第43話:踊り踊り革命
「踊るって……誰がですか?」
「踊り子のお前以外に誰がいるんだよ」
大真面目な顔ですっとぼけたことを抜かすナタリアに事実を突きつける。
「わ、私がですか!? きゅ、急にそのようなことを言われても何の準備も……」
「嘘つけ。命令通り、中にはちゃんとあの衣装を着てるだろ」
ナタリアの身体――その下にあるはずの踊り子衣装を指差す。
今日は視察の名目なので隊服を纏っているが、いつ戦闘になっても大丈夫なように着ておけと命令しておいた。
こいつが俺の命令を遵守していないはずがない。
「うっ……確かに着てはいますが……」
「だったらさっさと脱いで準備をしろ。ここがお前のファーストステージだ」
両手を広げて石碑の前にある開けた空間を示す。
この石碑は伝説の祈祷師ファムの遺した物であり、踊り子系クラスのキャラを連れた状態でのみ開始される。
そのチャレンジクエストの内容はミニゲーム(ダンス系の音ゲー)で高得点を取ること。
作中では何の前触れもなく唐突に始まるが、ここではそうはいかないので俺が誘導してやる必要がある。
「ほら、ここに立った立った」
お誂え向けに、まるでダンスステージが如く開かれた石柱前へとナタリアを引っ張り出すが……
「いやいやいや! む、むむ……無理です! 絶対に無理です!」
首をブンブンと左右に激しく振りながら激しく抵抗される。
よほど嫌なのか、まるで足から根が張ったように微動だにしない。
「無理? どうしてだ? ちょっと踊るだけだろ」
「それはその……端的に言わせてもらえば恥ずかしいからです……。個人での訓練はともかく、人前で踊れというのはその……まだ、かなり……恥ずかしいです……」
耳まで顔を真っ赤にして踊れない理由を述べるナタリア。
そういうところだぞと、この最高値の恥じらい係数持ちの女をなんとしてでも踊らせたくなる。
「最初の一歩を踏み出さないといつまでも恥ずかしいままだろ」
「そ、それはそうですが……今は突然すぎてまだ心の準備が……」
まるで初夜を前にした乙女のようなことを言いながら顔を真赤にしているナタリア。
なかなかに頑固だ。
「そうか、それなら仕方ないな。分かった。なら、お前は踊らなくてもいいぞ」
ということで、押してダメなら引いてみよう。
「え?」
いつもは強引な俺が急に態度を軟化させたことでナタリアが瞬時に戸惑いを見せる。
「そこまで嫌がることを無理強いさせてしまってたんだな。気が付かなかった」
「いえ……べ、別にそこまでは……」
「無理しなくてもいい。絶対にお前じゃないとダメってわけじゃないからな。別の適任者を探してみることにしよう。となると誰がいいだろうな……」
「そ、それなら……やっぱり私が……」
「ん? 何だって?」
ぐるっと身体を向き直らせてボソりと呟いたナタリアに尋ねる。
人前で踊る恥ずかしさと、俺の期待に応えたい気持ちの狭間で揺れ動いているのが表情にはっきりと表れている。
もうひと押しだな。
「た、隊長がどうしてもとおっしゃるのでしたら、お……踊るのもやぶさかではないと言いますか……」
「いやいや、俺に気を使う必要はないんだぞ。他の誰かに頼めばいいだけのことだからな」
もうひと押しではあるが、まだ押さずに尚も引く。
「しかし……そのようなことを頼んで快諾してくれる者がいるでしょうか……。隊長の無茶な要望に応えられるのは世界広しといえども私くらいで……だから、隊長がどうしてもというのなら……」
「いや、ミツキかレイアなら快諾してくれるはずだろう。でも、あいつらだとまだ少し色気が足りないか……。それならセレスの奴にでも頼んでみるか。ボリュームにはやや欠けるけど、実はあいつも男からの人気は高いし良い踊り子になってくれるだろう」
「せ、セレス隊長にですか……?」
「ああ、俺の頼みはなんだかんだで聞いてくれるしな。そういえば総隊長付きの副長にしてくれだなんて冗談で言ってたな。それも一考の価値があるかもしれないな……」
ここで最後の大きなひと押し。
こいつが同性で年も近いセレスに微かな対抗意識を燃やしているのは設定資料集でも触れられている情報だ。
なので、こうして軽く焚き付けてやると、あら不思議……
「……せてください」
「なんだって? 聞こえないなぁ!?」
「私に踊らせてください! お願いします!」
向こうから頼み込んでくる。
なんてちょろい女なんだ。
そうして十分後――。
「はい! ワンツーワンツー! ステップが重いぞ! もっと軽快に!」
「は、はい!」
「言葉の返事は必要ない! 自己表現は全て身体で行え!」
踊り子服に着替えたナタリアが手拍子に合わせてステージ上で舞う。
なんだかんだ言いつつも個人訓練はしっかりと行っていたのか舞踊の技術は高い。
「まだ余計な照れが残ってるぞ! 恥じらいは三割までだ! それだけ残して後は全部捨てちまえ!」
しかし、教本頼りが災いしてか優等生すぎる面白みのなさもある。
これではクリア条件の高得点にはまだまだ遠い。
なんとしてでも俺が導いてやる必要がある。
踊りスキルには『
ここでは連携をどれだけ繋げられるかがチャレンジクリアの鍵となっている。
「じゃあ、本番行くぞ! まずは狂乱の舞からだ!」
狂乱の舞は周囲の味方全員に攻撃力/攻撃速度のバフ効果を与える踊りスキルの一つ。
その名の通りに体力消費の大きいスキルなので、本来はこれを基点に連携を繋げていくのは難しい。
しかし、基礎体力が高いナタリアであればその問題を解決出来る。
ここから更に高難度の踊りスキルを繋げていくことで高得点を叩き出せるわけだ。
ちなみに何故かは知らないが、この踊りは大多数の男キャラに対して効果量が少し増加する。
理由は不明だが、さっきからボヨンボヨンと揺れたり溢れそうになったりしている丸くて柔らかい肉塊が関係しているのかもしれない。
「よし、次は忍耐の舞だ!」
忍耐の舞は周囲の味方に物理と魔法のダメージカット効果を与える踊りスキル。
狂乱の舞と比べてかなりゆったりとした動きが軸で体力消費は少ないが、細かな動きが要求されるために高い技量を必要とする。
余談だが、何故か腕を広げたり上げたりやたらと腋を強調する動きが多い踊りでもある。
こちらも一部のキャラには何故か効果量が増加させるが、あいつらは全員腋フェチだと言われている。
「いいぞいいぞ! お前のダンスはまさにレボリューションだ! さあ次は幻惑の舞だ!」
そうして次へ次へと指示を出してコンボを繋げさせていく。
飛び散る汗。撓る肢体。跳ねる柔肉。
踊りのバフ効果が発揮されているのか、あるいは別の何かの作用か、こっちの気分も盛り上がってきた。
「よっ! エロスの総合商社! 秋の季語になりそうな恥じらいだねぇ!」
もう手拍子は必要ない。
互いの鼓動が、とりまく自然が、遍く万象がリズムを奏でている。
世界が彼女を礼賛し、また彼女も世界を礼賛する。
本物のエンターテイメントはここにあったのだ。
「完璧だ!!」
見事に踊りきったナタリアが最後にシャープな一回転ターンと共に観客へと指差す。
彼女には見えている。自身を取り囲む万人の観客が。
彼女には聞こえている。自身を包み込む万雷の拍手が。
これが後に伝説のダンサーとなるナタリア・ノーフォークの幻のファーストステージだ。
「よくやったナタリア! やっぱりお前の代わりなんてどこにもいない! お前なら世界を取れる!」
「はい! 隊長! 私、必ずや世界一の踊り子になって見せます!」
肩を取り合ってナタリアと向かい合う。
感動を分かち合う俺たちを祝福するように、石碑が仄かな光を帯び始めた。
足元から伝わってくる僅かな振動と共に地中から石匣がせり上がってくる。
「おお! やったぞ! ナタリア! これがお前のための伝説の装具だ!」
石匣を開いて、中に入っていた目的の物を取り出す。
「こ、これが……確かに凄まじい魔力の圧を感じます……!」
ナタリアも驚愕するこれこそが、“英霊の遺物”と呼ばれるユニーク装備シリーズの一つである『大祈祷師の
各種祈祷スキルのバフ持続時間を半減する代わりに、効果を倍増させる踊り子クラスの最終装備の一つだ。
しかも増加効果は加算ではなく乗算。
固有増加値(恥じらい係数)やその他装備のバフ増加量と合わせれば、ナタリアの踊りスキルの効果量は三倍以上に跳ね上がる。
効果時間減少のデメリットは痛いが、ナタリアであれば消費体力を気にせずに連続発動出来るのでほぼ無視出来る。
「ほら、今すぐ装備してみ――」
興奮の熱が冷めてきたところでようやく気がついた。
自分たちを取り囲む小鳥や小動物とも違う気配の存在に。
「……いつからいた?」
周囲を見渡すと、第三特務部隊の面々が遠巻きに俺たちを眺めていた。
ある者は楽しげに、ある者は興奮気味に、ある者は見てはいけないものを見てしまったかのように。
「えっと……『お前のダンスはまさにレボリューションだ!』の辺りからです……」
先頭に立っているミアが決まりの悪い口調で答えてくれる。
つまり半時間ほど前から全部見られていたらしい。
「……だってよ」
その事実を端的にナタリアへと告げる。
彼女はまるで世界の終末を告げられたかのように固まったままピクリとも動かない。
十秒程かけて彼女の顔が真っ青とも真っ赤とも形容しがたい色へと変貌していく。
何かを堪えるようにプルプルと小刻みに震えた直後、その情緒は限界を迎えた。
「だあああああ!! やめろ!! 短剣を取り出すな!! 自害しようとするな!!」
無言のままおもむろに腰の短剣へと手を伸ばしたナタリアを制止する。
「離してぇえええ!! もうやだぁ!! 生きていけない!!」
「お前ら! お前らも見てないでさっさと止めろ!!」
「死なせてぇえええええ!!」
その後、自害しようとするナタリアを説得するのに大幅なロスが発生したのは言うまでもない。
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