第39話:生存者
「アカツキー! アカツキー! いるかー!?」
隊長室から文字通り飛び出した俺はアカツキの部屋へと急行した。
「わっ、びっくりしたぁ……急に入ってこないでよね」
「あっ、お兄ちゃん!」
扉を叩き壊す勢いで開けると下着姿のアカツキとミツキがいた。
今の俺と対照的にのんびりと二人でソファに座ってくつろいでいる。
相変わらず羞恥心は欠片も見られない……だなんて考えている場合じゃない。
「血相変えてどうしたのよ。お化けでも出たの?」
「カイルだよ! カイル! 今すぐにあいつを回収しろ!」
「……カイル? あー……あの煮え切らないウジウジした男ね」
「そうだよ!
必死の形相で訪問の理由を伝える。
キナリ雪原はこの大陸の極北に存在する人類未開の地。
その広大な大地の全てが永続的な厚い雪に覆われ、一年のほとんどを数メートル先すら目視出来ない猛吹雪が包んでいる。
更に極寒の地の適者生存を生き抜いた強靱な魔物が跋扈しており、一度足を踏み入れれば二度と外には出られない危険な場所と言われている。
ゲーム的には30~50までの幅広いレベル帯での狩り場として広く愛用され、そこでしか獲得出来ない特殊なクラスなども存在しているロケーションだ。
「えー……明日じゃダメ?」
「ダメだ! 今すぐにやってくれ!」
だらっと気だるげに応えるアカツキへと必死に頼み込む。
カイルをあそこに放り込んだ時はレベルが23で中強度の【逆境の成長】が発動していた。
自身の経験則から30レベル付近の魔物の生息域なら四、五日は生存出来るはずだが十日は流石にまずい。
総隊長の仕事が忙しすぎてすっかり忘れていたなんて言い訳が出来ないくらいにまずい。
激しく動揺している俺を見て、付いて来たミアも隣で泣き出しそうなくらいに狼狽えている。
「はぁ……仕方ないわねぇ……」
俺ではなくミアの方を見たアカツキがもぞもぞと芋虫が這うような挙動で服を着替えだす。
「遅い! 早く行くぞ!」
「ちょっと、着替えくらいさせてよ」
じれったいとその辺にあった適当な布を被せて連れ出す。
そうして二人を連れてやってきたのはカイルを送り出した隊舎の裏手。
この部隊への嫌がらせが特にひどかった前任者がいなくなったおかげか、生い茂っていた雑草が綺麗に刈り取られている。
整備されて広場となったそこで、アカツキが再びキナリ雪原へと繋がる転移門を開く。
断層によく似た空間の裂け目を見て、ミアが隣で身体を強張らせる。
「……出てこないわね」
開いてから一分ほど経過したが、渦が禍々しく蠢いているだけで向こうから何かが出てくる気配はない。
「本当に、カイルのいる場所に繋がってるのか?」
「当然でしょ? 結社の技術部を総動員して調整させたのよ?」
「じゃあなんで出て来ないんだよ」
「う~ん……死んだんじゃない?」
出来るだけ考えないようにしていた言葉をアカツキが平然と言ってのけた。
「し、死んだって……そ、総隊長……?」
死という悍ましい言葉を聞いたミアが青ざめた顔を向けてくる。
「こらこらこら! 物騒な冗談を言うんじゃねーよ! だ、大丈夫だぞホークアイ! あいつがこんなところで死ぬわけないだろ? なんたってこの世界の主人公なんだから!」
目に多量の涙を浮かべるミアを安心させるように言う。
そう、こんなところで主人公のあいつが死ぬわけがない。
死んだら困る。いや、困るなんてもんじゃない。
あいつが死んでしまえばメインストーリーが完全に破綻する。
そうなれば俺の命どころか、この世界そのものが詰みの状況に陥る。
「仕方ないわねぇ……ちょっと見てくる」
俺ではなくミアを不憫に思ったのか、アカツキが散歩に行くような気軽さで
眼の前で人が消える怪現象よりもカイルの安全の方が気がかりで仕方ないのか、ミアもただ祈るように胸の前で手を合わせて事態を見守っている。
そうして更に五分ほどが経過した後、転移門を通ってアカツキが帰ってきた。
一人だけで。
「うぅ……さむぅ……」
「か、カイルは……? あ、後から普通にいましたーっていうサプライズか……? そういうのはいいから、さっさと出てこいよ。サプライズ好きな奴って他人もみんなサプライズ好きだと思ってる節があるよな……」
簡素な布切れだけを羽織って身震いしているアカツキに恐る恐る尋ねる。
「やっぱりいなかったわね。近くの横穴に少し前までいた痕跡は残ってたけど……」
俺たちに残酷な事実が伝えられる。
終わった。完ッ全に終わった。
うっかりミスで世界を滅ぼしてしまった。
空前絶後、史上最大のガバだ。
「そんな……カイルぅ……」
これまでなんとか立っていたミアが地面へと膝から崩れ落ちる。
手を伸ばしてその身体を支えようとした時だった。
禍々しく蠢く転移門とは真反対の方向――すなわち俺の背後から強烈な殺気を感じた。
直後、まるで俺とミアの身体を引き離すように何かがその間に割って入った。
「うおっ! なんだっ!? つ、氷柱?」
地面に突き刺さったそれが手槍ほどの大きさの氷柱だと認識した瞬間に、今度は同じ方向からより大きな影が飛びかかってきた。
この暗闇に加えて、全身が獣皮のように野性的な衣類で覆われているせいで正体が全く分からない。
こんな時に襲ってくるなんてどこのどいつだと考えたのも束の間。
闇の中で俺へと向かって薙ぎ払われた銀色の弧閃にはよく見覚えが合った。
だが、その素早く強靱な動きは心当たりのあるあいつとは全く異なる。
一撃目を後方へと飛び退いて回避するが、すかさずに追撃が迫りくる。
このままでは防戦一方だ。
何か武器になるような物は無いかと辺りを見回すと、側に草刈り用の道具が放置されていた。
この際、無いよりはましかと武器未満のそれを掴み取る。
同時に右上からの氷の刃による袈裟斬りが迫ってくる。
この頼りない武器で斬撃部分は受け止められない。
なら、受け止めるのは――
迫りくる斬撃へと向かって敢えて突貫し、攻撃の根本部分を受け止めた。
図らずも身体と身体がぶつかりそうな至近距離で向かい合う形になり、敵の正体が明らかになる。
「やっぱり……生きてるに決まってるよな」
そう言いながら心中で人生最大の安堵の息を吐く。
「ええ、あんたをぶっ倒すために地獄の底から這い上がってきましたよ」
野獣のような眼光で俺を見据える顔には『煮え切らないウジウジした男』は欠片も残っていない。
顔の隣に見えるステータスが何よりも今のこいつを表していた。
カイル・トランジェント Lv44 クラス:
筋力:175 敏捷:150 器用:140 魔力:150 体力:160 精神:150
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