第42話:新生第三特務部隊

 ――王都西部の高原地帯。


「タニスさん! 左方から接近する集団を抑えてください!」

「あいよっ! 忍法・煙玉!」


 ミアの命令を受けたタニスが左方から向かってくる魔物集団に向けて煙玉を投擲する。


 破裂したそれから噴出した煙が集団を包み込み、側面を突こうとしていた敵の勢いが一瞬にして削がれた。


「こっちは私達で抑えるからカイルは本体の方を!」

「了解!」


 続いてミアの指示を受けたカイルが槍を手に断層の発生地点へと駆け抜けていく。


 道中に立ちふさがる凶暴な魔物の数々を一撃でなぎ倒していく別人のような姿に、戦闘中の他の隊員たちも呆気にとられている。


「凄まじい強さ……あれは本当にトランジェント隊員なのですか?」


 隣に立つナタリアも驚きを隠しきれない口調で率直な所感を述べる。


 視察という名目で同行してきた俺たちは、近くの丘から新生第三特務部隊の戦いぶりを眺めていた。


「見りゃ分かるだろ。他の誰に見えるんだよ」

「それはそうですが、少し見ない間に別人のように……あの武威はまるで貴方を見てるようです……」


 銀の槍を手に敵集団の中心で大立ち回りをしているその姿は確かにシルバおれを彷彿とさせる。


 立ちはだかる雑魚を物ともせずに瞬く間に断層の主本体へと到達すると、統率者をも一撃で貫いた。


 発生源である統率者個体の死によって断層が消失し、残された魔物は散っていく。


 被害らしい被害も出さない圧倒的な完勝劇だった。


「彼だけではありません。ホークアイ隊員……失礼、今は隊長でしたね。彼女も見違えました。持ち前の索敵能力を活かした的確な指示もそうですが、何より行動に対する迷いのなさが素晴らしい。以前は気弱で決断力に欠ける印象でしたが、一体この数日で彼女の身に何があったのでしょう……」

「何って……そりゃナニだろ……。今のあいつらを見りゃ一目瞭然っていうか……」


 残党の掃討を終えてミアの下へと戻ってきたカイル。


 その距離感は以前の幼馴染の距離から二歩は近くなっている。


 ボディタッチもやたらと多めで、一線を超えて更にもう一歩踏み出したくらいの距離感。


 あの日の夜に二人の間でナニがあったのかは推して知るべしだ。


 他の隊員たちも惚気っぱなしの二人を見て、祝福と呆れが半々で入り混じった反応を示している。


「ナニ? それは何でしょうか? 何かの魔法ですか?」


 首を傾げてきょとんと何も知らない少女のような反応を見せるナタリア。


 まじかこいつ……。


「まあ、あいつらにとっちゃ魔法みたいなもんだったんだろうな」

「なるほど。しかし貴方が特に目をかけていた二人が、まさかこれほど早くに頭角を現すとは……流石の慧眼です。正直に申して、槍と肩章を譲ったと聞いた時は少々おかしくなったのではと思いましたが、恥ずべきはそれを見抜けなかった私でしたね」

「俺もまさかこの短時間でここまでになるとは思ってなかったけどな」


 カイルもミアも予定以上のレベルに達しただけでなく、既に作中終盤のように強靱な精神性を得ている。


 恥ずかしげもなく言わせてもらうと『愛の力』が俺の予想を遥かに上回ったわけだ。


 前世でゲームを通して得た自分の経験だけが絶対ではないことを思い知った。


 たまにはミスもしてみるもんだと自分のやらかしに内心で言い訳する。


 とにかく、これで役者は揃った。


 後はいくつか必要な物を整えてから本番へと臨むだけだ。


「しかし、若者たちの成長は喜ばしくありますが、あれほどの成長を見せられると少し焦りも感じてしまいますね。自分もより強くあらねばと」


 ナタリアが僅かに苦笑しながら自身の心境を吐露する。


 ほんの少し前までは指導する立場であった彼女からすれば瞬く間に抜き去られてしまったのは確かに複雑な気持ちだろう。


 焦りだけでなく、悔しさのような感情も抱いているのかもしれない。


「まだ22歳で老人みたいなことを言ってんじゃないぞ。それに今日はお前の番だ」

「私の番……? それはどういうことでしょうか?」


 見当がつかないのか、ナタリアがまたきょとんと首を傾げる。


「百聞は一見にしかずだ。ついてこい」


 他に断層由来の魔物が残っていないか辺りを捜索しはじめたミアたちに背を向けて丘を下っていく。


 名目上は彼女らの視察だが、本当の目的がそんな時間潰しのわけがない。


 今日、ここに来たのはナタリアのためのユニーク装備を入手するためだ。


 それを装備すればナタリアもまた、カイルやミアに負けずと劣らない重要な戦力となる。


 そうして彼女を引き連れてやってきたのは、高原の脇にそびえる小さな森の中。


 付近には魔物の気配もなく、小鳥の群れが長閑のどかに合唱している。


「えーっと……あったあった。ここだここ」


 その奥、木々を抜けた向こう側に目的である2メートルほどの高さの石柱を見つける。


「あの……? ここで何を? それは石碑ですか?」

「ああ、こいつは二千年前の終局戦争で賢者レナの仲間として戦った英雄の一人が遺した石碑だ」


 久しぶりに会った友人へとするように石碑の側面をポンポンと手のひらで叩く。


「二千年前の……そのようなものがこんな場所に……。しかし、よくご存知ですね。失礼ながらそういった歴史にはあまり興味を持つ方ではないと思っていました」


 物珍しそうに石碑を見ながら意外な情報に歓心しているナタリア。


 しかし、それも歴史ではなくゲームの知識として知っているにすぎない。


 二千年前の終局戦争を賢者レナと共に戦い抜いた人物――カイルとレイアの前世の仲間が遺した石碑はこの世界にいくつも存在している。


 その全てがいわゆるチャレンジクエストとなっており、石碑に刻まれた条件をクリアすることで様々なレアアイテムが貰える。


 ここの石碑の場合はナタリア用のユニーク装備が手に入るわけだ。


「えっと……『汝の祈りを此処に示せ』と書いてありますね。これはどういう意味なのでしょうか?」


 俺が歴史に詳しいと知るや否や遺されたメッセージの意味を尋ねられる。


 何か自分に関連することなのかと僅かに目を輝かせている。


「その意味はだな……」


 俺はそんな彼女の目を見据えながら淀みなく答える。


「ここで踊ってみせろってことだ」

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