第52話:エンドゲームボス
具現化した絶望を目の当たりにして言葉を失う。
断層はその規模に応じて五段階に名称分けがされている。
有史以来最大級の物にのみ用いられる
そのどれもが王国を亡国の危機へと陥れ、完全な排除ではなく多くの犠牲を伴う封印という形で対処されてきた。
ゲームでは一部DLCシナリオを除いて全てが
今この場にいるのは俺を含めても平均レベルが30程度の20人強。
強力なバフがかかっているとはいえ、戦力は全く足りていない。
どのボスが出てきたところで勝ち目は絶無。
他の皆も俺と同じように天を仰ぎ、見たこともない巨大な断層に言葉を失っている。
僅かな希望をかき消すように、万象を震撼させる咆哮が鳴り響いた。
直後、断層の向こう側から巨大な黒竜が空洞の中央へと降り立つ。
残響を守っていた神殿がその巨体に踏み砕かれる。
事態を見守っていた隊員たちが慌てて崩れる瓦礫から逃れていく。
俺は少し離れた場所からその光景を呆然と見守るしかなかった。
――――――――――ッッ!!!
完全な顕現を果たした巨竜が再び咆哮する。
全身を覆う漆黒の竜鱗に、体躯の倍以上もある威圧的な四翼。
エンドゲームボスの一体――“終末を告げる黒竜”メディアード。
そうでなくとも絶望的な状況で、更にこの閉鎖空間で最も戦いたくないボスを引いてしまった。
皆になんとか指示を出さなければと思いながらも、受け入れがたい現実に言葉が出てこない。
通常プレイなら平均レベル80以上の部隊を複数運用して戦うボス。
設定上では数百年前に現れて、この国を亡国寸前まで追い込んだ災厄そのもの。
現状でまともな対処法は思い浮かびさえしない。
だが、これが俺の死を望む運命とやらの末の出来事なら自分が犠牲になればストーリーは正しい流れに戻るかもしれない。
そうすれば最悪、あいつらだけは助けられるのか……?
思考は既になんとか仲間たちだけでも無事に生還させる方へと進み始めていたが――
「隊長、早く次の指示をくださいよ」
側にいたカイルが俺に向かってそう言った。
「指示って……」
「隊長ならあれの倒し方も知ってるんですよね? その前世の知識がどうとかで」
まだ微塵も諦めていない口ぶりで聞かれる。
「ダメだ。そんな分の悪い賭けにお前らの命を使うわけにはいかない」
カイルの目を見据えてきっぱりと拒否する。
確かに、この頭の中にはEoEに出てくる全ての敵の攻略情報が叩き込まれている。
かつて同程度の戦力でメディアードを撃破するチャートを組んだこともある。
しかし、あくまでそれは机上の空論で現実に成功させることは出来なかった。
成功には針の穴を通すようなギリギリの挑戦を、一度のミスもなく数百回以上連続で成功させる奇跡が必要になる。
「俺が奴をなんとかここで食い止めるからお前らは撤退だ。お前だってせっかく可愛い恋人が出来たのにこんなところで死んだら悔やみきれないだろ?」
俺が運命を受け入れる決断をすれば、この地下遺跡は正規ルート通りに崩壊し始めるはず。
流石のエンドゲームボスといえど、この規模の崩落に巻き込まれればひとたまりもないだろう。
「そりゃあ確かにまだミアとやりたいことはいっぱいありますよ。あんなこととか……こんなこととか……」
「だったら、大人しく言うことを聞いて――」
「でも、隊長に正々堂々と真っ向勝負で勝つ前にこんなところで死に逃げさせるのなんてもっと勘弁ですよ」
「カイル……」
「それと、レイアが泣いてるところも出来ればあんまり見たくないんですよね。一応、前世の元カノみたいなんで」
冗談と本音が半々に入り混じった口調で言われる。
周りを見ると、他の隊員たちも一切の諦念を見せずに武器を持って黒竜を見据えている。
どうやらまた余計な情報を知ってる俺の諦めだけが良すぎたらしい。
危うくまたぶん殴られるところだった。
「お前……いつの間にか男前になりすぎだろ」
「そりゃ主人公ですから」
そう言ってニッと笑うカイル。
主人公の折れない決意を確認し、俺も槍を強く握り直す。
「仕方ない奴らだな……全員! 今この瞬間から俺に命を全部預けろ! お前らのそれを俺が一番効率よく使ってやる!」
仲間たちへと向かって喉が張り裂けそうな大声で叫ぶ。
「何を今更……私たちとしては元より預けているつもりでしたよ」
当然だと一歩前に進み出たナタリアに呼応して隊員たちも次々と応じていく。
誰一人としてこの場から立ち去ろうと弱音を吐く者はいなかった。
「行くぞ! 銀の槍の加護があらんことを!!」
これまでと同じ鬨の言葉と共に戦闘を開始する。
敵はたったの一体。
しかし、この世界において限りなく強大な一体だ。
俺たちの戦意に気がついたメディアードは咆哮と共に四枚の翼を大きく広げた。
「全員、出来るだけ散り散りになれ! 絶対に足を止めるな!」
広げた翼から凝縮された魔力が大量の黒弾となって射出される。
メディアードの黒弾はアラカリの糸と違って偏差ではなく、対象の現在地へと向かって発射される。
つまり基本的には移動状態であれば当たらないが、照準は少しずつ修正され初弾の発射から五秒後にはどれだけ高速で移動していたとしても確実に対象を捉える。
「タニス! 狙われてる奴の姿を適時煙玉で隠してやれ!!」
「ぎょ、御意!」
タニスに指示を飛ばして、現在攻撃対象となっている者へと向かって煙玉を投げさせる。
もくもくと立ち昇る煙で対象を見失ったメディアードは執着せず即座に対象を切り替える。
第一段階の戦いはこの煙玉を使ったヘイトコントロールで攻撃を凌ぎながら、手の空いた者が攻撃を仕掛けることでダメージを積み重ねていく。
「後衛陣は隙を見て適時攻撃しろ! 前衛陣も出来るだけ奴の後ろに回って攻撃を重ねていけ!」
走り回って敵の注意を引き付けながら一瞬の機会を見逃さず各員に攻撃指示を出していく。
まるでドラムを叩きながらギターとベースを演奏しているようなマルチタスクに脳が悲鳴を上げる。
しかし、一瞬たりとも気は抜けない。
黒弾の威力は先の戦いで倒したアラカリの糸とは比べ物にならない。
圧倒的なレベル差によって一発でも当たれば致命傷になる。
「ファス! 詠唱に時間をかけすぎるな! 小技でもいいから確実にダメージを積み重ねていけ!」
詠唱の長い大技で大ダメージを与えたいのは確かだが、運悪く詠唱中に狙われれば一巻の終わりだ。
とはいえ、このまま小さくダメージを積み重ねていく方法では時間がかかりすぎるのも事実だ。
薄氷の上に張られた細い綱を渡るような戦いを長く続けていれば、いずれ惨事は発生する。
せめて
今はある物をフルに活用して戦うしかない。
「カイル! それにミツキとアカツキも! 俺たちで出来るだけ奴の狙いを受けるぞ!」
俺たち高レベル組であれば、数発までの被弾を許容出来る。
俺とカイル、ミツキとアカツキの四人を中心に出来るだけ後衛が狙われないように敵の注意を交互に引き続ける。
「くそっ……こんだけやってもビクともしてないな……」
現状はなんとか後衛陣に被害なく戦闘を継続出来ているが、それは逆に言えば気にされるほどのダメージを与えられていないとも取れる。
実際、何度も魔法や弓矢による攻撃を受けながらも奴の動きは全く鈍っていない。
レイアやナタリアのバフがあってもまだ火力が全く足りていない。
俺たちが隙を見て攻撃出来れば良いが、後衛を守る囮になっているせいでなかなかそのタイミングが掴めない。
せめて、同程度の戦力の奴が後何人かいてくれれば……。
このままだと次のフェーズへと移行する前にこっちの体力が限界を迎えてしまう。
そして、その綻びはすぐに訪れた。
疲労からかタニスの煙玉の使用がほんの僅かに遅れてしまった。
煙が発生する前に攻撃対象へと向かって回避不能の黒弾が発せられる。
「ナタリア!!」
その名を叫んで守りにいこうとするも、散り散りになって戦っていたのが災いして距離が遠い。
これでは俺が間に割って入るよりも先に黒弾がナタリアを捉える。
頭の中で瞬時にダメージ計算をするが今のナタリアの体力では直撃に耐えられない。
引き伸ばされ続ける一瞬の最中にあらゆる対抗策をシミュレーションするが、最悪の事態を回避出来る方法が全く見つからない。
万事休すか――。
駆け寄るのではなく、ブリンクスキルで瞬時に黒弾とナタリアの間に割って入る。
「た、隊長!? 何を!?」
攻撃と自分の間に割って入ってきた俺を見て今度はナタリアが叫ぶ。
間には入ったものの、ブリンクスキルの使用後硬直のせいで防御は出来ない。
このまま続く全弾の直撃を受ければ流石の俺でもひとたまりもない。
これ以上は何も出来ない中、ただ目を瞑ってその時が訪れるのを待つが――
一秒、二秒、三秒経っても着弾の気配がない。
まさか外した?
いや、それはありえないはずだと目を開けると眼前に大きな光の盾がそびえ立っていた。
「これは、まさか……」
続いて目に入ったのは着弾の衝撃で立ち昇る土煙の中に立つ一人の男。
その肩には第一特務部隊の隊長であることを示す大盾の紋章。
「すいません先輩、遅れてしまいました!」
黒弾を防いだレグルスが苦悶の表情を浮かべながらも俺に向かって謝罪の言葉を紡ぐ。
「遅れてって……なんでお前がここに……。いや、話は後だそれよりも今は――」
突然の闖入者も意に介さず、メディアードは更に追撃の黒弾を放とうとするが――
発射される寸前に、今度は奴の胴体を捉えた何者かの攻撃が連続で爆発を起こしていく。
――――――――――ッ!?
不意を突かれた側面からの攻撃に巨竜が初めて怯む。
正面にいる俺たちから意識を外して攻撃者の方向へと向き直る。
「やば! こっち見てるんだけど! ひえ~! こわ~!」
場の緊迫感にそぐわないおちゃらけた声が空洞内に響く。
高台に陣取って長銃を構えるその女の肩には、第四特務部隊の隊長である銃の紋章があった。
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