第53話:最後の一欠片
「お前ら、どうしてここに……遠征任務に出てたんじゃ……」
二人とも聖堂からの命令を受けて来られなくなったはず。
黒弾の直撃を受けて昇天した自分の見ている幻覚かと思ったが、この全身を包む疲労感は間違いなく現実のものだ。
「レグルスがどうしても行きたいっていうから仕事を部下にほっぽりだして来ちゃった。後で一緒に怒られてねー! 私たちクビになる時も一心同体だもんね!」
てへっと舌を出しながら、やはり場の緊張感にそぐわない口調でセレスが言う。
「以前、先輩に断りの連絡を入れに行った際……平時と比べて呼吸回数、脈拍、発汗量等々が多かったのがずっと気がかりだったんです。何か重要な問題を一人で思い詰めているのではないか……であれば今日、先輩のところに駆けつけなければ自分は一生後悔するのではないかという気がして……。それでも聖堂の指示に逆らうかどうかは非常に悩みましたが……どうやら来て正解だったようですね。自分たちの知らぬ場所でこのような事態が発生していたとは……」
適当なセレスの説明を補足するように、詳細な理由をつらつらと並べるレグルス。
その気持ち悪さが今は何よりも心強い。
「そんで来たら来たでなんかやばいのいるし! なんなのこの状況は!? てか、とっておきの一撃だったのに今の喰らってほぼ無傷とか、もう既に帰りたいんだけどー……って、うひゃー!!」
自身に初めて損害を与えたセレスに対して、メディアードは怒りのままに黒弾を放つ。
「レグルス! お前はあのアホ女を守ってやれ!」
「はい! セレスさん! こちらに!」
「レグレグ、助けてー!!」
黒弾に追われるセレスがレグルスに背後に退避する。
レグルスの構えた大盾から再び光の盾が出現し、黒弾の雨を防ぐ。
「ぐっ……先輩、あまり長くは持ちません!」
「そんだけ持ちこたえてくれれば十分だ!」
これまでは五秒毎に細かく切り替える必要のあった対象を少しでも引き伸ばせるようになったのは大きい。
「ミツキ! アカツキ! 今がチャンスだ! 攻撃するぞ!」
「はーい!」
「了解」
レグルスが生んでくれた数秒を活かして、これまでは近づくことも敵わなかった敵に直接攻撃を仕掛ける。
敵も蝿を払うように、再び俺たちへと敵視を向けてくるが――
「おっと、そっちに気を取られるなら撃っちゃうよ~ん」
注意が逸れた一瞬の隙をついてセレスの発射した魔法弾が奴の体表面で種々の属性を帯びた爆発を起こす。
単体への高い火力と味方への防衛力。
予期せぬ二人の参戦が足りなかったパズルのピースを埋めるようにピタリと嵌まる。
下がりかけていた味方の士気も再び向上し、一気に持っていかれそうになっていた勢いを取り戻す。
俺たち高レベル近接組の攻撃が奴へと届くようになり、遂に――
――――――――――ッッ!!
「きゃっ!!」
「何だ!?」
メディアードの咆哮と同時に周囲から強い衝撃波が放たれる。
近接距離から一気に引き剥がされるが、これは次の段階へと進んだ合図でもある。
天を仰いで咆哮し続けるメディアードの胸元に大きな縦の亀裂が走る。
「うわっ! なにあれ! キモッ!」
亀裂の中から現れたのは奇妙に蠢く黒色の球体。
あれこそが『竜核』――竜種の魔物が持つ特有の臓器であり、その強大な力の源。
「怯むな! あれを破壊すれば俺たちの勝ちだ!」
「まじ? だったら今のうちに……バーン!」
無防備な胸元へと向かってセレスが銃撃を放つ。
着弾と同時に爆炎が発生し、竜核を包み込む。
「はい、楽勝……って、嘘ぉ!」
爆炎が消え、その向こう側から現れた竜核を見てセレスが驚嘆の声を上げる。
あれだけの一撃を受けても球状の核の表面にはかすり傷すらついていない。
「セレス、お前は後衛部隊に加わって俺たちが戦いやすいように援護してくれ」
「ういうい、下がる下がる……。あんなのと真正面から戦うなんてごめんだよぉ……」
「レグルス、お前はあいつに狙われてる奴を適宜守ってくれ」
「はい! 了解しました!」
途中参戦の二人に改めて指示を出してからメディアードと向かい合う。
核と呼ばれるだけあって竜核の表面は全身を包む鱗よりも更に硬い外殻に覆われている。
ゲーム的な性能としては単純な高防御力に加えて、遠距離攻撃に対しては追加の大幅な減算補正を持つ。
すなわちここからは必然的に俺たち近接火力組がメインの戦いになる。
それでも、このレベル差では破壊するには気が遠くなるような回数の攻撃を重ねる必要がある。
「カイル、まだへばってないよな?」
「当然、隊長こそ疲れたなら後ろに下がっててもいいんですよ」
「お前も随分と憎たらしい方向に成長しちまったなぁ……。ミツキとアカツキも大丈夫か?」
「まだまだだいじょーぶだよー!」
「私も行けるけど……。これはご飯とベッドの質をもう二段くらいは上げてもらわないと割に合わないわね……」
「……検討しとく」
咆哮を止めたメディアードが再び俺たちを睥睨している。
強者の余裕か、来るならかかってこいとばかりにこちらの出方を窺っているようだ。
「行くぞ! これが本当に最後だ!」
決着をつけるため、メディアードへと向かって突貫する。
第二段階になるとこいつの挙動は大きく変わる。
まず主力攻撃の黒弾は第一段階ではこちらの動きに合わせて徐々に照準を合わせてくる形だったのが、第二段階では偏差撃ちの攻撃に変化する。
基本的にはアラカリの糸と同じ対処法ではあるが弾速と威力は桁違い。
更には全基本属性の高位階魔法を無詠唱で発動してくるときた。
しかも、その全てが発生の予兆を目視してからでは防御・回避が間に合わない。
被弾を完全に防ぐには予兆の予兆を予測する必要がある。
「黒弾が右から来るぞ! 左に旋回しろ!」
上部右翼から黒弾が発射される場合は右上腕の動きを。
「次は火属性魔法が来るぞ! 後衛陣は属性対応の防御を取れ!」
魔法攻撃の場合は竜核が僅かにその属性色を帯びるのを。
微かな予兆を感じ取って、仲間に適切な対処を指示する。
それらを掻い潜って接近すると、今度はバリエーション豊富な近接攻撃の大嵐。
薙ぎ払い、叩きつけ、踏みつけ、掴み。
どれもこのレベル差では当たればひとたまりもない攻撃を、僅かな予兆から予測して回避指示を出していく。
近接戦闘状態がしばらく続くと、再び全身から衝撃波を放って強制的に距離を取らされる。
そうなればまた面倒な弾幕を回避して近づくところからやり直し。
この行動パターンを考えた奴は史上最低のクソ野郎だ。
そして、追加行動の中で最も厄介なのが――
「
竜核が不気味に脈動するのが見えた瞬間、後衛も含めた仲間全員へと回避行動を促す。
直後、上下に大きく開かれた口腔から猛烈な勢いで黒色の火炎が噴出された。
竜の息吹は竜種や単体の強度によって性質は異なるが、メディアードのそれは防御不可軽減不可の超高威力広範囲無属性攻撃。
当たれば文字通り即死の一撃が身体の横を掠めていく。
冷や汗をかきながら背後を見やると、仲間たちも全員無事に回避したようで安堵する。
第二段階からはランダムな周期で放たれるこの攻撃にも警戒しなければならない。
こいつの
当然、残存する黒炎に触れれば同じように軽減不可の大ダメージを受ける。
閉鎖空間の状況下では戦闘が長引けば長引くほど行動範囲が大きく制限されていく。
つまり事実上、この戦いにおける制限時間としても機能する。
「お前らは出来るだけ奴の視界外に行くように動け! 正面は俺が陣取る!」
出来るだけ自分が敵視を取って、息吹の方向を誘導する。
黒炎はなるべく重なるように吐かせて制限時間を一秒でも伸ばしたい。
何度も何度も、僅かなミスすら許されない行動を繰り返していく。
仲間たちも皆、少しずつ敵の行動を覚えて俺の指示無しでワンテンポ早く動き始める。
各々が持てる力の限りを尽くして、竜核に少しずつだがダメージを与えていく。
俺が一撃を加えて、奴の敵視がこちらへと向いた瞬間に今度はカイルが一撃を入れる。
ミツキとアカツキは敵を翻弄しながら上弦で本体に出血を入れて、攻撃力の上がった下弦で核を攻撃している。
この絶望的な戦力差でこれだけの善戦を繰り広げられているのは奇跡と言っていい。
だが、それでも奴を倒すにはまだ奇跡が足りないらしい。
竜核へと何度も槍を突き出すが、その度に強固な外殻によって弾き返される。
度重なる連撃に耐えきれなくなった穂先に小さな亀裂が走る。
こちらが積み重ねているダメージよりも味方の消耗が次第に上回っていく。
完成形が見えているのに、後一欠片のピースが足りていないもどかしさ。
そして、その決定的な綻びが遂に表層へと出始めてしまった。
「カイル! 大丈夫か!?」
「だい、じょうぶ……です。まだ、このくらいで……」
近接攻撃を避け損なったカイルの脚部装備が損傷し、内側から血が漏れ出ている。
直撃ではなかったとはいえ、明らかに軽症ではない。
あの状態ではこれまで通りの戦いが出来ないのは明白だ。
更にカイルだけでなく、ミツキとアカツキの二人も動きに精彩を欠きつつある。
雑魚との連戦から始まった長期の戦いに仲間たちの疲労は極限を迎えつつあった。
なんとか無駄なく誘導してきたが、黒炎も既に地下の大半を覆い尽くしている。
事実上の制限時間までは後数分も残されていない。
ここまで来たのに諦めたくないが、最後の一押しがどうしようもなく遠い。
竜核にはいくつかの傷がついているが、本体はまだ無尽蔵の力を持て余すように暴れ続けている。
光明が見えないまま、選択の時は訪れようとしている。
諦めたくない。諦めたくはないが……現実問題として仲間だけは無事に撤退させるにはここが分水嶺かと考えた時だった。
「兄貴ー!!!」
入り口の方から聞き覚えのある声が響いてきた。
こんなところでありえないはずのその声に、つい戦闘の最中であることを忘れて振り返る。
そこには俺に失望して去ったはずのロマの姿があった。
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