の中で総括しながら消えゆく巨竜を眺めていると、ロマが駆け寄ってくる。
「兄貴ー!! 兄貴兄貴、兄貴ー!!」
その勢いのままに抱きつかれた。
「あんなおっきくて強そうな竜を倒すなんてやっぱり兄貴はすごいです! 本物の英雄です! これからも一生ついていきます! 一生側に居させてください!」
胸に顔を埋めたまま、これまでに何度も聞いた賞賛の言葉を並べられる。
「泥まみれの服を押し付けるな。離れろ」
「むぎゃ……そのいつも通りの雑な扱いも今は嬉しいです……」
照れ隠しに両頬を片手で掴んで引き離す。
「隊長! やりましたね!」
一緒になって戦ってくれたナタリアをはじめとした隊員たちも駆け寄ってくる。
その光景を見て、ようやく勝利の実感が湧いてきた。
俺は決して越えられないはずの死の運命を乗り越えたのだと。
こいつらと一緒に二章以降の世界へと行ける喜びがじわじわと湧いてくる。
――ズズズズズ。
メディアードの死骸が消失したのと同時に地下全体が鳴動しはじめた。
それは一章の終わりを告げる合図。
長く苦しい戦いだった……いや、ほんとに。
しかし、最大の危機は乗り越えたがまだ全てが終わったわけではない。
「喜びを分かち合うのは後にするぞ。お前たちは先に脱出しろ」
「先にって……た、隊長! どこに行かれるのですか!?」
呼び止めるナタリアの声を背に受けながら出口の逆側へと向かって走り出す。
一章は隊舎に帰るまでが一章。
崩落に巻き込まれる前に脱出しなければならないが、俺にはまだやるべきことが残っている。
崩れゆく広大な地下空洞を見渡して
メディアードと戦っている最中から……いや、もっと前から違和感があった。
俺は一体何と戦っているのかという違和感が。
特にこの攻略の終盤で俺にとって不都合なことばかりが起きた。
レグルスとセレスに突如として与えられた不可解な指令。
武器を手に入れようとした俺を妨害するように出現した断層。
極めつけにたった今現れた封印されていたはずのエンドゲームボス。
それはずっと運命が正史の通りになるように仕組んでいるのだと思い込んでいた。
けれど、よく考えてみればそれにしては手段が回りくどすぎる。
どれもこの世界の一側面だと受け入れるにはあまりにも異様な出来事だった。
本当に運命が俺を殺そうとしているのならもっと確実で直接的な手段を取れば良い。
メディアード級のボスと連戦させる。あるいは複数と同時に戦わせればいい。
なんなら俺が寝ているところに隕石でも落とせばそれで終わりだ。
だが、その意思はいつも俺の行動に対して後出しするような形でしか関わってこなかった。
いや、そうでなければ関われなかったというべきだったのだろう。
その理由はただ一つ。
俺を殺そうとしていた意思はこの世界にとってそんな大層なものではなく、ごく小さな異物に過ぎなかったからだ。
未知の出来事に翻弄された俺と同じように――
「どこだ? どこにいる!?」
そいつの目的が俺の考えている通りならどこかで事態を見守っていたはずだと一帯を探してまわる。
眼の前で残響が鎮座していた神殿の残骸が地面に開いた巨大な穴へと飲み込まれていく。
その崩れていく瓦礫の中に紛れて力なく佇んでいる一つの影を見つけた。
「くっ……間に合うか……!?」
連戦の疲れで流石に身体が重たい。
残った僅かな力を振り絞って駆け出す。
自分を殺そうとした相手なんて放っておけばいいのかもしれない。
それでも、そいつが俺の考えている通りの人間なら俺はもう一度手を差し伸べたい。
そう考えて落ちていく影へと手を突き出した。
「捕まえたぞ……やっぱり、あんただったんだな」
奈落へと飲み込まれる寸前に俺は彼女の手を掴み取った。
ネアン・エタルニア――この世界のラスボスにして、俺にとっても真のラスボスであった彼女が呆然と俺を見上げている。
「ったく……その無駄にデカい乳のせいで重てぇな……。聞きたいことは山ほどあるけど、まずは上がってくれ……」
そう言って、もう片方の手を差し出すが彼女は手を取り返そうとしない。
ただ力なくだらんとぶら下がったまま、虚脱した表情で俺を見ている。
「ほら、何してんだよ。早く――」
「……のせいで……」
催促する言葉を遮って、ネアンは恨めしそうな口調で何かを呟いた。
「何か言ったか? 言いたいことがあるなら外に出てからじっくり聞かせてもらうって言ってるだろ。ほら」
もう一度手を差し出すが、やはり彼女は手を取り返さない。
これまで呆然と俺を見上げていたその顔が次第に複雑な感情で歪んでいく。
そして、彼女は俺へと向かってこう叫んだ。
「貴方のせいで全部めちゃくちゃになっちゃったじゃないですか!! どうして一章が終わったのにシルバが生きてるんですか!! 貴方はここで死んで完成されるキャラなのに!!」
そう、俺の敵は最初からこの厄介なオタクが一人だけだったんだ。
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