第44話:至高の一品

 ――ナタリアのユニーク装備を入手した日の夜。


「ゴミ……微妙……これは、う~ん……キープかな……」


 俺は自室で仲間たちの装備厳選を行っていた。


「ダメ……論外……惜しい……他のベースなら……」


 ひたすら魔石を砕いてベースとなる装備に魔力を付与していくだけの単純作業。


 最大で六つまで付与されるオプションの数と質と相性を見比べて厳選していく。


 単純に数値が低いものや、数値は良くてもベースに合っていなければ問答無用で上書き。


 それなりの物は一旦キープし、次の装備へと移る。


 肝心の魔石は主にレグルスとセレスが遠征先で討伐した魔物から回収させた。


 自分でやるのと比べてどれだけ集まるかは心配だったが、流石というべきか元の予定と遜色ない数が集まった。


「これもダメ……。数値はいいんだけど、この種類の装備に敏捷補正は要らないんだよなぁ……」


 とはいえ、綺麗にオプションの揃った装備はそう簡単には出来ない。


 集まった大量の魔石はみるみるうちに目減りしていく。


「ベース装備は山ほどあるんだけどなぁ……」


 総隊長になったことで俺には軍需品の取引先を選択できる権限が与えられた。


 そこで俺がブラウン商会から切り替えた取引先は新興の『スマイル商会』。


 俺が立ち上げさせた結社のフロント企業だ。


 本来なら密輸のような形で少しずつ軍内に持ってくるはずだった装備を、この権限のおかげで一挙に制式装備として採用することが出来た。


 これは総隊長になってしまったことによる明確なメリットの一つだ。


 権力を利用した自社への利益誘導だって? 細かいことは気にするな。


「おっ、これはまあまあだな。タニスの奴にでも使わせるか……」


 そこそこのオプションが五つ並んだ脚部装備を横に退ける。


 魔石の在庫はまだ大量にあるが、必要な装備も隊員の数だけある。


 在庫が残り少なくなってくれば多少の妥協が必要になるかもしれないと考えながらまた魔石を砕く。


 魔石から生じた魔力が机上の装備へと吸収されていく。


 続けてどんなオプションが付いたのかを確認する。


 ここまで何百回と繰り返した作業だが……


「こ、これは……」


 たった今魔力を付与した装備の横に表示された文字列を見て絶句する。


 気がつくと俺はその装備を片手に部屋を飛び出していた。


 この感動をすぐに分かち合いたいと、隊舎の廊下を一目散に駆け抜ける。


「おい! 起きてるか!? 起きてるなら開けろ! 開けてくれ!」


 装備を渡すべき相手の部屋へとたどり着き、扉を激しく叩く。


 七回ほど叩いた辺りで扉の向こう側から人の動く気配。


 それから数秒して、こちらの様子を窺うようにゆっくりと扉が開かれた。


「なんですか? こんな夜更けに……」


 半分ほど開かれた扉から眼鏡をかけたナタリアが顔を覗かせる。


 寝ようとしていたところだったのか、それとも昼間の件がまだ尾を引きずっているのか、やや不機嫌そうに眉をひそめている。


「すまんすまん。でも、どうしてもお前に渡したい物があってな」

「渡したい物……?」


 まだ若干警戒はされているが興味は示したらしい。


 半開きだった扉が開かれて室内が露わになる。


 性格の通り、整頓が行き届いた物の少ない部屋。


 就寝前の読書中だったのか机の上には開いた本が伏せられている。


「どのような物ですか? 夜も遅いので出来れば手短に――」

「これだ! こいつが昼の物に引き続いてお前の新しい装備品だ!」


 ナタリアの言葉に被せて、持ってきたそれを突きつける。


 魅惑のビスチェ

 基本物理防御力:+16

 固有効果:踊りスキル効果量+20%

 追加効果:

 ・体力増加Lv10:+50

 ・器用増加Lv10:+50

 ・全属性耐性Lv10:+25%

 ・状態異常抵抗Lv10:+50%

 ・スキルコスト減少Lv10:-20%

 ・持続スキル効果増強Lv10:+30%


 神の存在を感じた。


 そうとしか言えないほどに完璧なオプション構成。


「こ、これは確かに凄まじい魔力を感じます……」


 ナタリアも眠たげだった瞳を一転見開いて、眼鏡越しに至高の一品を見つめる。


 これほどの品はハードコアモードではもちろん、通常のやり込みプレイですらそうお目にかかれない。


 大量のオプションプールの中から最も適切な物が六つ。


 それも全て最高レベルで付与されている。


 議論の余地なく、この世界において最高の装備品だ。


 この世に乱数の神の祝福があらんことを。


「だろ? よかったら今すぐ装備してるところを見せてくれないか?」

「それは構わないのですが……それは一体、どこに装着するものなのでしょうか? 髪を結うための紐ですか……? であれば、私の長さでは少し足りないような……」


 自らの短い金髪をなで上げながらすっとぼけたことを言うナタリア。


「は? 何言ってんだ? どっからどう見ても服だろ、服」

「ふ、服……? そ、それが……?」


 ナタリアが当惑の表情で俺が布切れを指差す。


 これまで着ていた踊り子服よりも更に小さなそれは布というより紐に近い。


 しかし、溢れたりはみ出たりするのなんて破格の性能の前では些細なことだ。


「おう。ほら、早く着てみろ。大丈夫だ。こう見えて大事な部分はしっかりと隠すように出来てる。何よりも祈祷の際の動きやすさがこれまでのと比べても段違いに――」


 言葉を遮るようにバタンとドアが強く閉められた。


「……なんで閉める?」

「絶対に着ません! 絶対に!」


 扉越しに断固たる拒絶の言葉が響いてくる。


「……仕方ない。それじゃあセレスに頼んで――」

「誰をダシに使おうとも着ません」


 いつものように誘導しようとするが、先んじて拒否される。


 どうやらこのちょろちょろ女にも決して譲れない一線は存在しているようだ。


 しかし、この最高の装備は絶対この女に着させなければならない。


 それは大自然の摂理によって定められし、この世界の意志そのものだ。


 かくなる上は……。


「じゃあ、俺が着るぞ?」

「……え?」


 扉の向こうから小さな声の大きな困惑が伝わってくる。


「これだけの品を誰も使わないなんてもったいないだろ」

「それはまあ……そうですが……」

「だったら俺が着るしかないだろ!」

「なんで!?」


 扉越しに至極真っ当なツッコミが入れられる。


「お前が着ないのなら俺以外の誰が着るんだよ」

「ど、どういう理屈ですか……。そもそも、それは女性物ではありませんか……」

「だな。俺が着たらどっからどう見てもただの変質者だ」

「であれば無理に着る必要もないでしょう……」


 暴論に対してひたすら呆れ果てた正論が返ってくる。


 しかし、無理を押して道理を引っ込めさせるのはハードコアゲーマーおれの十八番だ。


 前世でも今世でも、時には人間には不可能だと言われた難所をそうやって超えてきた。


「でも、これだけの品を無駄にするわけにもいかないしなぁ。はぁ……どこかにいないだろうか。国のため、人民のため……そして俺のために恥を忍んででもこれを着てくれる高潔な女士官は……。もしそんな部下がいてくれたら俺は皆にこう言うだろうな。『こいつこそが俺の右腕だ』と……」

「……そうやって煽てたり焚き付けたり、言葉巧みに私の方からの歩み寄りを期待しても無駄ですよ。今回こそは絶対に思い通りにはなりませんから。自分で着るなり誰かに着せるなり好きにしてください」


 よほど着たくないのか今回はいつもより手強い。


 しかし俺が生き延びるためにも、全国の青少年の健全な成育のためにも諦めるわけにはいかない。


 このドスケベボディの女にこのエロ下着風の服を着せるのは俺が世界に課せられた使命だ。


「じゃあ、逆に聞くがお前はそれでいいのか?」

「な、何がですか……?」

「こんな服を着た男の隣に立っていたいか?」

「――っ!?」


 核心を突けたのか、扉の向こうから声にならない衝撃が伝わってきた。


 こうかはばつぐんだ。


「女物の服を着てる変態の部下でいいのか!?」

「よ、良くはありませんが……」

「胸を張って『この隣にいる変態男が私の上司です』って答えられるのか!?」

「そ、それは……」


 自分が踊り子衣装を纏った俺の隣に立つ姿を想像したのか言葉を濁すナタリア。


 ここがラッシュ攻撃を叩き込む好機と見たり。


「なんなら俺が代わりに答えてやろうか!? 『この下着みたいな服を着てる変質者がナタリア・ノーフォークの上司だ』とな!」

「そもそも……どうして貴方が着るのが前提に……」

「部下の不始末は上司である俺の責任だろ! お前が着ないなら俺が苦汁を飲んででも着ないといけないんだよ! お前はこの先、上司を変態にした罪を抱えて――」


 ここまで畳み掛けたところで――


「わかりました! わかりましたよ! 着ればいいんでしょう! 着れば!」


 ナタリアが白旗を上げて扉を開いた。


 ――カンカンカンカン。


 勝利を告げるゴングの音が脳内で鳴り響くと同時にタイマーストップ。


 記録は2分37秒。自己ベスト更新です。


 えー……完走した感想ですが、やはりこの女はちょろいですね。


 最初に断られるのは想定内でそこからの誘導もスムーズに行えました。


 次走は世界記録の更新も視野に入れて臨みたいと思います。


「今、なんて言った? もう一度はっきり言ってみてくれないか?」

「その素晴らしい装備を謹んで拝領させて頂きます……」

「よく言ってくれた。俺はお前の忠誠を誇りに思うぞ」

「私は貴方に付いてきたのは間違いだったのではないかとそろそろ思い始めてきたところですけどね……」


 服と恨み言を交換し終え、意気揚々と自室へ戻っていく。


 乱数の神をも味方につけて決戦に向けた準備は着実に整いつつ合った。


 しかし死亡イベントの突破が現実味を帯び始めてきた時、事件は起こった……。

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