第50話:決戦開始

 地面を蹴って跳躍し、最も近くの断層から出現した亜人型の魔物の胴を貫く。


「まずは二人の意識が戻るまでとにかく凌げ! 視界に入った敵は全部ぶっ殺せ!」


 一番槍を為した勢いのままに隊員たちを鼓舞する。


「ホーク、周囲の状況確認を!」


 ミアが空洞内に精霊の鷹を飛ばし、共有した視覚でその全体状況を確認する。


「発生した断層の数はおおよそ四十!」


 これまでに見たことも聞いたこともない数の断層。


 しかし、事前に戦いの規模を伝えたおいたことで隊員たちに動揺は無い。


「まずはこの中央部を拠点として、内と外の二重防衛陣を作って二人を守り抜きます!」


 俯瞰視点で即座に状況を確認し終えたミアが隊員たちへと指示を出す。


 カイルとレイアが無防備でいる間は打って出るよりも拠点を作って守りを固める。


 尋常ではない数の敵を前にして冷静で的確な指示だ。


 さて、お次は……


「ナタリア、オンステージだ!! お前の全てをここで曝け出せ!!」


 直属の部下であるナタリアには俺から直接命令を出す。


 彼女は俺を見て、小さく頷くと隊列から一歩進み出た。


 魔物の群れへと向かって勇敢に仁王立ちするナタリア。


 そのまま彼女は何のためらいもなく、自らの身体を包む隊服に手をかけてそれを一気に脱ぎ払った。


 同時に精悍な女騎士の上っ面をも脱ぎ捨てて、その下から稀代の踊り子が姿を現す。


 胸の中心部分だけをギリギリ隠してるだけのマイクロ衣装に身を包み、女体の黄金比と呼ぶに相応しい均衡の取れた肉体が惜しげもなく晒された。


 あの高潔な副長がなんてあられもない姿をしているのだと、隊列を為した隊員たちからも『おおっ!!』という地鳴りのような歓声が上がる。


 流石に大胆すぎたかと恥じらいに頬を染めながらもナタリアは続けて咆哮する。


「貴様ら! 私にここまでやらせたんだ! 勝利以外は許さないからな!」


 踊り子状態での固有スキル『戦乙女の号令』の効果は覿面てきめん


「おおーーーーッッ!!!!」


 情欲と士気を掻き立てられた隊員たちから世界を揺るがすほどに大きな歓声が上がる。


「ピアース総隊長!」


 魔物の群れと接敵する直前、自らも弓を構えて戦闘準備を整えたミアに呼びかけられる。


「細かい指示は私に任せて貴方は思う存分に暴れてください!」


 彼女は続けてそれが最高の作戦だとばかりに笑顔で言った。


「了解!」


 俺も同意見だと槍を強く握り直す。


 そのまま振り返りつつ、すぐ側まで迫ってきていた魔物群へと向かって槍を一薙ぎする。


 横一列に並んでいた四匹の亜人型魔物がバラバラに砕け散って吹き飛ぶ。


「隊長に続けええええっ!!!」


 それを見て奮起した隊員たちも近くにいる魔物と戦闘を始めた。


 最初の段階で出てくる魔物は大半がレベル一桁の雑魚ばかり。


 俺はもちろんのことプロローグからここまでの間、鍛えに鍛え上げた隊員たちの敵ではない。


 だが、一匹一匹は雑魚とはいえその数が尋常でない。


 四十以上の断層から出現する魔物の数はその十倍以上。


 一匹を斬り伏せてもその後ろから即座に次の一匹が襲いかかってくる。


 断層の発生源である統率者個体を倒しても新しい断層は次々と生まれてくる。


「これで……十っ!」


 敵群の中心で巨大な甲虫型の統率者個体の脳天を貫く。


 この戦いにおける俺の役割はひたすら統率者個体を倒して断層の数を抑えること。


 しかし、これで処理した断層は十個目になるがその数は全く減っている気がしない。


 邪神の奴、二千年ぶりに仇を見つけたとはいえ張り切りすぎだ。


 しかも新たな断層が出現する度に、敵はその強度を増していく。


 元が強制敗北イベントとはいえ、理不尽極まりない。


 それでも泣き言を言っている暇はない。


 消えゆく死骸から槍を引き抜いて次の敵へと向かう。


「次は、ちょっと遠いな……タニス!! あそこまで道を作ってくれ!!」


 乱戦に紛れてちょうど近くまで来ていたニンジャ装束の男に槍で方向を指し示す。


「御意! 土遁・地走!」


 クラスに口調が引っ張られつつある男が一枚の札を示した方へと投げる。


 札が触れた地面が隆起し、目標まで至るアーチ状の簡易な足場が生まれる。


 タニス・ウェイピープル Lv28 クラス:ニンジャ Lv12


 全キャラ中で最も低い平均ステータスと武器適正を持つネタ枠キャラの一人。


 そんな愛されネタキャラを一気に万能キャラへと昇華する方法が存在している。


 それは固有パッシブスキル『愚者の知恵』を活用する方法。


 『愚者の知恵』は各種消費アイテムの効果を増加させるスキルであり、道具を主体に戦うニンジャクラスと相性が良い。


 更に今回はカジノ&闘技場での膨大な金策を組み込むことで高価な消費アイテムを無尽蔵に使用出来る下地を整えておいた。


 そうなった今のあいつはネタ枠ではなく、貴重な戦力の一人だ。


 陸橋を渡って敵へと向かいながらタニスの戦いぶりを横目に見る。


 大量の忍術札に大量の忍び道具、更には各種ドーピング系アイテムまで。


 毎秒、万単位の金をばらまくような戦法で敵を翻弄している。


 ……この戦いが終わったら給与からいくらか引いておこう。


「次!!」


 四脚獣型の魔物を背中から串刺しにしつつ次のターゲットを探すと、遠距離から魔法で攻撃している飛行単眼種イビルアイたちの一団が目に入った。


 しかし、そこにまでの道筋を大量の魔物が防衛陣を張っているかのように遮っている。


 突破は可能だが、魔法を使う厄介な連中は一秒でも早く潰しておきたい。


「ファス! 手前の連中を蹴散らしてくれ!」


 こちらが築いている防衛陣の後列で長い詠唱を行っている一際大きな男に向かって叫ぶ。


 彼は『ん……』と短く喉を鳴らすような挙動を以て応えた。


 ファス・トールマンLv30 クラス:呪術師Lv14


 巨人族の血を引く半亜人である彼は見た目通りの高い筋力値を持ち、最終的には作中でも最上位の数値になる。


 通常であればステータス通りの近接戦闘クラスにして頼れる前衛火力として運用するのが常道。


 しかし、その高い筋力値を全く別の方法でより活かせる方法が存在している。


 それはユニーク装備『奇書チカラノミコン』を使う方法。


 この装備には『装備者の筋力値が呪術系攻撃スキルのダメージを上昇させる』という独自効果が付与されている。


 これにより作中屈指の高い筋力値と意外に低くない魔力値を持つファスは、攻撃系呪術スキルに関して同レベル帯で最強の威力を発揮できるようになる。


「……ん゛っ!」


 詠唱を完了させた彼の広範囲攻撃呪術が敵を襲う。


 地面から多数の黒い手が伸び、敵の群れを影の中へと引きずり込んでいく。


 抵抗しようと必死に藻掻いている魔物を足場にして、飛行単眼種の群れへと飛びかかり連中を一掃した。


「よ……っと、さてお次は……」


 着地して次の目標を探すために辺りを見渡すと、そこはナタリアの戦闘域だった。


「ナタリア、調子はどうだ?」

「この上なく上々です! 貴方が見出してくれた才のおかげで!」


 短曲剣を片手に次々と敵を斬り伏せていくナタリア。


 まさに蝶のように舞い、蜂のように刺すその戦いぶりは戦闘中であることを忘れてつい見惚れてしまう。


 踊りのバフとは違う効果でやる気が満ちてくる。


「肩紐がずり落ちそうになってるけど直さなくてもいいのか?」

「……些事です!」


 そう言いながらも若干恥じらいつつ彼女は更に苛烈な戦いの中へと身を投じる。


 踊りスキルの連携を華麗に決めて味方へのバフをばら撒きながら、自身も戦力の一人として魔物をなぎ倒して行く。


 戦場の熱気を受けて更に扇状的になっていく様は戦乙女の名に相応しい。


 今、服が少しズレてちらっと先端が見えた気がするのは黙っておいてやろう。


 俺が組み上げたビルドで理想的な成長曲線を描いてくれた隊員たちが、想定以上の活躍を見せてくれている。


 しかし、敵も一筋縄ではいかない。


 新たな断層が生まれる度に敵はますます強くなっていく。


 最初は五体の魔物を同時に相手出来ていた隊員たちもその数を四、三と少しずつ減らしつつある。


 今はまだ多少の余裕があるとはいえ、楽観視はしていられない。


 未だにこれは強制敗北イベントを乗り越えるという前代未聞の挑戦には違いないのだから。


「戦型が少し乱れ始めています! 余裕がある内にもう一度整えてください!」


 俺と同じように考えているのか、空を飛ぶ鳥獣型の魔物を弓で撃ち落としながらミアは隊員たちに陣形の再編成を求めている。


 一方で敵方も、無闇矢鱈に突っ込むだけでは勝ち目がないと学び始めたらしい。


 何らかの意志に呼応するように、異なる型の魔物群が更に大きな一団を為し始めた。


「今度は一気に来るぞ! 衝撃に備えろ!」


 俺が檄を飛ばした直後にそれらが一挙に襲いかかってきた。


 敵のレベルはこの段階では10代半ばに達している。


 このまま本隊と衝突すれば、多少の被害が出かねない。


 その前に俺が正面突破で向こうの陣形を崩せば被害を大きく低減出来るはず。


 思い描いた作戦を実行に移すために槍を構えて敵の集団と向かい合うが――


 俺が動くよりも一手先に、敵集団の中央に上空から飛翔してきた何かが突き刺さった。


 それがかつて俺の物であった銀の槍だと認識したのと同時に、槍から広範囲に霜が奔り魔物の群れを飲み込んだ。


 まるで冬の訪れを知らせるような寒さが一帯を包み込み、ナタリアは特に寒そうにしている。


 突然の異変を皆が見守る中、槍の刺さった場所に誰かが着地した。


 着地の衝撃で凍りつき氷像と化した魔物がガラガラと音を立てて崩れていく。


「この主人公野郎! 後から来たくせに、人の見せ場を持っていきやがって!」


 良いところを持っていかれた悔しさと成長の喜びを言葉にしてそいつへとぶつける。


「すいません……まだめちゃくちゃ混乱してて加減が……。だって、賢者レナがレイアにそっくりで……彼女の守護騎士が俺にそっくりで……。正直言ってまだ少し疑ってたのが、全部本当で……本当に俺の前世が二千年前の英雄なんだって……」

「それで何か心境に変化はあったか……?」

「もちろんありますよ。あんなものを見せられたらあるに決まってるじゃないですか……。でも、これだけははっきりと言えます……」


 敵陣のど真ん中で槍を引き抜きながらカイルはすぅっと大きく息を吸う。


「前世がなんであろうと俺は俺! カイル・トランジェントだ! そして、俺の想いはただ一つ!! ミア、愛してるぞー!!」


 そして、こっちが恥ずかしくなるような恋人への愛を叫んだ。


 記憶の一部を取り戻しても尚貫いたそれが、寒気を一気に熱気へと反転させる。


『だってよ、隊長』

『末永くお幸せに』

『若いっていいなぁ……』

『こりゃ帰ったらご褒美をあげないとダメですよ』


 顔を真っ赤にしているミアをからかいながらも、若者の真っ直ぐな感情に当てられた隊員たちは更に士気を向上させる。


 まずは主人公カイルの目覚め。


 これで第一関門突破だ。

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