第45話:敵

 それは運命の日を目前に控えた時のことだった。


 必要な装備品類も軒並み集め終えて、気をよくしていた俺の元にセレスがやってきた。


「ごめん! 行けなくなっちゃった!」


 彼女は俺の顔を見るや否や、両手を合わせながら頭を下げてそう言った。


「ノックもせずに入ってきて……行けなくなったって何のことだ?」

「いやさ……前に君から頼まれたじゃん……ほら……」


 顔の前で拝むように手を合わせ続けるセレス。


 眼鏡越しに俺の反応をチラチラと伺いつつ言葉が紡がれていく。


「頼んだ……?」

「隊の予定を空けとけって……今度、三隊合同で調査任務に行くからとかなんとかで……」

「調査任務…………はあ!? 行けなくなったってどういうことだ!?」


 セレスの言葉の意味を理解した瞬間に椅子から立ち上がって声を張り上げた。


 三隊合同の調査任務――つまりは俺が死亡するイベントのことだ。


 総隊長になったのだからこの際セレスとレグルスの二人も部隊ごと利用するべきだと考えて指示を出しておいた。


 その時は予定もなく、快諾されていたはずなのに目前になって一体何が起こった。


「あれだけその日だけは絶対に他の予定を入れるなって言っておいたよな!?」

「お、怒んないでよぉ……本当に悪かったって思ってるからこうして直接謝りにきたんだからさぁ……」


 尚も手を合わせて謝罪の意を示しながらセレスが身を縮こまらせる。


「すまん……いきなりだったから少しカっとなった……。それで、どうしてそうなったんだ?」


 少し深く呼吸して冷静さを取り戻して尋ねる。


「それが上からの命令でさぁ……。西のハラブ国になんやかんやで外交特使を送るからその護衛に付けっていきなり言われたんだよねぇ……」

「外交特使の護衛って……特務に出すような命令か? 飛行船を使った空路だろ?」

「私もそう思って抗議したんだけど『命令だ』の一点張りでさ。んで、立場的に拒否するわけにもいかないし……」


 セレスも納得出来ていないのか、上層部に対する不満を露わにしている。


 俺たち特務の役割は基本的に断層をはじめとした対魔物災害だ。


 護衛任務に充てられるとしても魔物と遭遇する可能性がある陸路がほとんどで、空路を使うような遠隔地への護衛任務はない。


 そう言った外交官的な役割も兼ねた仕事は基本的に格式の高い正規軍の役目だ。


「上って具体的には誰からの指示だ? 司令か?」


 顔が利く相手なら借りを作ってでも取り下げさせることが出来るかもしれないと尋ねるが――


「直接の命令があったのはレイフの叔父貴からだけど……大元は国防聖堂の上の上だって」


 人差し指を天に突き出しながら諦念混じりに答えられる。


 国防聖堂の上の上――つまりは軍務機関の最上位。


 所詮は実働部隊の頭でしかない俺の立場で口を出せる相手ではない。


 下手に反抗して処分でも受ければ指揮権が停止されて攻略が成り立たなくなる。


 突然の凶報に黙りこくっている間に、セレスは何度も謝罪の言葉を述べながら退出していった。


 悪い知らせはそれだけに留まらなかった。


 一時間後にはレグルスが同じように上からの命令で遠征に赴くため、次回作戦への同行が出来なくなったと謝罪しにきた。


 相手が相手なだけに抵抗することも出来ず、俺はその現実を受け入れるしかなかった。


 まるで正体の分からない敵が自分を攻撃してきているような不穏な予感を覚えながら……。



 *****



 ――運命の時を翌日に控えた日の午後。


 俺は全ての事務仕事をナタリアに押し付けて王都の外へと出向いていた。


 レグルスとセレスをイベントに同行させるという作戦は破綻したが落胆している暇はない。


 馬を駆って街道を南下し、向かう先は『アストラの遺窟』と呼ばれる場所。


 数万年前に滅びた古代文明の遺跡で、機甲兵と呼ばれる強力なゴーレム系の敵が守護している高難度ダンジョンだ。


 攻略法は完璧にインプットされているので難易度に関して問題はないが、このダンジョンには特定の環境条件が揃っている時でないと入場できない制限が存在している。


 しかも、その条件が一章の期間中に満たされるのは今日の正午から短時間だけとかなり厳しい。


 この機会を逃してしまえば一章中には間に合わなくなる。


 しかし、それだけの困難を乗り越えて最深部へとたどり着けば当然手に入る報酬も格別だ。


 そう、そこでは遂にシルバおれ用の強力な武器が手に入る。


 これまでも様々な方法で戦力の増強を行ってきたが、現時点で最も強い俺に適した武器が手に入るのはこれまでの比ではない大幅な強化が見込める。


 二人が同行できなくなったロスを挽回するために決して失敗は許されない。


 強い緊張に身体と精神を強張らせながら街道を進んでいると……。


 ふと、どこからか騒々しい音が響いてきた。


 近くで魔物同士が縄張り争いでもしているのだろうか、音は徐々にこちらへと近づいてきている。


「気にするな。気にするな。遅れたら大惨事だぞ……」


 自分にそう言い聞かせながら決して関わらないようにと先へ進んでいく。


 しかし、ものの十秒もしない内に稜線の向こう側から音の発生源が現れた。


「だ、誰か! 助けてくれ!」


 必死の形相でこちらへと向かって走ってきているのは農民らしき風貌の中年男性。


 その背後には彼を追っている複数の四脚獣型の魔物があった。


 それもただの魔物ではない。


 まるで全身に影を纏ったような黒色の外形は断層から出没した個体の特徴だ。


 それらはちょうど俺の進行方向から向かってきている。


「ちっ……」


 このくらいは仕方ない……と、背負っていた暫定装備の槍を手にする。


 いくら断層由来の凶暴な魔物といえど所詮は一章レベルの敵。


 そのまま通り道がてらに一匹残らず瞬殺する。


 そのまま助けた男に気を使って足を止めることなく、再度目的地へと向かおうとするが――


「ど、どなたかは存じませんがさぞお力のある方とお見受けします! お願いします! 助けてください!」


 助けた男が追いすがりながら必死に声を荒らげて助けを求めてきた。


「む、村に……村に突然奇妙な黒い渦が現れて……そこから魔物の群れが……」


 話を聞いている余裕も、ましてや助けに行く余裕もない。


 一秒でも遅れれば目的のダンジョンには入場出来なくなる。


 そうなった際は尋常でないロスを抱えたまま明日の本番に挑まなければならない。


「どうか……どうかお願いします……村にはまだ大勢の人が……」


 声を震わせながら必死に懇願してくる男。


 気の毒だが俺だって自分の命がかかっている。


 今回は自分の命が助かっただけで運が良かったと思ってもらうしかない。


「つ、妻と娘がまだ家にいるんです……どうか助けてください……」


 あー……くそっ!!!


 ――――――――


 ――――――


 ――――


 ――


「はぁ……はぁ……これで全部か?」


 息を荒らげながら周囲を見渡す。


 倒した魔物の数は計87匹。


 潰した断層の数は7つ。


 次々と湧いて出てきた魔物の勢いがようやく途絶えた。


 戦いが終わったことを告げるように、一帯に散乱した魔物の死骸が黒い粒子となって消えていく。


 その向こう側では最初に助けた男が家族の無事を確認して泣きながら抱き合っている。


『ありがとうございます』『貴方は英雄です』『永劫神の使いだ』


 隠れていた住民たちが次々と現れて俺に感謝と賞賛の言葉を浴びせてくる。


 しかし、そんなものは今の俺には何の慰めにもならない。


 礼を適当に受け流しながら馬に飛び乗って、すぐにその場を後にする。


『待ってください』『どうかお礼を』『うちの娘を嫁に』


 村人たちが必死に追いかけてくるが無視して目的地へと急行する。


 太陽は疾うの前に頂点を過ぎ去っている。


 一体どれだけの時間を無駄にしてしまったのか考えたくもない。


「この大馬鹿野郎が! お人好しにもほどがあるだろ!」


 見過ごせなかった自分を呪いながら馬を全速で走らせる。


「そもそも、どうしてあんな小さな村に複数の断層が……しかも俺が通りかかるのを見計らったみたいに……」


 各地で突発的に発生する断層の大半は小型のものが1つか精々2つだ。


 あんな何もない小さな村に7つもの断層が同時に出現したのは異常としか言いようがない。


 セレスとレグルスに不可解な命令が下った時から妙な出来事が続いている。


 まるで世界が俺の敵となって、死へと導いているような気さえしてきた。


 胸中でわざつく不穏な予感を抑えながら馬を走らせて、ようやく目的地に到着する。


 深い森の中に鎮座する古の天体観測施設を思わせる史跡。


 特定の環境条件が満たされていれば、中央にある転移装置が起動しているはずだが……。


「やっちまった……」


 刻限は過ぎ去り、今のそれはただのガラクタのように沈黙していた。

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