第47話:仲間

 もっと仲間を信頼しろ。


 アカツキにそう言われた俺はその夜の内に隊員たちを隊舎の講堂へと集めた。


 演説台に立つ俺の眼下では皆が『こんな夜中に一体何だ……』と口々に漏らしている。


 神聖エタルニア王国対魔陸軍第三特務部隊の隊員23名。


 全員がよく見知った顔でありながら、まるで初めてみるような新鮮さを覚える。


 いや、前世の記憶が呼び起こされてから俺は初めて本気で一人ひとりと向き合おうとしているのだろう。


「こんな夜中に集まってもらって悪かったな。実は俺からお前たちに話がある。大事な話だ」


 そう切り出すと、どよめいていた隊員たちが一瞬にして静まり返り俺に注視する。


 今から行うのは下手すれば全てを台無しにしてしまうかもしれない賭けだ。


 しかも仮に上手くいったとしても何かが変わる保証もない。


 それでも、アカツキに叱咤されたことで俺は皆に全てを伝える決意をした。


「実は俺には――」


 自分には前世の記憶があり、そこでこの世界に纏わる様々な情報を知ったこと。


 カイルとレイアは二千年前の戦争の際に邪神を封印した英雄の生まれ変わりであり、復活しつつある邪神を再封印するには二人に記憶を取り戻させる必要があること。


 俺が明日、二人が記憶を取り戻しに行く地下遺跡で命を落とすこと。


 近頃の奇行は全て、自身に立ちはだかる死の運命を乗り越えるために行っていたこと。


 本来ならまだこの時点でこの場にいる誰もが知る由もないはずの情報を全て吐き出した。


 素面しらふであれば到底信じられないような話のオンパレード。


 それでも馬鹿馬鹿しいと途中退席する者もなく、全員が最後まで黙って話を聞いてくれた。


「――以上だ。今の話を信じるも信じないもお前たちの自由でいい。ただ、明日の任務へと赴く前に知っておいて欲しかった」


 隊員たちへと向かって最後の言葉を紡ぐ。


 話の内容をまだ理解しきれていないのか、皆が呆然としている。


 しかし、その反応も仕方がない。


 逆の立場であれば、俺も絶対に信じないだろう突拍子もない話だ。


 しばらくの静寂が続き、まあこうなるよなと集会を解散させようとした時だった。


「隊長! なんでそんな大事なことをずっと黙ってたんすか! 水臭いっすよ!!」


 隊員たちの一人がそう叫んだ。


 タニス・ウェイピープル――元々は王都のスラムで安いチンピラをやっていた男だ。


 名を上げるために挑んできたのを返り討ちにして以来付き纏ってきて、いつの間にか隊員になっていた。


 今では古参の一人であるにも拘らず、若手をはじめ誰にでも気軽に接するムードメーカー的な役割を担っている。


「……俺たちをもっと信用してくれ」


 続いてそう言った巨躯の男はファス・トールマン。


 巨人族の血を引く寡黙な男で普段は『ん……』しか喋らないが、仲間想いで面倒見の良い性格である。


 そんな寡黙な男がしっかりと言葉を発したのを初めて聞いた。


 古参の二人が口火を切ったことで、他の隊員たちも次々と声を上げ始めた。


 パークス、ダリフ、リサン、カーン……。


 古い付き合いの者から比較的最近入隊した者まで。


 全員が俺の言葉を受け入れて、『隊長を死なせてなるものか』と奮起しはじめた。


「ね? だから言ったでしょ?」


 呆然と隊員たちを眺めていると側に来たアカツキがそう言ってきた。


「だって、この人たちってば訓練中もいつも貴方のためにって、どれだけ厳しくしても音を上げなかったのよ。ちょっと気持ち悪いくらいにね」

「……てっきり、お前のせいで妙な性癖に目覚めたからだと思ってた」

「まあ、それもちょっとはあるかもだけど」


 気恥ずかしさに戯けて答えると、アカツキもくすくすと笑いながら答える。


「お兄ちゃん!」

「ミツキ……」


 続いてミツキが駆け寄ってくる。


「話は何だかよく分からなかったけど、これからもお兄ちゃんのために頑張ればいいってことだよね? そうだよね? アカツキちゃんも一緒に!」

「はぁ……仕方ないわね。温かいご飯と柔らかいベッドのためにもう少しだけ利用されてあげる。貴方にはまだ借りもあるしね」

「二人とも……ありがとな。俺は兄孝行の良い妹を持ったよ」


 出来の良い妹たちに感謝していると、今度はレイアがおずおずとにじり寄ってきた。


「あ、あの……隊長さん……その、さっきの話……疑ってるわけじゃないんだけど……」


 自分が伝説の英雄の生まれ変わりで、これから再び邪神を封印して世界を救う使命がある。


 本来なら物語が進むにつれて少しずつ明らかになっていく真相をこの段階で突然知らされた。

 

 今の彼女の複雑な心境とその双肩にかかる重圧は推し量れない。


 その心労を少しでも和らげてやるのはここで明かした俺の役目だ。


「いきなりあんな話を聞かされて戸惑うのは分かる。でも、君が――」

「今の私とカイルは何もないから! こ、こいび……だったのは前世のことだから! 今は違うから!」


 そっちかぁ……。


「み、ミア……だから隊長の話は前世のことで……今の俺はレイアのことなんて何とも思ってないから……」


 講堂の端ではカイルも同じようにミアへと釈明を行っている。


「……ほんとに? でも、レイアが寝てた時に随分と甲斐甲斐しく世話してたのとか今思えばちょっと怪しいような……」

「ほ、本当だって……俺が好きなのはお前だけだよ……」

「じゃあ言葉じゃなくて態度で示して?」

「た、態度でってどうやって……」

「う~ん、何をしてもらおうかな~……」


 小悪魔的な笑みを浮かべながらカイルを手玉に取っているミア。


 俺が声をかけるだけでびくびくするくらい気弱だった子が随分と強かになったもんだ。


「隊長さん……本当、本当だから! 私、まだ身も心も純潔だから!」

「分かってる。分かってるって」


 必死に弁明を続けるレイアをなだめる。


 レイアの好意がシルバおれに向いて、カイルとミアが相思相愛になっている。


 俺の知っている世界ではありえない出来事だ。


 しかし、それは俺が知らなかっただけでこの世界の一側面としてありえることなんだ。


 準備に準備を重ねて、完璧に構築したチャートが常に思い通りの展開をなぞるとは限らない。


 だからこそこの世界は面白いし、愛おしいのだと今更思い出した。


「隊長」

「ナタリアか、お前にも色々と迷惑をかけたな」

「全くです。近頃、様子がおかしかったと思えば、まさかこのような重大なことを一人で解決しようとしていたとは……」

「まあ、流石に信じてもらえるとは思えなかったからな」


 それは俺の思い過ごしで、本当なら真っ先に伝えていればもっと色々な手が取れていたらしい。


 けれど後悔はない。


 むしろ手遅れになる前に気がつけて良かったとさえ思えている。


 この経験は次走に……いや、次章以降の攻略に活かすことにしよう。


「何を今更。貴方が突拍子もないことを言い出すのはいつものことではないですか。今回は流石に話の規模が大きいので驚きはしましたが、それでもそんな嘘をつくような方でないのは私たちは皆知っています。そして、どんな無茶でも貴方についていけば間違いないことも」

「最初から説明してたら踊り子になるのを快諾して、あの服もすんなりと着てくれてたか?」

「い、意地の悪いことを聞かないでください。明日はちゃんと着て、しっかりと踊りますから……それでいいでしょう?」


 ナタリアが頬を染めながら苦笑する。


 その後ろでは隊員たちは誰がどこから持ってきたのか勢いのままに酒盛りを始めていた。


 カイルとミアの二人も引っ張り出され、頭から酒を浴びせられている。


 アカツキとミツキの二人に口の中へ瓶を突っ込まれて悦んでいる連中も。


「ったく、明日は大事な日だって言ったばかりなのに……」


 口ではそう言いながら止めるでもなく、その乱痴気騒ぎを眺める。


 ほんの少し前まではもう半ば諦めたような気でいたのが、あまりの馬鹿さ加減にどこかへと吹き飛んでしまった。


 それどころか今は新たな希望が心の底からふつふつとこみ上げてきている。


 願わくば、こいつらと一緒に誰も知らない一章の先の世界へ行ってみたいと。


「……ん? そういえば、ロマの奴はどこに行った?」


 しばらく眼前の宴会を眺めていると特徴的な赤毛が見当たらないことに気がついた。


 普段なら真っ先に飛んでくるはずなのにおかしいと、更に講堂全体を見渡す。


「集合した時にはいたと思うのですが……見当たりませんね」


 隣でナタリアも一緒になって彼女の姿を探してくれるが見当たらない。


 どうやら何も言わずに一足先に退出していったらしい。


 大義を為す英雄だと思って付いてきていた男が、実は自分の命を守るためだけに行動している小さな男だったと知れば幻滅もするか……。


 寂しくはあるけれど仕方がないなと一人で納得する。


 その後、翌日の任務に支障が出ない範囲で隊員たちを解散させて自分も普段よりも早く床に着いた。


 全員に真実を伝えて、俺たちは真の仲間となって運命の日を迎えられる。


 明日は遂に、これまで積み重ねてきたものの成果が問われる。

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