第51話:覚醒
「カイル、そのまま戦えるか?」
「もちろん、そっちこそ足を引っ張らないでくださいよ」
「前世が世界を救った英雄だからってあんまり調子に乗るなよ。こっちの前世はハードコアスピードラン世界一位のゲーマーだぞ」
「なんすかそれ……?」
同じく槍を武器にした者同士。
敵陣のど真ん中で背中を合わせて立ち回る。
今の時点で敵のレベルは既に20を越えている。
本来であれば隊員たちを守るために孤軍奮闘するシルバの強さをプレイヤーが再認識し、続く彼の死を嘆くことになる場面。
しかし、今は俺に次ぐ強さの三人がこの場にいる。
一人は今目覚めたばかりの主人公カイル・トランジェント。
上位クラス相当の特殊クラスを獲得しているだけでなく、記憶の一部を取り戻したことでその力は更に増している。
銀の槍を片手に魔物を蹂躙していく様は英雄というよりもまるで暴虐の獣。
視界に入った敵の命を片っ端から貪り尽くしている。
もう二人はDLC産の元暗殺者姉妹。
集団行動は得意でないと最初から隊とは協調せずに、この大空洞内を縦横無尽に駆けながら戦っている。
「ミツキ! パス!」
「はーい! サクっと!」
自前のユニーク双短剣『冥月』がまるでジャグリングでもしているかのように互いの間を行き来している。
型に全く嵌まらないその戦い方はまるでサーカスでも見ているようだ。
三人ともレベルは40を越えて、この時点では逸脱した強さを持っている。
次の関門はレイアが目覚めるまで凌ぎ続けること。
それには俺とこの三人の働きがかかってくる。
「凍りつけッ!!」
キナリ平原で習得した氷属性の術技を中心に敵陣のど真ん中で大立ち回りを続けるカイル。
更に断層由来の種々の魔物からもその場で新たな術技を学び、今この瞬間にも強くなり続けている。
その勇猛な戦いぶりを見て、もし俺がここで死んだとしてもこいつは最高の結末を迎えてくれると確信した。
「もちろん……死ぬつもりはないけどな!!」
俺も負けじと槍を振るって迫りくる敵を撃退する。
カイルが過去の追体験を終えて現在へと戻ってきたということはレイアが目覚めるのもそう遠くない。
この調子なら第二関門の突破も容易い。
そうして無心で戦い続けて、倒した魔物の数がちょうど三百匹に達した頃――
二人が残響に触れた時と同じ耳をつんざくような高音がまた一帯に鳴り響いた。
中央へと目を向けると役目を終えた残響が霧散して、レイアがその場で気を失うように膝をつく光景が映った。
「レイア! 大丈夫!?」
側にいたミアがレイアのもとへと駆け寄ってその身体を支える。
すぐに戦線復帰出来たカイルと違って、彼女は記憶の奔流に耐えきれずにしばらく目を覚まさない。
そして、問題はここからだ。
残響が消失してレイアの意識が現世に戻ってきた直後に敵の襲撃はピークを迎える。
その時の敵のレベルは30を超え、中には40にもなる個体まで出現し始める。
本来の流れなら俺たちはそこで撤退を余儀なくされる。
だが、追ってくる敵からあの長い道中を逃げ切るのは困難。
そこで唯一60レベルを超えて、依然として敵を圧倒出来る俺が殿となって仲間を逃がす選択をする。
自分の命を犠牲に、カイルたちに未来の希望を託して。
それが俺の知っている第一章の結末だ。
しかし、今回はその未来へと辿り着かないように進めてきた。
それは自分だけでなく、全員の意思だと昨夜の決起集会で俺は知った。
つまりここで選ぶべき選択肢は――
「全員、気合いを入れ直せ! まだまだ気を抜くな! こっからが本番だぞ!」
向こうの物量が底をつくまで徹底抗戦だ。
「おおーーーっ!!」
俺の檄に全員が呼応する。
何かを諦めようと少しでも考えている者はこの場に誰もいない。
『誰も欠けることなくこの苦難を乗り越える』
昨夜の決起集会を通して俺たちは互いの意思を確認し合った。
その結果、得られた力は単なるレベルやステータスでは計り知れない。
「一人で無理をしようとするな! 出来るだけ近くの奴と協調して戦え!」
敵の強さは既に多くの隊員たちを個として上回りつつある。
しかし、一対一で勝てないなら1+1を3にも4にもすればいい。
そう出来るように俺たちはこれまで訓練を積み重ねてきた。
「流石に少しずつ押されてきたな……ミア、レイアの様子はどうだ?」
一旦、拠点まで引いてレイアの様子を確認する。
彼女はミアに肩を借りながら一歩一歩と辿々しく段差を下りている。
自分の足元を見るほどに項垂れていて顔は見えない。
「意識はあるみたいなんですけど、何かをずっとうわ言みたいに呟いてて……」
「うわ言……? とにかく、戦えるような状態じゃないってことか……。まあいい、絶対に死なせるなよ」
やはり記憶が混濁していて戦闘が出来るような状況ではないようだ。
彼女の時空間魔法であれば、この場を切り抜ける重要な戦力を担えるが仕方ない。
そう判断して、再び戦場へと舞い戻ろうとした時だった。
後方からこれまでに感じたことのない凄まじい魔力の圧を感じた。
驚いて振り返ると、ミアに肩を借りずレイアが自分の両足でしっかりと立っていた。
物理的な干渉を起こすほどの凄まじい魔力の奔流が彼女の透き通るような白い髪を神々しく持ち上げている。
その立ち姿には既に伝説の英雄である賢者レナに匹敵する貫禄がある。
そんな彼女の方から魔力とは別に、ぼそぼそと何かを呟いているのが聞こえてきた。
「……ったら……んと……ート……ったら……んと……ート……」
ぼうっと焦点の合わない虚ろな目で虚空を見つめながら、同じ言葉をひたすら繰り返しているレイア。
隣にいるミアが何度も大丈夫かと声をかけているが応えることなく、ただ魔力と声を増幅させていく。
「無事に帰ったら隊長さんとデートが出来る……無事に帰ったら隊長さんとデートが出来る……」
虚ろだった顔つきが徐々に蕩けてニヤケ面へと変わっていく。
続けて彼女は先刻カイルがそうしたのと同じようにすぅっと息を吸い込んだ。
「あわよくばお泊まりも!!!」
そして、空洞中に響き渡るような大声で叫ぶと同時に彼女の魔力が爆発するような広がりを見せた。
「こいつは……驚いた……」
俺を含めた全部隊員たちの身体を包み込んだ高濃度の魔力の正体は、そのステータスを確認して一目で分かった。
時空間魔法の秘術『曙光の祝福』。
その効果は対象が将来的に得られる潜在能力を引き出す――つまりは一時的なレベルの上昇。
習得条件は全ての残響に触れて、完全な記憶と力を取り戻すこと。
要するに本来であればこの時点で使えるはずがない最終盤限定の最強バフスキル。
以前の俺なら『この段階でありえねぇよ! チートだ! チート!』とでも叫んでいただろうが、良きも悪きも何が起こるかなんて誰にも分からない。
これもレイアが恋愛脳の色ボケ女化したからこその奇跡的な必然かもしれない。
「忍法・華炎縄!」
「……ん゛ん゛っ!!」
単純かつ最も強力な効果を受けた仲間たちが、奪われかけた流れを再び取り戻す。
「ナタリア、お前も負けてられないな!」
「では、お望み通りにもっと激しくいかせてもらいます!」
敵のレベルは更に上がり続けているが、こちらもレイアやナタリアをはじめとした強力なバフ効果を受けて敵を圧倒し続ける。
「ミア! 俺の道をこじ開けてくれ!!」
「分かった! ホーク、カイルの援護を!」
そうして少しずつではあるが断層の数が減りはじめてきた。
「身体かるーい!」
「ミツキ! 前、前!」
無尽蔵の戦力を持っていたかのように思えた敵は明らかにその勢いを失いつつある。
俺の死を望んで立ち塞がっていたはずの運命とやらが遂に道を開けはじめた。
「あれは……総隊長! 0時の方向に大きな断層が!!」
ミアの報告があった方向に目を向けると、一際巨大な黒い渦が蠢いていた。
各章の大ボスクラスの魔物が出現する断層。
どうやら向こうも切り札を使わざるを得ない状況まで来たらしい。
「あれは俺がやる! お前たちはそのまま自分の持ち場を崩すな」
仲間が作ってくれた活路を切り開いて大断層の下まで駆けていく。
「さて、何が出てくるか……」
巨大な黒渦の中から同じく巨大な魔物がこちらへと一歩踏み出す。
その姿が全て露わになる前に一足先立って、複数の黒い球体が飛び出してきた。
宙に浮く繭のようなその物体から、まるで糸が解かれるように無数の黒線が射出される。
「うおっ! あぶねっ! この攻撃は……あいつか!」
地面に突き刺さった先制攻撃を避けると共に敵の正体を判別する。
現れたのは不気味な女の上半身が付いた巨大な蜘蛛。
禍津蜘蛛アラカリ――メインストーリー第八章で登場する大ボスの一体だ。
そんな強敵が
――――――――――ッ!!
人の言語ではない叫び声を上げながら登場時と同じ攻撃を連続で繰り出してくる。
こいつの行動パターンは遠距離時と近距離時で大きく変わる。
遠距離時は今のように黒い糸による刺突攻撃――通称『糸ビーム』をひたすら連発して近寄れないようにしてくる。
糸ビームはこちらの動きを予測していわゆる『偏差撃ち』をしてくる。
等速の単調な動きは確実に咎められ、一発でも当たれば行動速度低下のデバフも受けてしまう厄介な攻撃だ。
だが、もちろん回避方法も分かっている。
本体から目を離さず、周辺視で宙に浮く全ての球体を見据える。
そうして発射の予兆を感じ取った瞬間に移動を逆方向へと切り返す。
俺の急な方向転換に追いつけなかった糸が何もない地面に突き刺さった。
そのまま稲妻のようなジグザグ移動で全ての攻撃を回避しながら接近する。
「近くで見ると、びっちり生えた産毛が気持ち悪いな」
高解像度のアラカリに若干の感動を覚えながら次の段階に備える。
近接距離になると今度は八本の手足を巧みに使った近接攻撃を仕掛けてくる。
――――――――――ッ!!
「いちいち金切り声を上げるな! ヒステリック蜘蛛女が!」
鼓膜が破れそうな金切り声を間近で受けながら攻撃を捌いていく。
スラっと伸びた細長い見た目の脚に騙されがちだが、主な攻撃方法は頭上からの突き刺しで判定は小さな点。
雨のように降り注いでくる攻撃の中で重要な一点だけを潰せば安全地帯を確保出来る。
数多に存在する攻撃パターンに応じて、どの一撃を潰せばいいのかは全て頭の中にインプットされている。
攻撃の合間を縫ってこちらからも着実にダメージを積み重ねていく。
後半の章ボスだけあって流石に硬いが、一章時点で規格外なのはこっちも同じ。
加えて前世の知識というチート持ちだ。
あっという間に追い込まれたアラカリが近接戦闘を嫌って後方へと退く。
それは大技の合図だが、残り体力が少ない証左でもある。
ブリンクスキルを使用して即座に敵の懐へと飛び込む。
使用後に僅かな硬直が発生するデメリットのあるブリンクだが、向こうも大技のタイミングであれば反撃はない。
【
一手先に最高火力スキルを弱点である人間部分の胴体へと叩き込む。
大技発動直前の隙を突いた会心の一撃が敵の身体を貫いた。
「だから、うるさいって言ってんだろ……」
耳が痛くなるような断末魔の叫びを上げて巨体が地面に倒れ伏す。
槍を引き抜いて次の敵を探そうとするが、これまで激しく鳴り響いていた戦闘の音がいつの間にか聞こえなくなっていることに気がついた。
消えゆくアラカリの死骸を前に空洞内を一望する。
俺がボスと戦っている間に、大勢は決していた。
仲間たちの手によって倒されていく魔物たち。
無数にあった断層も僅かな数だけを残して次々と消失していく。
「終わった……のか?」
次々と消失していく断層を見渡しながら呆然と立ち尽くす。
EoEプレイヤーであれば誰もが一度は夢に見たシルバの生存という未来。
それが今、現実になろうとしている。
去来する大きな感動に、ただただ立ち尽くしてしまう。
「これで……終わりだ!!」
カイルが最後に残った一匹を倒して、遂に全ての断層が消滅した。
足を踏み入れた時と同じ静寂が空洞内に再び生まれる。
この言葉に出来ない感動をみんなと分かち合うために駆け出そうとした時だった。
まるで太陽が雲に覆われた時のような影が一帯に落ちる。
「……ん? 影? なんで――」
壁面そのものが光源となっている地下でどうしてだと天を仰ぐ。
そこにあったのは広大な天井を覆い尽くすほどの巨大な黒い渦。
「嘘……だろ……」
やはり、世界はどうしても俺をシナリオ通りに殺したいらしい。
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