第48話:超絶めんどくさいクソメンヘラ女
一夜明けて遂に迎えた運命の日。
早朝から使者による呼び出しを受けた俺はある場所を訪れていた。
天永宮――永劫樹の巫女たちが住まう宮殿。
大理石で出来た荘厳な建造物が、ゲームで見たままの姿で眼前に鎮座している。
せっかくだから細部まで再現された意匠を観察したいところだが、そんな時間的余裕はないと奥へ進んでいく。
宗教的に重要な意味を持つ場所故か非常に厳重な警備が敷かれており、門を一つ潜るごとに足を止められる。
毎回毎回、身分証と入場許可書類の提出を求められるのは非常にめんどくさい。
そうして、四回の身分確認を受けたところでようやく本宮への入場が許可された。
案内兼監視役の女衛兵が付けられ、秘密の花園の奥へと通されていく。
男子禁制の本宮内は右を見ても左を見ても見目麗しい女性の姿しか見えない。
数人しか居ない巫女の侍女としてこれだけの女性を集めているとは、まるで大奥か後宮だ。
外界との接触がほとんどない向こうからしても男が歩いているのは珍しいのか、チラチラと珍獣でも見るような目を向けられる。
その好奇の眼差しに軽く手を上げて応えてやると女性たちは黄色い声を上げる。
まるで人気アイドルにでもなった気分で、文字通り穢のない純白の廊下をひた歩いて行く。
一分ほど進んだところで目的の場所についたのか案内の女が足を止めた。
「巫女様、ピアース特務総隊長が御出になりました」
「通してください」
大きな両開きの扉の向こうから俺を呼び出した人物の声が聞こえる。
女衛兵が開いてくれた扉を抜けて部屋へと入る。
そこは建物の外観やこれまで通ってきた廊下からは想像も出来ない質素な部屋。
最低限の用品しか置かれていない机の向こう側で巫女ソエルことラスボスのネアンが俺を出迎えた。
私室用の服なのか、普段の儀式めいたゴテゴテの服ではなくゆったりとしたドレスを着ている。
「おはようございます。ピアース総隊長」
「おはようございます。今朝も良い天気ですね。死ぬにはちょうど良い日だ」
俺の渾身の冗談を躱しながら、彼女はここまで案内してくれた女衛兵に退室を促した。
女衛兵は二人きりにすることに少し躊躇した様子を見せるも、主の命令に大人しく従って姿を消す。
「それで、今朝は如何なる用件で?」
廊下の向こうへと気配が消えていったのを確認してから用件を尋ねる。
もちろん何を言おうとしているのかは知っているので形式上だ。
「こちらを渡すようにと。陛下から貴方への予言書です」
彼女はそう言って、厳重な封がされた書簡を手渡してきた。
「陛下から直々の予言とは恐れ多い。はてさて……一体、何が書かれているのやら……」
表面上は惚けてみたが当然その中に何が記されているのかは知っている。
『予言の子らを連れて約束の地へと向かい、命を賭して残響と繋がりし彼らを守れ』
つまりカイルとレイアを連れて、ある遺跡の調査に赴けというクエスト。
俺の死亡イベントがこの瞬間を以て遂に開始されたというわけだ。
作中ではこの場面は描写されていなかったが、まさかこの女から予言書を受け取る形で開始されていたとは数奇な運命だ。
「……巫女殿は中を確認しましたか?」
「いえ、特定個人へと宛てられた予言書は当人以外が中を検めてはいけない決まりですので。ましてや陛下のそれを盗み見しようとは考えもしません」
「俺なら陛下の予言となれば好奇心に負けてしまいそうですけどね。さて、用件はそれだけなら早めにお暇させていただきましょうか。長居して巫女様と良からぬ逢瀬を交わしていたのかと勘ぐられても困りますので」
ともすれば不敬とも取られかねない軽口を叩いて退室しようとしたところ――
「……待ってください。まだ話が」
背後から呼び止められた。
「何でしょうか?」
再び振り返って彼女と向かい合う。
自分から呼び止めたにも拘わらず、彼女は次の句を発さずにじっと俺の顔を見ている。
禁術による不滅の肉体も、こうして傍から見る分には乳がやたらとデカいだけの普通の身体だ。
けれど、この女が世界を滅ぼそうとしている動機はその不滅の肉体にある。
首を斬り落とされようが、永劫の時が過ぎ去ろうが決して滅びることのない身体。
体内では生贄になった魂が荒れ狂い、目を閉じればその怨嗟の悲鳴が内から響く。
彼女の望みはそんな呪われた身体からの解放に他ならない。
これまでにあらゆる方法を試しては失敗を積み重ねてきた彼女が最後に辿り着いた究極の方法こそが、邪神の復活による世界の終焉。
世界の全てが滅びれば自分も終わりを迎えられるかもしれないという一縷の望みに最後の希望を託している。
つまりは世界を巻き込んで自殺しようとしている超絶めんどくさいクソメンヘラ女だ。
瞳の奥を覗き込めば、そんな全てを諦めている虚無主義的な不気味さが垣間見られる。
更に十秒程の静寂の後、メンヘラ女が瑞々しい唇を小さく動かした。
「お茶でもいかがですか?」
「……へ?」
想像もしていなかった誘いに、思わず間の抜けた声が出る。
「お茶はお嫌いでしたか? それでしたら珈琲もありますけれど」
「い、いや……まさかそんなお誘いを頂けるとは思ってなかったので少し驚いただけです……。巫女様が淹れてくれたものでしたら雑巾の絞り汁でも喜んで飲ませてもらいますよ」
動揺しつつも、まだまだ俺の知らない展開がこれだけあるのかと少し愉しんでいた。
「では少しお待ち下さい」
そう言うと彼女は奥の部屋へと行って、すぐに戻ってきた。
最初から用意していたのか、その手に湯気の立つカップを二つ持って。
「どうぞ、粗茶ですが」
「あぁ、ありがとうございます……」
差し出されたそれを受け取り、口をつける。
ほんの少し口に含んだだけで芳しい香りが鼻腔を満たしていく。
味の方も非常に美味く、庶民には手の届かない高価な茶葉を使っているのが分かった。
「お口に合いましたか?」
「ええ、巫女様が淹れてくれたお茶を飲めるのは今日死んでもお釣りが来るくらいの喜びです」
再び渾身の冗談を放つも、彼女は特段変わった反応を見せずにただ俺をじっと見ている。
そんな彼女の口からまたも衝撃的な言葉が紡がれた。
「では、もし……その予言に自分が今日死ぬと記されていたならば貴方はどうしますか?」
まるで中身を見たかのような言葉に息を呑む。
動揺を気取られないように落ち着いて書簡を確認するが開けられた痕跡は無い。
そもそも、もし中身を確認していればこの女は『予言の子』が誰なのかを特定して殺しにいくはずだ。
そうすれば彼女の悲願である世界を巻き込んだ壮大な自殺は成就されるのだから。
つまり今のは単に俺の冗談に対する戯れ的な質問が予言の中身と偶然合致しただけだと判断する。
「死の運命に対してどうするか……そうですね……。もしそれが絶対の予言だとしても、俺はきっと最期の瞬間まで抗うでしょう」
「永劫樹の予言に逆らうと?」
「はい、確かに定められた運命を覆そうとするのは永劫の徒としては失格かもしれませんが、俺が死ぬと泣く奴らが多そうなんでね。特に麗しい女性たちを泣かせてしまうのは何よりも大罪です」
「なるほど、それは非常に貴方らしい答えですね。戒律には反しますが、この場は公の聴聞会ではないので聞かなかったことにしておきましょう」
普段は全くと言って正の感情を示さない女がそう言って微かに笑った気がした。
カップになみなみと注がれた琥珀色の液体を一気に飲み干して、今度はこっちから尋ねる。
「では、巫女様ならどうされますか? もし、この先の未来で自分が悲劇的な末路を迎えるのが分かったとしたら……それに抗いますか?」
今日、俺がどうなったとしても彼女は近い未来にカイルたちと敵対する。
今のカイルたちであれば間違いなく、俺の助力がなくとも全ての困難を乗り越えてハッピーエンドを迎えるだろう。
それはつまりラスボスであるこの女の願いは決して叶わないことを意味する。
最終決戦においてカイルたちに敗れたこの女は、その不滅の身体を未来永劫燃え尽きない炎で焼かれ続けるという凄惨な結末を迎える。
同情的な出自と憎悪ではなくただ虚無を求めた動機から、彼女に対してもシルバと同じく救いを求める声は多かった。
それでも同じように隠し要素やDLCでの救済がなされることはなかった。
俺たちの境遇は本当によく似ている。
だから、その答え次第では手を差し伸べたいと考えたが――
「私は抗うことなく運命を受け入れるでしょうね」
彼女は一考する素振りも見せずに、俺が差し出した手を払い除けた。
「それが死よりも悲惨な結末だとしてもですか?」
「ええ、それがこの世界のあるべき形であるのならそうするべきでしょう」
「なるほど……その敬虔さには感服します。さて、そろそろ出動の時間だ。ごちそうさまでした」
空になったカップを机上に置く。
彼女の選択は今日を生きて乗り越えれば俺たちは敵同士になることを意味した。
「また誘ってください。今度はお茶ではなく食事にでも」
「ええ、是非」
社交辞令を交わして彼女に背を向ける。
そのままもう一度は振り返ることなく、俺は一章最後の戦いへと赴いた。
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